122 sideA
「主様、ここが……信頼の神トラスト様を信奉する国、信帝国ですにゃ」
「トラストを信奉する国、か。そっか、だからか……」
獣人国から信帝国へと入国した俺は、不思議な感覚に包まれていた。この国に来た事はないと断言できるのに、妙に懐かしく感じるこの感覚。既視感とでも言うべきだろうか。
「主様? どうかしましたにゃ?」
つい足を止め、周囲を見渡している俺に、シロが不思議そうに声を掛けてきた。しかし、あまりにも感覚的な考えを口にするのははばかられ、誤魔化すかのように当たり障りのない質問で返してしまう。
「いや、なんでもないよ。ところで、この国の事を教えてくれる?」
「分かりましたにゃ。では、私の中での信帝国についてを語らせて頂きますにゃ」
私の中での。その引っ掛かる言い回しに疑問を覚えながらも、少し歩く速度を落としながら、シロの話に耳を傾けた――
トラスト正神帝国。広大な国土と多くの人口を抱える、正側最大の国。皇帝を頂点とする帝国を名乗りながらも、同じく帝国を名乗る絶対帝政である嫌帝国とは違い、統治の象徴としての皇帝色が強い国でもある。そのため、地方ごとに文化や生活様式に大きな違いがあり、さしずめ連合帝国……複数の国や地域が、皇帝の名のもとに集った国家といった様相である。
また、信仰についても寛容である。最上神を信頼の神トラストと掲げながらも、他の正神への信仰も一切禁止されていない。あくまで第一を信頼の神と位置付けて信仰するのであれば、複数の神を信仰する事すら認められている。そのため、中立国を除けば、かなり稀な信仰観を持っている国だと言える。
最後に、最も特筆すべきは、人種の多様性と公平性だ。一般的に、正側の人種といわれる森人、獣人、小人。負側の人種といわれる黒森人、野獣人、土人。それらのルーツであり、正と負のどちらともいえる只人。これら全ての人種が、平等な権利を有し、上下の差がなく、信頼し合って生活をする国なのだ――
この話を聞いて、俺は素直に感心していた。大争乱の時代にあって、なんて素晴らしい国なのだろうと。
「いい国だね。ただ、さっき言ってた”私の中で”っていうのは?」
話を聞き始めるまでは、シロの主観に染まった説明がされるのかと思っていた。でも、聞かされた話は客観的で、特に不自然に思える点はないように感じる。だからこそ訊ねたんだけど、シロは言い辛い事でもあるのか……少々の沈黙を挟んだ後、ぼそっと呟くように言う。
「……三百年前ですにゃ」
「三百年前?」
俺が眠りについたであろう時期であり、大争乱が始まった時期でもある。それがなんだと言うのだろうか?
「先ほどの説明は、三百年前の信帝国を説明したものですにゃ」
「ええと、どういう事?」
シロの中でのこの国の知識は、そこで途切れているという事だろうか。いや、それは無いはず。だって、俺を探して地上を彷徨ったってシロは常々言っているんだから、この国に関する知識を更新していないのはおかしい。……シロの意図が全く読めないな。
怪訝な表情を浮かべてしまっている俺に、苦々しさを隠そうともしない様子でシロが言う。
「この国は、大きく変わってしまいましたにゃ。それはもう、随分と……」
この感じだと、十中八九……俺絡みだろう。ほとんどの場合、シロが感情をあらわにするのは、俺にとっての朗報で喜ぶか、逆に……都合の悪い場合に怒ったり悲しむか、だ。そして、今回の場合は後者。という事は……。
「信仰関連?」
「そうですにゃ。それと、多人種の共存についても、状況が変わってきていますにゃ」
なんとなくだけど、掴めてきた気がする。要するに、信頼の神への信仰が揺らぎ、人種間でも対立が始まっているって感じだろう。
「それで、シロとしてはどうしたいの?」
「知って頂きたいと考えていますにゃ。主様が眠りについた事で……この国が、この地上がどう変わってしまったかを!」
強い口調と迫力で迫られて、俺は反射的に頷いてしまっていた。まあ、俺としても断る理由はない事だし、頷いた事にはなんの後悔もない。しかし、ここまでシロが強く出る意味が、いまいちよく分からない。
「知る事については、俺も望むところだよ。でもさ、なんでそこまで?」
「主様の認識を改めて頂きたいからですにゃ」
これは……常々言われている、危機感がとか、なによりも大事とか、そんな事に関わってくるんだろうな。ただ、俺としては、自分の正体に気付いた以上、なんとなくは理解しているつもりだ。この国に関しても、他の国以上に親近感のようなものを感じている。……それくらいで充分なのでは?
「シロ、そこまで大仰に言わなくても……」
「そういったところですにゃ! やはり、この国を通る事に決めて正解でしたにゃ」
なにを言っても無駄だと感じた俺は、口数を減らし、先へと進む事に集中した。北には外海、東には正側の国である獣人国。敵対国の脅威が遠い事もあり、魔導国での争乱が嘘のように思える平和でのどかな道を、俺とシロは歩いていくのだった。
いくつかの農村や宿場町を経由し、ようやく到着したのが北東部随一の大都市「パトゥーテ」。今でこそ地方都市の一つではあるけど、元々はパトラ王国という小国の王都だった街だそうだ。シロ曰く、大建国時代に乱立した小国の数は膨大で、パトラ王国がどういった経緯で信帝国に吸収されたかは覚えていないとの事だ。
ただ、大争乱の時代よりも遥かな昔に建築されたらしい街を囲む壁が、大きな戦の痕跡も無く残っているという事は、平和的な併合だったのではないかと俺は思う。街へと入るための行列に並びながら、年季の入ったパトゥーテの壁と門を眺めていると……やっと俺の順番が回ってくる。
魔導国での一連の騒動もあってか、門の通行には検査が必要なようで、守衛の兵士から身分を証明出来る物の提示を求められる。そんな訳で、俺がギルドタグを渡すと……。
「名はシルバ……? C級冒険者でD級魔術師、髪色が銀、整った顔立ち……」
タグと俺の顔を交互に見遣りながら、兵士がぶつぶつと呟いていた。そして……。
「詰め所までご同行願います。貴方の通行に関して、一兵卒である私では……判断に困りますので」
無理強いされるという感じではないけど、嫌だとも言えないような雰囲気だった。そのため、俺は従い、詰め所へと連行(?)されていくのだった。
詰め所内の一室。向かい合って座る事が出来る机と椅子セットの片側へと座らされ、ここで待てと伝えた兵士は……退室しながらご丁寧に外鍵を掛けていった。これはまるで、取り調べ前のような状況だ。幸いな事といえば、気配を殺してシロがついてきてくれたことだろうか。
「シロ、これって……?」
「優しく言えば取り調べ、厳しく言えば尋問ですにゃ」
妙に落ち着いて答えてくるシロ。こうなる事を予想していたのか、あるいは解決策を持ち合わせているのか。とりあえず、解決策がある事を信じて訊ねてみる。
「どうすればいいと思う?」
「待っていればいいと思いますにゃ」
考えがあるのかないのか分からない返答に、俺は苦笑してしまう。まあ、シロが騒いでいない以上、厄介な事にはならないと信じ、多分来るであろうお偉いさんの到着を待つ事にしよう……。
しばらくして、ガチャという鍵が開く音と共に、黒森人の男性が入室してきた。さっきの兵士が身に着けていた鎧よりも上等な装備である事から、きっとこの人が判断を下せる人……いわゆる責任者なのだろう。そんな相手をまじまじと眺めていると、相手も俺を観察するように凝視してくる。そして、俺の目の前に座った男性は、ギルドタグを見せつけながら問い掛けてくるのだった。




