120 sideA
「なんで……?」
俺は訊ねていた。悲しみとか怒りなんて感情からではなくて、ただただ理解出来なかったから……。だって、俺は戦える。この街の人々を護るため、仲間のみんなを護るために。なのに、逃げろだなんて……理解も納得も出来るはずがないのだから。
「シルバ君、私たちだって……意地悪で言っているのではありませんよ」
「そうですわ。理由はしっかり説明させて頂きますわよ」
そう言ったハイランドさんとジゼルさんは、俺が逃げなければいけない理由を説明していった。いや、俺だって……頭では分かっていた。だけど、心が理解を拒み、受け入れられないと突っぱねていたんだ。だから、言う。
「そんな事は分かってますよ……。だからこそ、俺が戦わないといけないんじゃないですか!」
ハイランドさんたちが言う事はもっともだった。俺がこの国に居る限り、負の国々は侵略の手を緩めないであろう事は分かっている。だから、俺が戦うべきだと思うのだ。しかし、そんな俺の考えを、ディンガの一喝が遮る。
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
これには、俺以外のみんなですら驚いていた。当然俺だって、思考を止めて放心してしまっている。そんな俺に、ディンガは更に続ける。
「お前がすげぇ奴だってのは知ってる。お前がいりゃあ、この街は護り切れるかもしれねぇ事もな。だがよ、もっと広い視点でみてくれや」
俺がここに残ったとして、嫌帝国軍の第一陣は撃退出来るかもしれない。でも、俺の身体は一つ。他の方面を助けに回る事は……出来ない。
ただ、俺が西へと逃げたところで、状況は変わるのだろうか? 東と南から侵攻してくる負の国々にとって、この国は侵攻路上にある。ならばこの国は、どちらにしても占領しないといけないのでは?
「やっぱり、俺が逃げたところで、この国の命運は……変わらない気がするんだけど?」
「いいや、変わるさ。少なくとも、負の国々の足並みは乱れる」
現在の侵攻軍は、主力が首都攻めへと向かい、一部が俺の居る北部へと向かっている。この狙いとしては、俺が北部に釘付けとなっている間に、中央を占領。その後、包囲網を狭めていくという事だろう。この侵攻作戦の肝となるのは、俺がここから動かない事。要するに、俺が逃げ出すとは考えていない事だろう。俺の性格や行動方針が筒抜けなのは、正直言って気味が悪いけど……。
とりあえず不快感は置いておくとして……俺が逃亡を開始したとなれば確かに、負の国々は慌てるだろう。悠長に首都を攻略してる暇が無くなるし、様々な意見が飛び交う事になる気がする。連合軍を分解して、戦力を分散させてくれるかもしれない。そうなれば、魔導国が自力で生き延びる可能性も出てくる。ただし、厳しい戦いなのは変わりが無いけど……。
「勝てると思う? 戦力差は歴然なんだよ?」
「そんな事は分かってらぁ! だがよ、滅亡確定だったのが、ほぼ滅亡に変わるんだ。……可能性が残るんだ」
みんなの考えは理解した。俺が今すべき役割が、攪乱のための逃亡である事も納得した。ただ、一つだけ……絶対に訊いておきたい事がある。
「それで、みんなは……残って戦うんだよね?」
俺の問い掛けに、みんなは頷いた。そして、メリちゃんは……微笑みを浮かべながら、震える身体を必死に抑え込んで言う。
「絶対に、ここで食い止めて見せるのです。命を懸けてでも……」
命懸け。それはきっと、誇張でもなんでもない。この街に向かっている軍は、こちらの数の数倍。その上、嫌悪の神人までもが含まれている。守備側に利がある籠城戦であっても、俺抜きでは覆しようのないほどの戦力差だ……。
みんな、平静を装っている。メリちゃんのように笑顔で誤魔化しながら必死に。これまで何度か命の危機があったけど、今回ばかりは覚悟を決めているのだろう。そんなみんなに、俺が出来る事はないだろうか?
ある。意識してやるのは初めてだけど、きっと出来るはずだ……。お守りというには目に見えないし、俺の代わりというには些細なものだけど。
「みんな……俺の加護を受け取って欲しい。どうかな?」
逃げる俺の代わりに戦ってくれるみんなが、生き残れるように……いや、勝てるように。どれだけの力になれるかは未知数だけど、なにもやらないよりはずっとましだから。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、みんな頷くのだが……シロだけは、勢いよく首を横に振りながら反対の意思を口にする。
「主様、お待ちくださいにゃ! すでに加護を持つハイランドとメリサンドを除くとはいえ、一度に三人に加護を与えるなんて……危険ですにゃ!」
「危険?」
「そうですにゃ。加護を与える場合、主様の蓄えた神力が消費されますにゃ。ですから……」
俺の神力が減ってしまえば、逃亡に支障が出ると? 命懸けで戦う意志を固めているみんなの前で、そんな事を気にしろと?
「シロ、俺はね……みんなが勝ってくれると信じたいんだ。その可能性を上げられるならそんな事、微々たる問題だよ」
俺の意志もまた固いと知って、シロは黙り込んでしまった。だから、始めよう。俺の出来る限りを込めて……。
ジゼルさん、ディンガ、ドーリス。俺の前に三人が並ぶ。儀式めいた雰囲気がどこか不自然に思えて、なるべく朗らかな口調で声を掛ける。
「じゃあ、始めるね。加護なんて大層なものじゃなくって、俺からの信頼の証だと思って受け取って欲しいかな」
「はい。シルバさんのお気持ち、受け取らせて頂きますわ」
「おう! 俺にはそんぐらいがちょうどいいな」
「うむ。しかと受け取らせてもらう」
三人からの同意を受け、俺は目を瞑る。どうやればいいかなんて知らないはずなのに、何故だか不思議とすべき事が理解出来た。ただ想えばいいのだと。
俺は心を馳せていた。再びみんなで冒険へと出掛ける未来を。そして、願う。その未来を手繰り寄せるため、みんなへ俺の力を分け与えたいと。その瞬間だった。
――俺から溢れ出した神力……信じる気持ちが、三人へと流れ込む。目を瞑っていても分かるほど、温かく眩い光を伴いながら。……多少の脱力感を感じながら。
光が収まった頃、俺は目を開けた。神力視で以って三人を見てみると……確かに、神力を纏っている。成功のようだ。
「俺の気持ち、ちゃんと届いたみたいだね」
三人に向けてそう言うと、一様に微笑みが返ってきた。そして……。
「とても暖かいですわ。それに……沸々と滾るなにかが、私を包み込んでおりますの」
「ああ、これがお前の気持ちか。これじゃあ、頑張らねぇ訳にはいかねぇぜ!」
「うむ。優しくもあり頼もしくも感じる。この力があらば、この街も護り抜けるだろう」
その言葉を聞いて、いつの間にか俺も……微笑んでいた。加護を授けるなんて傲慢だとも思ってたけど、みんなの明るい顔を見たら……これで良かったんだと思えてくるのだった。
そして、翌日。旅支度を済ませた俺は、ガーベラの街の西門に居た。俺の隣にはシロが居るのみで、みんなは……向き合うように並んでいる。その後ろには、一緒にガーベラの街を護ってきた冒険者や魔術師たちも。ここから逃げる俺を送り出すには、あまりにも大仰で過剰な見送りだと思うけど……申し訳なくも嬉しい。
「みんな! ありがとう、そして……ごめん。あと、頑張ってと他には……またね!」
ここに居るみんなとの再会を祈る言葉で締めくくる。そうなって欲しいと期待して、そうなるはずだと信じて……。
俺とシロは歩き出した。西へと向かって。久々の一人と一匹だけの旅路。並び歩くみんなが居ない事を寂しく思いながら、これが最善だったと自分に言い聞かせて。……俺は逃避行を始めたのだった。




