011 sideB
メリたちは、この国の森に住む最後の森人なのです。
遥か昔、北方での争乱から逃れるためにやってきたご先祖様たちは、この国の平和に未来を感じました。争乱から距離を置くこの国は、多くの森人たちの理想郷になるんだと期待もしました。それは、しばらくの間は間違っていませんでした。多くの森人が多くの森に散らばり、穏やかな時間を過ごしたのです。しかし、近年になって……状況は変わってしまいました。
権力者の娯楽や北方の争乱の影響で森人は狩られ、奴隷として連れ去られました。この国の発展により森は刈られ、多くの住処が奪われました。元から少数派種族だった森人は、数と生存圏を急激に減らしていき、今やこの有り様です。少し前まではこの国に点在していた森人の集落も、今やここだけなのです。この孤立無援の状況で、抵抗の中で華々しく散る。……じいちゃんたちは、そう考えているようなのです。
「おっしゃる通りです。開拓のための一団が押し寄せるのみならず、奴隷狩りの賊まで現れる始末。毎日が抵抗の日々を送っております」
長の中でも最年長のじいちゃんが、苦々しい表情で告げました。他のじいちゃんたちも、頷きで以って同意します。そして、そのじいちゃんたちが言葉を繋ぎました。
「森を護り、森と共に死んでいく。それが森人である我々の矜持!」
「賊に捕まるぐらいなら、自ら屍となって森に還ります」
じいちゃんたちの悲壮な覚悟を聞いて、分神様は悲しそうに尻尾を垂れ下げながらこう言いました。
「貴方たちの覚悟は見事ですにゃ。ですが、未来ある年若い森人は……果たして同じ気持ちなのですかにゃ? 例えば、メリサンドは?」
メリは悟ったのです。時機が巡ってきたのだと。メリの力だけでは無理だったけど、分神様と救世主がいれば……いけるのです!
「メリはまだ死にたくないのです。未来に期待していたいのです! だから……逃げちゃいましょう?」
「メリサンド様? 森を捨てると仰るのですか?」
じいちゃんたちが騒めきだしました。メリの言葉だからと肯定的な意見もあるけど、多くは矜持が誇りがと言って否定的。そんな風に、じいちゃんたちが平行線の話し合いを続ける中、救世主と分神様がメリに話しかけてきたのです。
「メリサンドちゃんでいいのかな? 俺はシルバ」
「私も分神ではなく、シロと名乗っていますにゃ」
「メリちゃんでいいのです。それで……分神様はシロ様で、救世主のお兄ちゃんはシルバさんなのですね」
自己紹介も終わったところで、シルバさんは不思議そうな表情で尋ねてきたのです。
「色々気になる事があるんだけど、その救世主ってのは何なの?」
「言葉通りの意味なのです。メリは期待して待っていたのです。シルバさんみたいな人が現れるのを!」
「俺みたいな人?」
「そうなのです! シルバさん、神人ですよね?」
メリの問いかけに、じいちゃんたちも驚いた様子で議論を止めました。そして、シルバさんの返事を待つのでした。
「メリちゃん……よく気付いたね。そうだよ。俺、愛の女神の神人なんだ」
メリよりも先に、じいちゃんたちが声を上げます。感動に打ち震えながら。
「神人様! その愛で、森人をお守り下さい!」
「愛の神人様と分神様! お二方がいらっしゃれば……この森を守りきれる!」
じいちゃんたちの熱量に、シルバさんはたじたじといった様子。そこで、メリはじいちゃんたちに釘を刺しました。
「シルバさんやシロ様に、この森に永住しろと言うのです?」
じいちゃんたちは、自分たちが言っている事の身勝手さに気付き、黙り込みました。そんなじいちゃんたちに、シルバさんとシロ様はこの森へ訪れた経緯を話していきました。南部の大貴族からの追っ手をかわすため、影響の及ばないだろう北部へと逃げている最中だと。……メリにとって、最高のお話でした。期待と予期の女神様は、やっぱりメリたちを見捨ててはいなかったのだと確信したのです。
「シルバさん、シロ様。お願いがあるのです。その旅に、メリたち森人も同行させてくださいなのです」
「メリサンド様! 森を捨てる事に、皆は納得しておりません。それに、北部に逃げたとして……その後は?」
「神聖アンティス共和国へ向かうのです。ご先祖様たちの故地である、あの国なのです」
「無謀です! 森でのみ生きてきた我々が平原を行き、国境すらも越える旅など……」
じいちゃんたちの言葉はごもっとも。この森しか知らないメリたちは、森以外での暮らしすら知らないのです。それが旅ともなれば、尚更なのです。でも、動かなければ待つのは滅亡。明るい未来を期待できる、最初にして最後のチャンスは……シルバさんとシロ様がいる今しかないのです!
「じいちゃんたちは、終わりが見えないお話し合いを続けていればいいのです。メリは、シルバさんとシロ様とお話してくるのです」
メリは、二人を連れて集会場を後にしました。向かったのはメリのお家。木々と一体となるように作られた、自慢のお家なのです。そんな我が家に二人を招き入れると、シルバさんが問いかけてきました。
「メリちゃん、聞きたかった事の続きなんだけど……メリちゃんは何者なの? 長老っぽい人からも敬われてるようだけど」
「あれ? シロ様から何も聞いてないのです?」
メリが聞き返すと、シロ様が慌てた様子で口を挟んできたのです。
「主様! 彼女が先ほど話した”彼女”ですにゃ。にゃにゃにゃんと! 八大神である期待と予期の女神アンティスより加護を受けた、スーパー少女なんですにゃ!」
「噂の彼女はメリちゃんだったのか。それに、正神第三位からの加護って凄いね」
「主様? お忘れかもしれませんが、私こと愛の女神は第四位ですにゃ。その神人である主様の方が、遥かに凄いのですにゃ」
「そうだったね。それじゃあ、聞きたかった事も聞けたし、メリちゃんの話を聞こっか!」
そう促されたメリは、逃亡計画を説明するのでした――
まず語ったのは、神聖アンティス共和国についてです。ここトラディス王国北部と国境を接する神聖国は、名前の通り正神陣営の国。多くの森人が住み、強い発言力を有しているようです。ですが、同じく王国北部と国境を接する隣国、黒森人怒王国とは長年に渡って戦争が続いています。ご先祖様たちは、その争乱を嫌って王国へと逃れてきた訳なのです。
そんな国に戻るという事は、再び争乱に巻き込まれる事でしょう。でも、ここに留まり滅びを待つよりは、未来に期待が持てるはずなのです。ですが……。
「メリは加護の力があるので大丈夫なのですが、集落のみんなには厳しいのです」
「長旅となると、体力が必要。その上、森から出た森人は……奴隷狩りの格好の的って事だね?」
「そうなのです。なので、シルバさんのお力を借りたいのです」
次は、逃走中の役割を語っていきました。森と違い、平野部はマナが薄いのです。魔術を主に戦うメリだけでは、大挙する奴隷狩りを追い返す事は難しい。集落のみんなも移動するだけで精一杯で、戦力としては数えられない。なので、高位の神人であるシルバさんに、みんなの護衛をお願いしたいのです。加護持ちとは比べものにならない程の力を持つとされる神人は、一軍にも匹敵すると言われていますので……。
「ちょっと待って! 俺、そこまでの力があるか分からないよ?」
「戦闘経験はあるのです?」
「最低限だけ。下級の魔獣とは戦う機会があったけど、人と戦ったのは……二回だけかな」
「なら、慣れてもらうのです! ちょうどいい訓練相手が、毎日のようにやってくるのです!」
シルバさんに断られないように、メリは可愛らしく笑うのでした。




