116 sideA
ただただ真っ暗だ。「獣種混成の森林」で見た過去の記憶と同じ……いや、より暗くて静かなように感じる。そして、前回同様に、抗い難い眠気のようなものに襲われ――
目を覚ます。睡魔に襲われた後に言うのもおかしな表現だが、最も適切な表現だろう。周囲にはみんなが集まっており、恒例になったメリちゃんの一言が掛かる。
「シルバさん、大丈夫なのです?」
大丈夫かという問い掛けには頷くも、目新しい情報は無かったと告げる。きっと、今後も同様だろう。これ以上キング格の魔獣を倒したところで、見る光景は同じ。時間軸的に、徐々に今に近付いていくだけだろうから、真っ暗な闇を見るだけなのだろう。
だからだろうか。俺は……目標を見失った気分だ。これまでは、キングを討伐する事によって、事態が進展していった。記憶の一部を思い出したり、大氾濫の終息へと向かわせたりだ。しかし今は、どちらもあまり期待できない。真っ暗な中眠っている光景を見るだけだし、キングは魔人たちによって復活させられてしまうのだから……。
さて、今後はどのように動くべきだろうか。そんな事を考えていると、ディンガが口を開いていた。
「で、この後はどうする?」
俺だけでなくディンガも……いや、この場の全員が同じ事を考えているだろう。そこで俺は、いくつかの考えを口にする。
「一番現実的なのは、北部の戦線を押し上げる事だと思う。或いは、侵攻してきた負の国々の中で一番厄介な……嫌帝国軍と戦うとか?」
口には出さないけど、魔導国から脱出という選択肢も……なくはない。しかし、どの選択をしたとしても、事態の根本解決には程遠いというのが歯痒いところだ。と考えていたのだが……。
「嫌帝国と私たちが戦うのは……現状は、あり得ない事かと」
ハイランドさんが言った。それに続く形でジゼルさんも。
「私たちはギルド員という立場ですわ。軍属ではない民間人。こちらから攻撃を仕掛ければ……」
それ以上は言わなかったが、続きはだいたい理解が出来てしまった。民間人の虐殺に繋がる、と――
戦争にも最低限のルールが存在する。これから戦争をしましょうと宣戦布告し、互いの軍と軍がぶつかり合う。あくまで、軍属……軍人同士が戦うのだ。ある程度統一された兵装を纏い、所属が判別出来る旗の下で戦うからこそ、軍属と民間人は区別される。なので、逆に言えば、軍属でない者が敵国の軍に攻撃を仕掛ければ……軍属と民間人の区別は消滅する。民間人を殺傷する口実を与えてしまうという訳だ。
とはいえ、すでに布告の部分は無視されてしまっている。ルールが破られてしまっているのだ。ならば、民間人も保護されないのではないか。そう思うかもしれないが、そんな事はないはずだ。というのも、戦争というのは土地の奪い合い以外の側面がある。それは、民の奪い合いだ。
農地を耕すのは民。税を納めるのも民。なにより、信仰心……神力を生み出し捧げるのもまた、民なのだ。どれだけ土地を奪おうとも、その土地に根付く民を手に入れなければ……ただのなにも生み出さぬ不毛の地を得るだけ。だから、民間人は保護されるはずなのだ。……常識的に考えれば、だが――
これらの事から、嫌帝国軍との戦いに首を突っ込むのはなしだ。ならば……。
「ガーベラに近付きすぎた対魔獣防衛線を、まずは押し返すのが妥当かな?」
「ああ。それが一番だと思うが、その……なんだ。お前は逃げねぇのか?」
ディンガはシロの顔色を窺いながら、俺に問い掛けてきた。俺だけでも、「神の封鎖地」へ向かわなくていいのかという意味だろう。勿論、俺は首を横に振る。
「逃げたところで……ねぇ? 道中の国にも戦火が広がるんなら、ここに残って戦うのが一番でしょ?」
「それはそうだが……。まぁ、お前がそう決めたのなら、俺たちがこれ以上言うもんでもねぇな」
ディンガはそこで口を噤んだ。他のみんなも納得するように頷いているのだけど、一人だけ……いや、一匹だけ忠告のような言葉を掛けてくる。
「主様、後悔しても知りませんにゃ。今、逃亡を始めれば……比較的容易に逃げおおせられますにゃ」
後悔するかはさておき、シロの言っている事も間違いではない。負の国々の侵攻が始まったとはいえ、本格的に軍と軍がぶつかるのはまだ少し先の話。しかも、負の国々の主力級の軍勢は東側から攻めてくるので、今ならば南や西へと逃げる事は容易い。逆に言えば、時間が経つにつれ、東側は勿論……南や西からも、決して少なくない数の負の軍勢が向かって来て、俺への包囲網は狭まっていくだろう。
ただ、そんな事は承知の上だ。魔人たちからの要求を無視する形になるのだって、当然理解している。でも、逃げるなんて選択は、まだ選ぶつもりはない。どうしようも無くなるまでは、抗い続けるつもりだ。だから……。
「それは分かってるよ。それでも、俺は逃げない! ごめんね、シロ」
「そう、ですか……。やはり、聞き入れてはいただけませんか……」
力なく、弱弱しく……シロは呟いていた。とても心が痛む。けれど、シロの考えを受け入れる事は出来ないのだ。この騒動の発端は、ほとんどが俺に関係しているんだから、一番に逃げ出すなんて事……絶対にしてはいけないし、出来るはずがないのだ。
その後、「海辺の要塞」を出た俺たちは、ガーベラへ向けて歩いていた。キング格の魔獣を倒した影響か、往路に比べて魔獣の数が減っていたけど……これも一時的だと考えると、なんともやり切れない思いだ。みんなも同様の考えを抱いているのか、心なしか表情も暗いように見える。そんな時、急に覚えのある気配が接近してくるのを感じ、俺はすかさず声を上げていた。
「ダスターか?」
迷宮突入前とは違い、今回は”消失”状態のダスターの気配に気付く事が出来たのだ。しかし、だからといって油断は出来ない。剣を抜き身構えていると、姿を消したままのダスターが語り掛けてくる。
「よお、クソども。俺たちの忠告は無視する気だって聞いたぜ?」
「管理者からの情報か……」
常に監視されている以上、こちらの考えは筒抜けだ。という事は、俺たちを殺しに来たのだろうか? より集中して周囲の気配を探ってみるも、もう一人の魔人の気配は感じ取れない。だったらここで、ダスターを討ち取る事も出来るのでは。そう考えて、ぐっと剣を握りしめるのだが……。
「おいおい……有利と見るや殺しにかかるたあ、クソを越えたクソかよ」
そのダスターの言葉を聞いて、俺は握りしめる力をふっと緩める。確かにそうだ。この場では、ダスターがこちらに攻撃を仕掛けてきた訳ではない。そんな相手に、チャンスだからと襲い掛かるのは……負の神々や負の国々と同等の、野蛮な行いだ。だから、俺は問い掛けた。
「戦闘の意志は無いって事か?」
「ああ。忠告を無視するって事の確認に来ただけだ。で、逃げ帰らないって事でいいんだな?」
「ああ」
力強く頷く俺。その意志を確認して満足したのか、ダスターの気配が遠ざかっていく。そして……。
「ま、織り込み済みだ。精々抗ってみて、無駄だったって嘆けばいいさ。じゃあな、クズども」
絶対的な自信を感じさせる言葉を残し、ダスターの気配は消えていた。とりあえず、脅威は去ったという事か。身体から力を抜き、剣を鞘へと納める。そして、考える。
織り込み済みという事は、俺がどこに居ようとも……魔人たちの企みには影響がないという事だろうか。それならば、しばらくの間は、魔人たちからの襲撃も無いと考えるのが妥当だろう。しかし、ダスターのあの自信あり気な様子からみて、覚悟だけは決めておく必要がありそうだ。……どうしようもなくなって、逃げに回らねばならない事を。




