115 sideC
「シロ、それは不味いって。俺が逃げ回れば……その分、争乱が広がるでしょ?」
それは、私にも分かっています。そして、それこそが魔人たちの狙いである事も。しかし……しかしです! どのような犠牲を払ったとしても、主様の御身こそが至上なのです!
「分かっていますにゃ! ですが、それでも逃げて下さいにゃ! お願いします……」
私は懇願していました。ただただ頼み込むように。主様の考えを封じ込むために……。
私とて意地悪で言っている訳ではありません。主様のお力は信じていますし、愚直なまでに人々のために働く姿は……頼もしいとすら思います。ですが、信ずるがゆえに……止めねばなりません。主様の望みを叶えられないとしても、今回ばかりは譲れないのです。
私の想いは……主様に伝わっている事でしょう。そしてそれは、主様の性格を考えれば、重りとなってのしかかっているであろう事も。
「シロ、考える時間が欲しい……。とりあえず、この迷宮を攻略しちゃわない?」
「主様? 今すぐ逃走を始めるべきですにゃ!」
この迷宮「海辺の要塞」は、今まで攻略してきた迷宮に比べて狭い。なので、戦力さえ整っていれば、攻略にさほど時間は掛かりません。ですが、その時間も惜しいのです。この間にも、負の国々の侵攻は進んでいて、状況は刻々と悪化していくのですから。しかし……。
「俺はシルバの意見に賛成だ。折角ここまで来たんだしな」
「メリもなのです。この後の事は後で考えればいいのです」
「私も消極的賛成です。魔人らが、迷宮に手出しする事をどう思うのか。それだけが心配ではありますから」
ハイランドの消極的賛成を含めれば、すでにパーティの過半数の賛成を集めてしまっています。そして、残るトカゲ男とジゼルも、迷宮を攻略する事に異論はない様子。ならば、これまで伏せてきた情報を開示すべきでしょう。……主様を信ずるがゆえに秘匿してきた、あまりにも無情なあの情報を。
「全員に聞いて欲しい話があるにゃ。キメラキングを討伐したはずの迷宮で、キメラキングが復活しているにゃ」
魔導国南西の大氾濫を起こした迷宮「獣種混成の森林」。確かに討伐したはずのキング格の魔獣が、再び出現しています。これは、本体が遠見によって得た情報で、紛れもない事実。要するに、此度の大氾濫においては……キング格の魔獣を倒したところで、大氾濫は終息に向かわないのです。
どのような手段で以って行われているのかは不明。遠見を用いた迷宮内調査でも、封鎖のような物は見つかりませんでした。という事は、です。ダスター以外の魔人の権能で、自由自在に迷宮内のマナ濃度を操れるという事ではないでしょうか。
悪辣だと感じるのは、ダスターが手引きした大氾濫事件。あえて物理的に封鎖をする事で、封鎖が不要である事を隠匿していました。これにより、私も主様も……いえ、誰もが誤認したのです。大氾濫鎮静化の条件が、キング格の魔獣を討伐する事だと。……私たちは踊らされていた訳です。
「シロ! それは本当なの?」
「本当ですにゃ。南西部の大氾濫は、一時的に勢いを失ったのみで……今では、再び勢いを取り戻していますにゃ」
この場の誰もが、落胆していました。だからこそ、隠し通したかったのです。だって、主様たちの行動のほとんどが……無駄だった訳ですから。……しかし、でした。主様はこう言ったのです。
「それでも、この迷宮に居るであろうキングを倒そう! 一時であっても、魔獣の勢いを削げるなら」
「うむ。全てが無駄な訳では無い。やる価値はある」
「そうですわ! どれだけ効果が低かろうと、やらないよりはマシですわね」
誰も彼もが、主様に追従していきます。そして、決定。主様たちは、迷宮内部へと進んでいくのでした。
私は、その場に立ち尽くしていました。何故、私の言葉を聞き入れてくれないのでしょうか? いえ、分かっています。私が主様を信じ切れていなかったからこそ、主様が私を信じてくれない事を……。
主様は現状でも、とても強い。低く見積もったとしても、一騎当千の実力を有しています。ですが、信じ切れてはいないのです。だから、逃げる事を最優先に考えています。主様のお力を疑い、万が一に備えるとうそぶきながら。
主様の御心は、そう易々とは折れません。ですが、私は隠しました。主様にとって不都合な事実を。主様のためと考えながら、実際は……説得の切り札として活用するために。それも無駄に終わってしまいましたが……。
だからでしょう。心から信じていない私の言葉は、主様へと響きません。どれだけ主様の身を案じようとも、です。ならば、私は私のやり方を貫き通すしかありませんね。
「本体、聞こえていますにゃ?」
(どうしました、分神)
「頼みがあるにゃ」
私は本体へ、頼み事をしました。主様を見守る分のリソースを、他の事に振り分けて欲しいと。具体的に言えば、魔導国や周辺国の情勢を監視し、逐次報告して欲しい。それも、主様の耳には入れないように、と……。
(分かりました。その代わり、主様の御身は……絶対に護り抜きなさい)
「当たり前にゃ。じゃあ、頼んだにゃ」
これまで以上に、先の事を考えて行動しましょう。主様に悟られぬように、隠れてコソコソと。主様に信じて頂けず、主様を信じられずとも。それが将来、主様のためになると信ずるがゆえに……。
主様たちは魔獣を薙ぎ払いながら、怒涛の勢いで攻略を進めていきました。B級迷宮という事もあり、魔獣の質は極めて高いはず。ですが、そんな事を感じさせないほどの快進撃を続けています。当然、その原動力は主様。仲間たちとの信頼を力に、より速く、より力強くなっていっているのが伝わってきます。これならば、完全復活もそう遠くは無さそうです。
そして、あっという間に辿り着いた迷宮最奥部。立ち塞がるは多くの魔獣。グレート格のゴブリンやオーガ。獣系魔獣の上位種も混ざっており、なにより……。
「道中と同様、ゴーレム種がメインかよ……。俺の弓は通用しねぇな、こりゃ」
「魔術の通りもイマイチですわね。頑丈過ぎて、嫌になりますわ……」
迷宮の途中では、D級魔獣のサンドゴーレムやC級のロックゴーレムが中心でしたが、ここにいるのは更に上位。B級に指定されているアイアンゴーレムばかり。そして、キング格の魔獣もやはり、巨大でいかにも頑強そうなゴーレムで、長期戦になるのは必至だろうと思われていました。しかし……。
「ねぇ、みんな。ここって、建物型迷宮だよね? だったらさ、ちょっとやそっとじゃ崩れないよね?」
「ええ。大規模な魔術行使にも耐え得るでしょうが……まさか!?」
主様の問い掛けに答えたハイランドは、驚愕の声を上げています。そして、主様は頷き、とんでもない事を言い放つのです。
「うん。この前のメリちゃんとジゼルさん、二人での共同魔術に……俺の分も足してみるのは?」
「いやいや、ヤバイだろ……そりゃあよ。どんだけの威力になるんだって話だぜ?」
「大丈夫、大丈夫! 神が創った物なんだから、耐えきれるって!」
主様の自信満々な様子に、他の全員は従うようです。主様が言うのだから大丈夫だと、心から信じているのでしょう。……なんとも眩しい光景です。私にとっては……。
そして、実行された三種共同上級魔術は、ゴーレムキングを含む魔獣の群れを、一撃で消し去ったのでした。迷宮の崩壊も無く、主様の言った通りにです。
その後、いつも通りに気を失った主様。それを取り囲む私たち。戦闘を終えて落ち着いた、穏やかなひと時。ですが、私は知っています。このような穏やかな時間は、あまり残されていないであろう事を。本体から届く情報は、大争乱の炎がより激しさを増して燃え盛っていると、伝えてくるばかりなのですから……。




