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争乱の神人  作者: 富井トミー
第21話 優越に浸る時
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 大ディスガスト帝国、魔導王国ゼフィラントへと侵攻を開始する――


 遠見の術によって地上を眺めていた神々は、正も負も関係なく、騒がしさを増していく。もっとも……受け止め方は様々で、喜ぶ者もいれば悲しむ者もおり、焦る者もいれば呆れる者もいる。そして、自身が庇護する国の暴走を知り、冷静さを失っているのは……。


「ええい! 我が信者共は阿呆なのか? 何故待てぬ? 大氾濫(オーバーフロー)の終息を!」


 嫌悪の神ディスガスト。シルバ追討の神託を授け、嫌帝国による侵攻軍を組織させるまでは順調だった。その陣容を誇らしげに眺めていた際、事が起こったのだ。


 シルバに似た整った顔を激しく歪めながら言う彼に、無駄によく通る声で爆笑する逞しい体つきの女神が告げる。


「だっはっはっは! 何故待てないか? そりゃあ、怒りが堪えきれなかったんだろぉよ」


 怒りの女神アンガー。自身の庇護する国々が魔導国との国境に面していない事もあり、退屈そうにしていた彼女だったが……この事態を受けて、心底喜んでいるようである。そんな彼女を一瞥し、ため息交じりに非難するのは、細身長身の優男風の神。


「やれやれ……。アンガー殿は、事の重大さを理解していないご様子。悲しいですねぇ」


 悲しみの神サドネス。シルバ追討戦において、嫌帝国と足並みを揃えて侵攻するはずだった国の一つを庇護する彼は、計画が崩れ去った事を悲しむと共に呆れている様子だ。いや、呆れが向かう先はアンガーか。その彼に対して、ケラケラと笑いながら声を掛けるのは……道化師(ピエロ)のような衣服を纏った少女らしき女神。


「プッ、アハハ。怒のおばちゃんにそんな事言っても、ムダムダ! まあ、ボクとしては……驚かせてもらって大満足だけどね!」


 驚きの女神サプライズ。アンガー同様、シルバ追討戦に無関係だったこともあり、どこか上の空だった彼女。まさかの事態が起こってからは、目を輝かせて愉しんでいるのだが……。そんな彼女を窘めるかのように、神の威厳を全く感じさせないオドオドした声を放つ、無駄に長い髪で顔を隠す女神。


「そ、そんな事言っちゃ駄目ですよ……。た、大切な計画が崩れてしまっていて、と、とても恐いじゃないですか……」


 恐怖の女神フィアー。魔導国の南、怒王国の北に庇護する国を持つ彼女は、複数国同時侵攻が叶わなくなった事を恐れ、焦っていた。


 八大神に名を連ねる五柱であり、負陣営の上位五位までの神々。思い思いに発言する神々に、ディスガストは苛立ちながら言う。


「皆、黙れ。これよりの発言、許すのは意義のあるものに限定する」


 負の主神に相応しい、膨大な神力を纏った抗い難い声に、他の神々は黙って頷く。その様子に満足げに頷き返したディスガストは、サドネスへと意見を求める。


「この状況、どうすべきだと考える?」

「暴走については悲しき事故と考え、計画を前倒しにすべきかと……」

「それしかあるまいな……。して、地上の国々を縛る法を無視した事については、フィアー。どうすべきだ?」


 完全な同時侵攻は不可能となった。しかし、嫌帝国以外の国々は、これに追従する形で侵攻を開始すればよい。しかし、一つだけ問題があった。


 それは、国際法の無視。嫌帝国の侵攻軍は、本国の宣戦布告を待たずして国境を踏み越えた。これは……立派な違法行為。戦闘狂と名高い怒王国であっても守っているルールを、完全に破ってしまっている。このままでは、正陣営や中立国だけでなく、味方であるはずの負陣営からも非難の声が上がる可能性がある。


 そういった面倒事を避けるための一手を、フィアーはおずおずと口にする。


「か、各国の首脳のみに限っていた神託を、ち、地上全てに向けて下しませんか?」

「我々からのお墨付きを与えるという事か。神力消費は大きいが、ここに至っては致し方ない、か……」

「は、はい。そ、それに……か、神々の力を地上に知らしめる、ま、またとない機会だと……」


 魅力的な提案を聞き、ディスガストはニヤリと笑う。そして……。


「それは良いな。我々が偉大である事を再認識させる、最良の一手だ」


 本来の目的はどこへやら、優越感に浸る事を優先したようなディスガストは、早速準備へと取り掛かった。負の神々を集結させ、これまでにない規模での神託を下すために……。



 一方、地上では。侵攻軍の暴走を受け、嫌帝国上層部は……混沌な様相を呈していた。


 帝国帝都、その皇城。国の重鎮が顔を揃える会議室。軍部の将軍と大臣級の官僚が口論を過熱させ、その様子を冷ややかに見つめる一人の人物。軍と政で二分(にぶん)されている室内において、中央。それも、最も上位の者が居るべき場所に座す、威厳に満ち溢れた風貌の初老の男性……皇帝である。


 その皇帝は、責任の所在を押し付け合う臣下たちを眺めるのにも飽きてきて、声を荒げる事無く一喝する。


「静まれ」


 ごく短い言葉であったが、効果はてきめん。それまでの喧騒が嘘のように静まりかえった。そのため、皇帝は続ける。


「責任の追及は確かに大事。だがな、余が求めるものは起きた事を振り返るにあらず」


 グダグダ言い合ってないで、今後の方針を決めようぜ。そう言っている訳だ。それに頷いた一同の中、軍部のトップである元帥が口を開く。


「陛下。命令を無視し侵攻を続ける部隊は……このまま進ませるべきでしょうか?」

「余の意見を問う前に、自身の意見を言うてみろ」

「ハッ! では、侵攻の継続を進言致します」


 元帥の発言に対し、皇帝が口を開くより先に、反論を口にする者が現れる。政務と外交におけるトップ、宰相だ。


「それは悪手! 布告なしでの本格的侵攻は、正陣営の介入を招きます! ですが、現時点であれば、まだ……間に合います。どうか、兵を引く判断を」


 越境したとはいえ、未だに魔導国軍との戦端は開かれていない。であれば、謝罪と共に撤兵すれば、他国からの非難も最小限に済む。外交のトップとしては、被害が少なく穏便な対応を求める姿勢のようだ。


 しかし、軍部の者たちは元帥の意見を推し、官僚たちは宰相の考えを推す。再びの対立に、この場が騒々しくなってくると……。


「静まれ。皆の意見を考慮した上で、余の考えを話そう」


 再びの静寂。全員の視線が皇帝に注がれ、口が開かれるのを待つ。そして、ゆっくりと皇帝の声が紡がれていく。


「侵攻は……継続せよ。盟主の名のもと、陣営諸国にも即座に侵攻開始するよう伝えよ」

「ですが、陛下!」


 宰相を中心に、幾人かの官僚が待ったの声を上げる。しかし、皇帝は首を横に振り、言う。


「今更撤兵しようとも、遅い。ならば、偉大なるディスガスト神よりのお言葉、早期に実現するが信者の務めであろう?」

「そ、それは……」


 ”魔導国へと攻め入り、シルバという銀髪の男を捕縛または殺害せよ”という神託。嫌帝国では嫌悪の神より。その他の国々では、それぞれが信奉する神々より。なによりも尊ぶべき言葉を賜っていたのだ。ただ、期限の指定などは無かったため、大氾濫終息を待つという共通認識のもとに動いていたに過ぎない。最大限の成果を最小限の被害で得るために。


 しかし、どのような形であれ、事態は動き出してしまった。ならば、その流れに身を任せ、神への献身を追求しよう。それが皇帝の考えだった。更には……。


「余ですら虚を突かれたのだ。魔導国においては混乱が必定。……偉大なる神への供物ぞ、フハハハハ!」


 嫌悪の神を信奉する以上、嫌悪をより多く引き出す事こそ敬虔の証。それが敵国であれば、なお良し。皇帝は、魔導国国民が嫌悪する様を想像し……愉悦し、優越へと浸った。



 天上と地上。今後の方針が定まったところで、前代未聞の大神託が地上に降り注いだ。負に属する者たちは歓喜の声を。正に属する者たちは困惑の声を。そして、どちらの者であっても予感した。大争乱が深まっていくであろう事を……。

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