106 sideB
メリたちは南西部の中心都市ライラックを離れ、北上を開始していました。高い技術で舗装された街道を馬車が駆け抜け、次に目指す場所は、西部の中心都市である「魔導都市ベロニカ」。その冒険者ギルドへと立ち寄り、戦況を確認する事が目標です。
「それにしても……ジゼル様もハイランド様も、ギルドの総本部に向かわなくて大丈夫なのです?」
そうなるだろうとは思ってましたが、二人とも同行しています。本来であれば、総本部からの呼び出しを優先すべきなのですが……。
「ええ。今、総本部へと向かっても……まともに対応してもらえるとは思えませんし」
「そうですわ。各戦線への指示や補給すらままならないのですから、私たちも放置されるでしょうね」
総本部の混乱を理由に、呼び出しをすっぽかすつもりらしいのです。まあ、メリたちとしては非常に助かるのですが……。
「ハイランド様は、体調……大丈夫なのです?」
シルバさんの魔法により、切断された両腕は元通り。失った血液すらも、まるで初めから失っていなかったかのように、ハイランド様の体内を駆け巡っています。ですが、体力までは戻らなかったのか……丸一日、意識を失っていたのです。なので、ライラックに残り、休養に充てるという選択肢もあった訳ですが……。
「ええ、お陰様で。不思議な事に、負傷前よりも体調が良いくらいですよ」
強がっている風でもなく、ハイランド様自身も分からないといった様子です。ふと気になったメリは、神力視で以ってハイランド様を観察してみると……。
「あ、あれ? ハイランド様……神力を薄くですが、纏っているのです」
「え? そんなはずは……」
慌てたように自身の身体をペタペタと触り、神力を感じ取ろうと集中を始めるハイランド様。そして――
「本当ですね! 神力の量としては、中級神の加護持ち以下。ですが、本当に……神力が宿っています」
驚き半分、困惑半分。ハイランド様が声を上げました。その声を聞きつけてか、シロ様も話に加わります。
「神力が勝手に宿るなんて、そんな馬鹿な話……。……本当ですにゃ」
神様の立場からしても異常な事のようで、シロ様はシルバさんへと声を掛けます。
「主様! ハイランドを癒した際、おかしな事をしませんでしたにゃ?」
「え? 特にはなにも……。強いていうなら、これまで以上に強く願ったかも?」
突然話を振られ、困惑気味のシルバさん。魔法を使えないメリには分かりませんが、強く願った事が原因でしょうか? シロ様も同様の見解に至ったのか、より深く踏み込むように質問をぶつけます。
「なにをどう、強く願ったのですにゃ?」
「ええと、確か……”元通り元気になって、これからも一緒に冒険へと出掛けましょう”的な?」
その言葉を聞いて、しばし考え……一つの結論に達したシロ様が、呆れたように言います。
「断定は出来ないですが、ハイランド……貴方は、主様から加護を授かったと思いますにゃ」
「「えっ!?」」
当事者であるハイランド様は勿論、メリも驚きの声を上げてしまいます。いくらなんでも、それは。そう否定しようとしますが、シルバさんの素性を考え……納得してしまいます。あり得ない事では無い、と。
ですが、それまで黙って聞いていたディンガさんが、首を傾げながら疑問を口にします。
「旦那が加護を授かる分には、なんもおかしかねぇ。だがよ、シルバが授けるってのの意味が分かんねぇんだが?」
はい、そこです。あり得ない事ではないと考えつつも、あまりにも突飛な話です。メリのように、シルバさんの素性に勘付いていたとしても……疑問は尽きないのですから。
そもそも、加護というものを……神様たちは、どうやって授けているのか。それは、メリにも知りようがありません。ですが、一つだけ言える事があります。神様は、神様の意志で加護を授けます。なので、無意識に加護を授けてしまったなんて事は、本来起こり得ないはず……。一体、なにがどうなってこんな事が?
「シロ様、メリにも理解不能なのです……。説明をお願いしたいのです」
「……私にも、何故の部分は分からないにゃ。前例があるはずも無いですからにゃ」
シロ様ですら、この出来事の理由や原因は不明。ただ、シルバさんが加護を授けたという事実……いえ、結果だけが判明しているという事。授けた本人であるシルバさんも、なんの事か分かってない状況では……これ以上の推測は不可能。
だったら、事実を事実として受け止めるしかないでしょうか。ハイランド様が加護を授かり、大幅に戦力が向上したという事実だけを……。
「シロ様、とりあえず喜ぶ事にするのです。考えても無駄な気がするのです」
「そうですにゃ。制約が緩んできて、本来の力を取り戻しつつある……という事にしておくにゃ」
そう頷き合うメリたちに、ディンガさんが文句を言ってきます。
「おいおい、二人で納得してねぇで……俺の疑問にも答えてくれねぇか? なんでシルバが、ってトコロを……」
「筋肉小男、それは言えないにゃ。制約に掛かる以上、メリサンドのように自力で答えに辿り着くしかないにゃ」
えっというような顔で、ディンガさんがメリを見つめます。そして、他のみんなへと視線を向かわせました。ディンガさんと目が合うと、みんな首を横に振って返しているので、シルバさんの素性に気付いているのは、メリだけだと思われます。その事に若干の優越感を感じながら、仕方がない事だと納得します。
だって、あり得ないはずの事ですから、普通は考えつかないはずです。まさか、■■■■■が、■■■■■しているなんて。うっ、やらかしてしまいました……。制約に引っ掛かった反動で、メリは圧倒的不快感に襲われます。一体、この制約というもの……いつになったら打ち破れるのでしょうか。そして、打ち破った先で……シルバさんはどうするのでしょうか?
なんとか立ち直ったメリは、シルバさんの顔を見つめていました。その事に気付いたシルバさんは、優しい笑顔を返してくれます。きっと、シルバさんはシルバさんのままだろう。どれだけの力を手にしたとしても、お人好しで真っすぐな……そんなシルバさんなのだろう、と。
その後、北上を続ける事二十日。やっと、目的地であるベロニカに到着しました。そして同時に、胸をなでおろします。ベロニカが陥落していなくてよかった、と……。
メリたちが進んできた街道上には、いくつもの街がありました。ですが、その多くは無人。……決して、魔獣に襲撃されたという訳ではありません。避難が進んでいたので無人だった訳ですが、その影響で……情報の取得が出来なかったのです。いくら緊急事態下にあるとはいえ、通信用魔具を使用するためだけに、戸締りされたギルドへ押し入る訳にはいきませんでしたから。
なので、最後にベロニカの情報を得られたのは、十日ほど前。ライラックとベロニカの中間あたり、前線から遠い事で避難をしていなかった街に立ち寄った時のもの。その時点では無事であっても、十日も経ってしまえば……と、不安に思っていたのです。
「最悪の事態だけは避けられてるようだな。さて、ギルドにさっさと向かっちまおうぜ!」
そうなのです。陥落という最悪だけは避けられていても、戦況が劣勢という事も考えられます。なので、メリたちは安堵に浸る間もなく、冒険者ギルドへと向かったのでした。そして……。
「そんな事が!? 確かにそれでは、中央が慌ただしかったのも納得ですね……」
普段、冷静なハイランド様ですら、冷静でいられないほどの大事件。そんな事が起きていたと、メリたちは知る事となるのでした。




