104 sideC
ハイランドの傷が癒え、主様たちが安堵の表情を浮かべていると……あまりにも予想通りの事態へと発展しました。まず、周囲でなにも出来ず立ち尽くしていた者たちが、奇跡を起こした主様と奇跡によって救われたハイランドを取り囲みます。そして、口々にこの状況を語り始めます。
「魔術……じゃないよな?」
「ああ。こんなすげぇ治癒魔術、ある訳ねぇだろ」
冒険者や魔導兵は、魔法という考えまでは辿り着いていない様子。それでも、ただの魔術とは違うという事は分かっていて、首を傾げています。ですが、魔術師たちは違いました。当然、魔術を学んできており、その過程で……魔法という奇跡の力を知っていたようです。なので……。
「これは……魔法! それも、単独で発動させるという事は……?」
「そうですね。彼は神人なのでしょう。それも、極めて高位の……」
その声が聞こえるや、冒険者や兵たちも、主様を見る目が変わります。畏怖の感情を隠そうともせず、祈りを捧げる者まで出てくる始末。この国は中立国という事もあり、いずれの神の神人であっても、敬い奉るという事でしょう。ですが、ここは戦場。それも、激戦地。このまま終わるはずがありませんでした。
「あの……神人様! 私の親友が、命の危機に瀕しているのです! どうか、そのお力を!」
「俺のパーティメンバーもです! このままじゃアイツ、冒険者を続けられそうになくて……」
一月以上も続く戦闘。当然、多くの怪我人が発生しています。命を落とさなかっただけマシとはいえ、今後の生活にも支障をきたすであろう四肢欠損者。このままであれば、いずれ命さえも失うであろう重傷者など……。そんな者たちが寝かされている簡易の治療所を指さし、主様を連れて行こうと必死に頼み込んできています。
まさに渦中の人となった主様は、チラッとこちらに視線を送ってきます。念のため、私の意見を聞きたいという事でしょう。……主様の事です。答えはすでに決まっているくせに、です。
「行ってくればいいと思いますにゃ」
「うん。そうするよ。……ってシロ!? 喋ってるけど、いいの?」
主様が神人であると露見した以上、私が分神である事を隠す必要もありません。よっぽど、身分を明かして信奉を集めたほうが合理的というものですし。
「今更、隠す意味がないですにゃ」
「それもそっか……。じゃあ、みんなを治してきちゃうね」
そう言ってから、主様は治療所へと向かいました。さて、今後の事を考えねばなりませんね――
人々に露見した。これだけで見れば、大した問題ではありません。今後、権力者などの面倒な輩が湧くというデメリットと、神力が集めやすくなるというメリット。メリットのほうが大きいくらいです。ですが、それはあくまで人々に限った話。
神々にも露見した可能性が極めて高い。これまでの神力行使は、僻地であったり迷宮内であったり、神々が興味を持ち得ない場所で行われてきました。しかし、先ほどの神力行使はとにかく目立ちました。そして、今も……神力を行使しています。戦場の前線付近、それも……負の陣営からしたら厄介な魔導国内のですから、多くの神の耳目が集まっていたのは間違いありません。
ですから、負の神々に捕捉された。その前提で考えていくほうが良さそうです。そして、それこそが大問題なのです……。
負の神々は、神託を下すでしょう。シルバという男を追い立て、討ち取れ、と……。そして、負の国々は、嬉々として神託に応えるでしょう。だって現在、主様が居るのは魔導国。負の国々としても、主様を狙えという神からのお告げを理由に、憎き魔導国へ侵攻する大義名分を得られるのですから。確実に、大侵攻が起こる事でしょう。
ですが、今すぐにという訳ではないのが、せめてもの救いでしょうか。現在の魔導国内では、大氾濫の発生により、魔獣が溢れ出しています。そして、その魔獣の矛先は周辺国にも及んでいます。ですから、大侵攻が行われるとしたら、大氾濫終息直後。魔導国が疲弊し切り、周辺の負陣営の国々が、自国の安全を確保出来たタイミング。その瞬間こそが攻め時であり、最大効率。
ですから、私としては……大氾濫の終息を遅らせたいところ。主様の神力が満ちるまでの時間を、少しでも長く確保したいのです。ですが、主様の事です。聞き入れてはもらえないでしょう。一刻も早く、大氾濫に終止符を打つと言い張るのでしょうね。なので、次善の策を考えるべきです。
それは、大氾濫鎮圧の優先順位付け。魔導国を中心に見て、西側には正陣営の国が多く、東側には負陣営の国が多い。なので、西側を優先して攻略していくのがベターでしょう。また、北側は外海と面しているため、溢れた魔獣の進む先は南がほとんど。ですから、北の大氾濫にも早期に向かわねば、今の魔導兵団やギルドの状況から察するに……戦線が食い破られる危険性が高いと予想されます。
この事から、主様に向かってもらうべきは、このまま北上。西、北西、北の順が現実的で、私たちの状況にも合致していると思われます。まあ、本当のところを言えば、このままトラディス王国へと帰還し、最南端の「神の封鎖地」へと逃げ込みたいのですが……それは、私の理想であり、主様の理想とはかけ離れたもの。ダメ元で尋ねてみるに留めるとしましょうか――
今後についての考えはまとまりました。だったらまずは、ここに居ない主様以外……外堀を埋めに掛かるとしましょう。
「少し聞いて欲しい話があるにゃ」
この遠征の同行者および、今後同行するであろうジゼルへと声を掛けました。そして、先ほどまで考えていた事を伝えると……。
「やっぱり、そうなっちゃうのです?」
「大侵攻が起こる、か……。まあ、シルバどうこうが無くても、攻めて来そうな状況だしなぁ」
メリサンドに関しては、この期に及んでも信じられないといった様子。筋肉小男は、思っていた以上に先見性に富んでいるようです。
「うむ。その順で良いと思う」
「私も、それが現実的な判断だと思いますわ」
トカゲ男やジゼルは、同意する言葉を返してきました。とりあえず、メリサンドへ言い含めれば、根回しは完了といったところでしょう。
「メリサンド、疑うのは自由ですにゃ。ですが、目を背けるばかりでは……いざという時、後悔する事になるにゃ」
「うぅ……確かになのです。起こる起こらないではなく、起こる可能性をもとに行動するなら……シロ様の意見が最善だと思うのです」
意識のないハイランドを除き、主様以外の意志は統一出来ました。ならば、後は主様を丸め込むだけですね……。
しばらくして、多くの信者に囲まれ、畏怖や尊敬を一身に浴びる主様が戻ってきました。”癒し”の奇跡で消費する分以上に、多くの神力が集まっているようで一安心です。そんな主様に対して、パーティリーダーでる筋肉小男は、今後についての話を始めます。そのほとんどが私の受け売りでしたが、最後まで聞き終えた主様は、特に反対するでもなく受け入れてくれました。ただ、私は……最後にこれだけは訊ねておきます。
「主様、ここで手を引くという考えは……ありますにゃ?」
「それは無い!」
即答でした。まあ、仕方がない事でしょう。多くの人々を信じ、信じられてこそ輝く。それが、主様の神性なのですから……。今回のハイランドの負傷も、もし……主様が治療を選ばなければ、神性に穢れが発生した事でしょう。なんとも損な御方だと思います。ですが、だからこそ……多くの人を惹きつけ、畏怖と敬意を向けられるのでしょう。
――これより先、地上は大きな時代のうねりに巻き込まれていく事になる。しかし、それは地上だけに留まらない。神々の住まう楽園、神の座。そこでもまた、大きな波乱が巻き起こっているのだった――




