103 sideA
激戦後、迷宮中心部を後にする直前。ドーリスからの一言により、俺たちは足を止めていた。
「大氾濫の原因となった封鎖は探さぬのか?」
確かにまだ、原因を見つけていない。中心部に到着前までは、マナの流入口に直接細工が施されていた可能性を疑っていたけど、その形跡は一切見当たらない。だから、原因となる封鎖は未だに残されているとドーリスは考えているようで、これをなんとかしないと大氾濫が収まらないと言いたいのだろう。だけど……。
「俺としては、戦線が心配。真っすぐ帰ったほうがいいと思う」
とりあえず、大氾濫のボスは倒した。封鎖を解除しなくとも、魔獣の湧出は抑えられるはずだ。なら、目指すべきは、防衛線の立て直しと戦線の押し上げだと思う。……それに、なんだか嫌な胸騒ぎがする事だし。
俺とドーリスのやり取りを見ていたディンガは、少し考え込む。その間に、メリちゃんとジゼルさんは、俺の意見に賛成を口にした。そのため、ディンガは決断を下す。
「多数決的に、このまま急いで帰るとするか! いいな、ドーリス?」
「ああ。皆の意見に従う」
こうして、キング格の魔獣を倒したというのに、モヤモヤした気持ちを残したまま、迷宮を離脱する事となった。ただ、この決断は、この後の俺たち……いや、俺の運命を大きく左右する事になったのだった。
往路よりは魔獣の減った迷宮内を、足早に引き返す。多少の戦闘は仕方がないとして行い、避けられる遭遇は避けて進む。そして、迷宮を抜け、防衛線へと急ぐ。計画よりも少し早く、人と魔獣が激しく戦っている戦場へと帰還を完了した。
「戦線は……崩れてねぇ! 流石は旦那だぜ!」
「よかったのです! じゃあ、味方を援護しつつ、ハイランド様を探すのです!」
味方側へと戻るために、魔獣の群れを後方から襲撃する。奇襲のような形になるも、そこは獣系魔獣が相手。戦術を持ち合わせない魔獣相手では、思っていたほどの混乱は生み出せなかった。それでも、前と後ろに挟まれる形となった魔獣たちは、あっという間に数をすり減らしていき、そして――
「今だ! 薄くなったところをぶち破って、味方の領域まで突っ切れ!」
力尽くで突破完了。そのまま、ハイランドさんとの合流を目指して、周囲を見渡すと……発見。しかし、なにやら様子がおかしい。虚空へと剣を振り回し、時折弾き返されている。これは――
「魔人ダスターか!」
俺は、俺たちは、走り出していた! ハイランドさんに向けて、全速力で。だが、遠い。俺の全力の身体強化を以てしても、すぐには辿り着かない。それでも、走り続けている時だった……。
大きく身を捩ったハイランドさん。その身体からは鮮血が舞い、剣を握ったままの両手が……空を舞っていた。そして、崩れ落ちる身体。
「ダスターーー!!!」
俺は叫んでいた。もう一撃、ハイランドさんへと放たれれば、避けようがないのは間違いない。だから、こちらに意識を向けるため、腹の底から声を発した。
そのお陰か、ダスターから向けられる殺気のような気配が、俺の身に突き刺さる。そして、近付いてくる!
「おいおい、クソ野郎! 俺は今、隠密中。名前を気安く呼ぶんじゃねえよ!」
姿こそ見えないが、この声は間違いなくダスターのもの。その気配が至近へと迫り――来る!
俺は剣を構え、斬撃を受け止める。その瞬間、ピシャっと真っ赤な液体が飛び散った。これは……ハイランドさんの血。ダスターの権能の範囲から離れた瞬間、可視化されたという事だ。
「何故、ハイランドさんを斬った? 答えろ、ダスター!」
「お前、馬鹿か? 馬鹿なのか? 目についた敵だから、斬る。当たり前だろうが」
そんなやり取りをしていると、背後から足音が聞こえてくる。これは、共に走り出したみんなのもの。俺がダスターと切り結んでいる事には気付いているはずだけど、その足を止めようという気配は感じ取れない。だから再び、叫ぶ。
「みんな! 俺より前に出ちゃ駄目だ!」
後ろにいてくれる分には、ダスターの攻撃から護り抜ける。けど、前に出られてしまったら……庇いきれない。しかし……。
「ハイランドさんが危ないのです! すぐに手当てをしないと……死んじゃうのです!」
「そうだぜ! 我が身可愛さに、旦那を見捨てられるかよ!」
みんなが俺の横を通り抜け、ハイランドさんのもとへと駆けていく。不味いと思い、ダスターを封じ込むために、押し込む剣への力を増していく。すると、笑い声と共にダスターが告げる。
「アハハハ! 安心していいぜ。今回の俺の目的は、お前らの殺害じゃねえ。だから、これ以上は殺らねえよ」
「じゃあ、ハイランドさんを襲ったのは……何故だ?」
「そいつは教えらんねえよ。だがよ、ここは退いてやる。得意の”治癒”の権能であれば、腕無しのアイツも助けられるだろうぜ?」
ふっと剣に伝わる力が抜け、ダスターが剣を引いた事に気付く。油断こそしないものの、ダスターを残して……急いでハイランドさんのもとへと向かう。そんな俺の背中に、ダスターからの声が放たれた。
「お前はお前の手によって、混乱を招き込む。仲間の命を救うため、この地上に……更なる戦乱を巻き起こすんだ!」
そう言い残し、ダスターの気配が遠ざかっていった。……なんとなくだけど、言いたい事は伝わってきた。きっと、”癒し”の権能を行使させる事で、俺が神人だという事を……多くの人に知らしめようとしてるんだろう。いや、人だけじゃなく神々にも、か……。
ただ、俺には迷いなどない。俺たちを信じて送り出し、俺たちの信頼に応えて戦線を維持してくれたハイランドさん。そんな仲間を、みすみす見捨てるなんて真似……出来る訳がない!
決意を固めた俺がハイランドさんのもとに辿り着くと、みんなが俺に縋りついてくる。
「シルバさん! ダメなのです! メリの治療魔術では……全然」
「私も、ですわ! あまりの出血に、魔術では……限界ですの。だから……」
魔法。それも、愛の神人である俺の”癒し”。その力でなければ、ハイランドさんは救えない。改めて現状を認識し、ハイランドさんへと視線を向ける。すでに……虫の息だった。
俺が急いで魔法を使おうとしていると、神モードに入っている……少し迫力を感じさせるシロが、俺へと声を掛けてきた。
「主様、ここは、戦場後方。戦場の真っただ中では無いとはいえ、少なからず……人の目があります」
周囲へと視線を向けると、なにが起こっているのか分からないといった様子で、俺たちをただただ見つめる兵や冒険者、それに魔術師の姿が。それを俺が認識したのを確認すると、シロは更に続ける。
「人の噂というのは、瞬く間に広がるもの。神人である事が露見するのは、間違いありません。それでも、やりますか?」
「うん。どんな結果になろうとも、このまま見捨てるなんて選択肢は無いよ」
てっきり、必死に止められるものだと思っていた。絶対に駄目だと言われると思い、身構えてすらいた。しかし、俺の意志を尊重するような問い掛けだった事もあり、俺は俺の意志を力強く伝えたのだ。
そんな俺の意志表明に、シロは悔しそうな声色で……自責の念を言葉にしてくる。
「次こそは、管理者側の奸計に嵌められないと誓ったのに……。申し訳ありません、主様」
なんの事かは分からない。でも、俺の行動を咎めるつもりは無いようなので、魔法の行使を再開する。ハイランドさんの身体に手を押し当て、周囲のマナと共に俺の神力を送り込む。そして、願う――
眩い光が俺とハイランドさんを包み込み、その後、周囲へと散らばっていく。光が去ったこの場には、それまであった血溜まりが消え、両腕が元通りのハイランドさんが残されていたのだった。




