102 sideA
キメラキングの動向を注視しながら、俺は周囲の気配へと精神を研ぎ澄ませていく。あの魔人、”消失”の権能を持つ危険な敵が居ないかを、注意深く探っていくのだが……居ないようだ。それに、存在するであろう他の魔人も……居ない。
俺たちとしては有難い。ただでなくとも厄介な魔獣の群れに、魔人という絶対的な脅威が混ざっていないのは本当に助かる。今は一刻も早く、大氾濫を鎮静へと向かわせたいのだから。
「ディンガ! 魔人の気配は無し。俺も共に戦うよ」
「そうか。なら、キングは後回しにして……まずは取り巻きを駆逐するぞ!」
ディンガは、キメラキングを放置する作戦を選んだ。これまでのキング格の魔獣は、味方の数が減らない限り動く事は無かった。なので、今回のキングも同様だと踏んだようである。果たして、鬼系魔獣のキングと獣系魔獣のキングは、同様の思考を持っているのだろうか。そもそも、キメラキングにも知性や感情が芽生えているのだろうか?
いや、今は考えるよりも身体を動かすとしよう。戦っていれば……嫌でも答えを知る事となるのだから。
激しい戦闘が続いていた。壁を背にという今までの戦術が使えない事もあり、俺たちは全方位からの攻撃に晒され、忍耐の時間が続いている。ただ、魔獣の攻勢にも陰りが見えてきた。徐々にだが確実に、魔獣は数を減らしていっている。なにより、キメラキングもまた、他のキングと同様に傍観に徹しているのが、魔獣たちが勢いに乗り切れない原因なのだろう。
「ドーリス! 耐えろ! メリサンドとジゼルは、自衛を優先しろ!」
それでもまだ、守りに徹しなければ苦しい状況が続く。とはいえ、これは作戦通りの展開でもある。というのも、戦闘開始直後、ディンガはこう言っていたのだ――
「上級魔術は温存。一気に敵の数を減らすような攻撃も厳禁だ」
ある意味で手加減をしろという指示に、俺たちは即座には応じられなかった。なので、戦闘の手を緩めない程度に、俺は問い掛けた。
「その意味は?」
「キング格の魔獣の習性を利用したいからだ」
これまでのキングとの戦闘、神聖国と怒王国の戦場に現れたキングとの戦闘報告。それらからディンガは、とある仮説を立てていた。それは、キング格に該当する魔獣の行動パターン。
ディンガ以外の俺たちは、キング格の魔獣というのは……多くのマナを取り込んだ高い戦闘力を保有し、知性や感情を得た魔獣と定義していた。しかし、ディンガは更に一歩踏み込んでいた。それが、キングゆえの行動パターンである。
例えばだが、ゴブリン種の魔獣は、グレート格の場合は最上位指揮官として振る舞う。ハイ格であれば、現場指揮官である。それは、誰に教わるでもなく備わる、一種の本能のようなものだ。ならば、キング格は?
その答えが、追い込まれるまでは動く事がない……まるで、人間の王のような振る舞い。それは、知性や感情を持つがゆえではなく、本能として定義された行動パターンだと言うのだ。なので……。
「こっちに戦況が傾きすぎるのは、早期のキメラキング参戦に繋がる?」
「ああ。だから、苦戦を装う。その後、一気にキングを屠る!」
その仮説を信じた俺たちは、今まさに……思い通りに戦況を動かしていっていたのだ――
そして、魔獣の数が明らかに減ってきた頃。ディンガは、待ってましたとばかりに指示を出す。
「お前たち、よく耐えた! こっからは……反撃の時間だぜ! 魔術組、上級魔術の準備だ」
前衛として戦っている俺を除いて、メリちゃんとジゼルさんが詠唱を開始する。マナの集束に感付いた魔獣たちが、詠唱中の二人へと襲い掛かろうと躍起になるが、それを前衛二人で押し返す。そして――
「キング目掛けて……放て!」
「『終末の業火!』」「『無慈悲な暴風!』」
ほぼ同時……いや、若干メリちゃんが遅れて発動させた二つの上級魔術は、キメラキングの周辺で混ざり合い、炎の竜巻となって魔獣の群れを蹂躙する。以前、メリちゃんが試していた共同魔術。その上級魔術バージョンだ。
その威力は凄まじく、キメラキング周辺の魔獣は……悉くが消滅。こちらに攻め寄せていた魔獣でさえも、多くが巻き添えとなってマナとなって消えている。
「やったか?」
これを受けては、キングであっても倒せているだろう。そう考えたであろうディンガが、炎の竜巻が勢いを失くしていくのを見守るが……。
「ディンガさん! まだなのです!」
「チッ! 流石にしぶてぇな!」
ほとんどの魔獣が消え去った戦場に、配下の多くを失ったキメラキングが残された。その現状を嘆いてなのか、キングは咆哮を上げる。
「グォォォォ! 許セ、オ前タチ! オ前タチノ無念ハ、我ガ必ズ……晴ラス!」
よく見れば、所々が焼け焦げ、決して万全とはいえないキメラキング。しかし、その損傷を感じさせないほど疾く、キングはこちらへと駆け出していた。
「シルバ! 出番だ! 奴を……頼んだ!」
ディンガの指示が飛んだ。返事をするほどの時間的余裕がない事もあって、俺は即座に迎撃に動く。そして、剣を振り抜く!
ブル種の魔獣が得意とする突進攻撃を、遥かに巨体のキメラキングが見舞ってきたのだが……その勢いを借りての一閃。四本の脚の内の二本を切断し、巨体を支えきれなくなったキングは、勢いのままに倒れ込む。そして――
「グォォォォ! ココマデダト言ウノカ? 我ハ……ナニモ成ス事ガ出来ズ、消エ去ルノカ?」
後悔なのか、それとも別の感情からなのか。立ち上がる事すらままならぬキングは叫び、悶える。その身体に素早く詰め寄っていた俺は、剣を振り下ろしていた。なるべく苦しみが少ないよう、確殺の一撃を……。
その巨体が崩れ、マナとなって消えていく。本当なら、訊きたい事や知りたい事があった。いずれの感情を司らされたのか、把握しておきたかったのだ。しかし、それはやめた。この魔獣もまた、魔人たちに弄ばれた被害者であり、早々に逝かせてやる事を優先したのだ。
そして、みんなへと視線を移すと、そちらも残った魔獣の掃討を終えていた。みんなに合流しようと足を踏み出した瞬間――
視界が暗転した。そして、次に映し出された光景は、豊かな緑に囲まれてはいなかった。
暗闇。一切の日の光も差し込まない、ただただ真っ暗な部屋の中。そんな中で、俺は寝転んでいるようである。しかし、身体が一切動かない。まるで、身体が石にでもなったかのように、ピクリとも……。
ただ、分かった事が一つだけある。それは、俺が目覚めたあの部屋だという事。背中に触れている感触が、あの台座のものと一致している。ただし、自身の身体すら台座と一体になってしまっているような感覚ではあるが……。そして、俺の意識は深い眠りに落ちていった――
そして、再びの暗転の後、俺の瞳に映った光景は、先ほどまでの……「獣種混成の森林」中心部の景色だった。三度目ともなると、慣れたものである。
「シルバさん、またなのです?」
メリちゃんが心配そうに、しかし今回は、身体を揺するような事もせずに問い掛けてきていた。その問いに「うん」とだけ返事をすると、シロが興奮気味に声を掛けてくる。
「今回は、なにを思い出しましたにゃ?」
「思い出したって言うのかな……あれは」
そう言った後、今回見た光景を伝える。シロと出会った場所という事もあり、その事を強調しながら。すると……。
「あの事件の直後、ですにゃ……」
小さく呟いたシロは、それきり黙り込んでしまった。ただまあ、この件は後回しだ。急いでハイランドさんのもとに戻らなければ、いよいよ戦線崩壊の危機が迫っているはずだから……。




