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シルバたちが迷宮へと向かった翌日。ハイランドは、志を共にする冒険者や魔術師を率い、必死に戦っていた。
「踏ん張って下さい! ここを抜かれれば、取り返しがつかない大惨事になります!」
志を共にするというのは、上からの指示に逆らってでも……街や人を護りたいと願っているという事。お互いの所属ギルド間の確執や軋轢に振り回されず、今為すべき事を考え、それを行動に移せる冒険者や魔術師という意味だ。
ただ、その人数は……全体から見れば、ほんの一握り。共闘関係が構築されていた時であっても、ほとんどの冒険者や魔術師は、指示があったから共闘していたに過ぎないのだ。その根本的な原因は、国や貴族との付き合い方に端を発するギルド間の不仲。総本部があるこの国では、他国以上に対立が深いようである。ギルド員としてのプライド高さが、悪影響として現れてしまっているという事だ。
そういった事情を知っているハイランドであったが、それでも諦める事無く声を上げ続けて戦っていた。
「皆さん! この場だけは、手を取り合って戦いましょう!」
この戦場に居る、多くの冒険者や魔術師……更には、軍の人間にも。幾度となく、苦戦している戦域に救援に入り、その都度呼びかけた。それでも……。
「助けてもらって言いたくはないが……すまん、指示を守るのが俺たちの使命だ」
と、恩義を感じつつも、上からの理解しがたい指示を守ると言う冒険者がいた。他にも……。
「救援は不要でした。そして、共闘も不要です」
と、危機的状況から救われながらも、ハイランドを突き放すような物言いの魔術師も。魔導兵団に至っては……。
「……」
無反応。無視。取り付く島もない様子。
それでも……そのような扱いをされても……ハイランドは、根気強く働きかけ続けたのだった。
翌日も、その翌日も、ハイランドは戦い、声を上げている。だが、そろそろ……限界が近い事を感じているようだ。それは、自身の身体の限界ではない。この戦場自体の限界であり、戦線の崩壊という意味であろう。
救援に入らねばならぬ戦域は、日を追うごとに増えている。しかし、補給物資の到着は……ほぼ途切れている。なんとか凌げているのは、商人・職人ギルドから届く物資があるお陰。ただ、それも……この戦場を支えるほどの量は無い。なにより、戦況が芳しくないと知れば、商人ギルドは……この戦場を見限るだろう。ライラックの街が存続する事による利益とライラックの街が陥落する可能性を天秤に掛け、悪いほうに傾けば……利にさとい商人は、街を見捨てて撤退する。
なにもかもが限界。それぞれがそれぞれに音を打ち鳴らし、不協和音を奏で続ける戦場。危機にあってなお、それぞれがそれぞれの都合を曲げられない。この戦いの先には、悲観しかない。
それでも、ハイランドは戦い続けた。信じる仲間たちが帰ってくる場所を確保するため。信じる仲間たちが事態を好転させると疑う事なく……。
更に翌日、そのまた翌日……。戦闘は熾烈を極めていた。魔獣の攻勢は強度を増し、所々で綻びが……大きな亀裂となって顕在化してきた。中核となっている魔導兵団は、補給不足の影響で頼みの魔導兵器の稼働率が低下。冒険者や魔術師も、物資の不足に困窮し後退を余儀なくされている。それでも、皆の心はまとまらない。……戦線の崩壊は目前に迫っていた。
翌日。もし、順調に事が進んでいれば、シルバたちが帰ってくるであろう日。遂に、恐れていた事が起こった。……起こってしまったのだ。
魔獣の圧力に屈した魔導兵団は、隊列すら整わないほどに乱れた。その間隙を縫い、戦線を抜けた魔獣の群れが……後退していた冒険者と魔術師に襲い掛かる。戦線が崩壊したのだ。
大混乱に陥る戦場。冒険者も魔術師も、散り散りになって戦い……負傷者や死者が出始める。そんな状況の中、ハイランドは喉が潰れるのではないかというほどの声量で、周囲へと呼びかける。
「皆さん! 思い出してください! 我々の目的を! 願いを!」
冒険者や魔術師は、何のために存在するのか。それは、力ない人々を護るため。主義主張は異なっていても、存在理由は共通だ。そう、ハイランドは伝えたかったのだろう。そして、更に言葉を続ける。
「今だけは、手を取り合いましょう! 我々が最後の砦、力なき民を護れる最後の希望なんです!」
その呼びかけに応えるかのように、散り散りだった冒険者や魔術師が、ハイランドのもとに集結した。そして……。
「この場は……お前の指示に従う! さあ、俺たちに指示を!」
「仕方が無いですね。そう言われては、従うほかありません」
ハイランドの指揮下に入った冒険者と魔術師たちは、失われていた連携を取り戻して、反攻。包囲されていた魔導兵団をも救出し、見事に戦線の立て直しに成功する。これには、魔導兵団の頭の固い軍人であっても、その功績を認めない訳にはいかず、軍とギルドの連携すらも復活する事となる。
だが、万全とは程遠い。物資の不足は極めて深刻で、どれだけ連携して戦おうとも……一時の延命に過ぎないであろう。ただ、ハイランドは信じ続けていた。仲間たちが、きっとやり遂げてくれるだろうと。
「こちらはこちらの仕事を果たしましたよ。あとは、貴方方に懸かっていますから……」
そう呟いたハイランドは、戦場の向こう側へと視線を向かわす。そろそろ、シルバたちが帰ってきてもおかしくはないだろうと。しかし、そんな時だった。
魔獣たちから放たれる殺気とは比べ物にならない、より明確でより鋭利な殺気を感じ、ハイランドは身構える。そして――
「クッ! 不可視の攻撃……魔人ダスターですか!」
全く見えていないはずの斬撃を、長年の剣士としての勘だけで避けた。とはいえ、完全には避け切れてはおらず、利き手である右腕からは少なくない流血が……。しかし、ハイランドは気にする様子もなく、周囲へ油断なく警戒を続けている。
そのため、姿を消したままではあるが、魔人がハイランドへと声を掛ける。
「おいおい! 奴の一味の雑魚だと思ってたが、お前……結構やるじゃん」
「それはどうも。ですが、先ほどはまぐれ。それも……御覧の有り様ですよ」
流れ落ちる血を一瞥し、ハイランドは自嘲気味に言い放った。次はきっと、避けられない。暗にそう言っている。だが、魔人は次の一撃を仕掛けなかった。代わりに放たれたのは、質問。からの自己完結。
「おい、奴はどこだ。銀髪のクソ野郎は。って、まあ……聞くまでもねえか」
迷宮に向かっている。ハイランドが答えずも、魔人とて理解している。そもそも、魔導国までシルバたちが来ている事を把握しているのだから、現在地程度は訊くまでもない事だろう。
ただ、ハイランドは……その間に、覚悟を決めていた。シルバのもとに魔人を向かわせない、と。
「行かせませんよ」
「ん? せっかく拾った命……捨てるつもりか?」
「そうならないよう善処しますよ」
「そっかそっか……面白え! まあ、この戦場を繋ぎとめてるのはお前のようだし、殺し切っとくのは……ありだな!」
声が聞こえてくる方向へと構えるハイランドだったが、思いもよらぬ方向からの斬撃に見舞われる。その斬撃を紙一重で受けるものの、次撃が容赦なく襲い掛かる。
なんとか凌ぐハイランドに対し、魔人は遊び感覚で剣を振るう。いつでも仕留められると確信しているようで、ジワジワと追い詰め……そして――
「よく粘ったが……終わりだ!」
本命の一撃を放った魔人に、ハイランドは防御が間に合わない。
ズバッという斬り裂く音が、戦場の喧騒に掻き消されていったのだった……。




