099 sideA
ジゼルさんとの合流は、果たせた。けど、次はハイランドさんを探さないと。
「ジゼルさん、早速で悪いんですけど……ハイランドさんの行方を知りませんか?」
俺がそう問いかけると、ジゼルさんは戦場中を見渡し始める。そして、なにかを見つけたような表情を浮かべながら、こう言う。
「知っていますし、なにより……こちらに向かって来ていますわ」
先ほどの魔術攻撃時、巻き添えにしてしまわないように注意していた前衛部隊の中から、冒険者の一団が離脱して、こっちに向かって来ている。その先頭に立っているのは、紛れもなくハイランドさんだ。そして、俺たちのもとまで辿り着くと、驚きながらも嬉しそうに口を開く。
「貴方方も来てしまったのですか! ですが……渡りに船とはこの事でしょうか」
ジゼルさんといいハイランドさんといい、似たような事を言っている。まあ、この戦場の様子から……なんとなく察しはついちゃうんだけど、訊ねておいたほうがいいだろう。……この戦場がどうなっているかを。
「渡りに船、ですか。そんな風に言うって事は、この戦線は……」
「はい。いずれ、崩壊するでしょう。不協和音しか奏でないこの戦場は……」
そして、ハイランドさんは説明を始めた。これまでの戦闘の状況から、今起こっている事までを――
大氾濫発生時、ハイランドさんとジゼルさんは、ライラック近郊に居たようだ。そして、大氾濫の発生を知ると、この地の冒険者・魔術師ギルドと協力し、最前線に赴いた。その頃には、魔導兵団が防衛線を構築し、ある程度の被害は出しながらも魔獣の侵攻を阻止出来ていたらしい。その、ある程度の被害というのが……ここに来るまでに見てきた、廃墟と化したゾンビの街や村なのだろう。いや、今はその事は考えないでおこう……。
そんな訳で、発生から一か月ほどは順調に戦線を押し上げ、現在の前線の位置にまで魔獣を押し返していたそうだ。だが、ある日……状況が一変した。
魔導兵団は現状維持を最優先するようになり、それまでは最低限の共闘関係にあった冒険者・魔術師ギルドもまた、独自に動くような指示が下りてきた。そのため、戦線は膠着。迷宮への突入まであと一歩と迫りながら、ハイランドさんたちは……綻び切った戦線の維持に奔走する事となったようだ。
そして、事態は更に悪化。補給線が正常に機能していない状態に陥り、前線の士気は落ちていく一方だというのだ――
察してはいたし、ライラックのギルドの混乱からも……予想は出来ていた。だけど、改めて聞くと酷い話である。
何故突然、共闘関係にひびが入ったのだろうか。軍とギルド、ギルドとギルド。その間で、なにがあったというのだろうか。街のギルド支部でも把握出来ていないという事は、中央でなにかがあったという事だろうが、それは……大氾濫という危機よりも重要な事なのだろうか?
思うところは色々ある。それに、今がヤバイ状況だという事も、しっかり把握出来た。足並みが揃わず、戦線崩壊へとひた走る……悲観しか出来ない戦場だという事が。
「それで、俺たちが来た事を喜んでいたのは……迷宮への突入を敢行するつもりだから、ですか?」
「はい。この状況を覆すためには、やはり……それしかないかと」
俺の問い掛けにハイランドさんが答え、ジゼルさんも頷きで以って肯定する。ただ、それには問題が残っている事に、俺だけでなくみんなも気付き、ディンガとドーリスが現実的な意見を投げかける。
「ただよ、この戦場……保つのか? 旦那たちが抜けちゃあ、総崩れになるんじゃ?」
「ああ。該当の迷宮までは、そこそこの距離。行って、迷宮を攻略し、帰ってくる。それだけで一週間は掛かる」
迷宮に突入したはいいけど、帰ってきたら……ライラックの街が廃墟になってましたでは、最悪だ。せめて、ある程度の戦線の立て直しは必須ではないだろうか?
当然の事ながら、ハイランドさんたちもその問題には気が付いていて、こう返してくる。
「私かジゼルさんは、この戦場に残ります」
「ええ。どちらが残るにせよ……なんとしても戦線崩壊だけは食い止めるつもりですわ!」
正直なところ、賭けに近い手段ではある。各組織の連携が崩れている以上、個の働きで現状を保つのは……至難の業。ただ、やらなければならないとも思う。だって、このままでは……遅かれ早かれ、限界が来る。ならば、やるしかないだろう!
「俺は賛成です。ここで粘っているよりも、根本を取り除く。賭けに出るタイミングでしょ?」
俺が意志を表明したところ、渋い表情だったディンガやドーリスに、不安げだったメリちゃんも……頷いた。そして、それを眺めていたハイランドさんは、自らの意見を伝えてくる。
「では、ここには私が残りましょう。迷宮に突入するのなら、魔術戦力が向かうほうが良いはずです」
その意見は正しいと思う。それに、指揮能力や交渉能力の面で見ても、ハイランドさんが戦場に残るのは妥当。なにより、ハイランドさんは腹を括ったような……言葉に表しづらい覚悟を纏っている気がする。まるで、命を懸けてでも死守しようとする気概のようにも思えて……。
「ハイランドさん? 危ないと思ったら、絶対に無理しないで下さいね?」
つい、そう言ってしまっていた。すると、微笑みながら返事が返ってくる。
「はい。ですが、そちらも気を付けて下さいね? 危険なのはどちらも同じですから」
確かにそれは、間違いない。迷宮に少人数で突入し、居るであろう未知のキング格の魔獣を討ち取る。それも確かに危険だ。だけど、この戦場に残り、戦線を維持するというのは……沈みゆく泥舟を、必死に保たせようとするようなもの。もし、想定外のなにかが起これば、一瞬にして魔獣の波に飲み込まれる可能性だってある。やる事が明確な分、よっぽど迷宮突入のほうが安全な気さえする。
だけど、ハイランドさんの意志は固いようだ。表情からして、反対意見は受け付けないと言っているように思える。だったら、なるべく早くに親玉を討ち取って、急いで帰ってくるしかないだろう。
俺たちは、その日の内に迷宮へと向かって進んでいった。補給もままならない戦場は、ハイランドさんの身の心配だけでなく……急がなければいけない事を示唆している。だから、多少の無茶な行軍とはなってしまうけど、俺たちは突き進んでいった。襲い来る魔獣を薙ぎ払いながら、目的の迷宮「獣種混成の森林」へと……。
前線を越えた先、魔獣側の領域となっている道中は、すでに迷宮内ではないかと思うほどに魔獣が多く彷徨っていた。その主な構成は、獣系魔獣。大猪ことマッドブルに代表される、ブル系の魔獣。動物としての狼を凶悪にしたマッドウルフなどの、ウルフ系魔獣。そして、野生の熊さえ可愛らしく思えるマッドベア。基本種であってもD級スタートのベア系魔獣。それらが同時に湧き出す事から、この迷宮は獣種混成と呼ばれているらしい。
もっとも、目的の迷宮は、大氾濫発生前でC級とされている迷宮。基本種であるマッドブルやマッドウルフではなく、上位種のC級魔獣デスブルやデスウルフ、B級のデスベアがほとんど。そのせいもあって、迷宮へ到達するのも一苦労だ。
「メリサンド、ジゼル! 迷宮到着前にへばらないように気をつけろ!」
「了解なのです。下級魔術を上手に使うようにするのです」
これまでと違い、大氾濫発生から随分日が経っている。そのため、迷宮周辺の魔獣の数は……これまでと比べ物にならない。だけど、そんな状況でも、俺たちは進み続けるしかないのだ。悲観しか出来ない戦場で戦い続けている人たちを救い、事態を好転させるためには……。




