009 sideB
「お嬢様、芳しくないようですな」
「うるさいわよ、セバス!」
私は焦っていました。それは、シルバを手に入れるための計画が一向に進まない事への焦燥。あの手この手で誘惑しているはずなのに、彼の心は微塵も靡かない。
「お嬢様の魅力を以てしても堕ちぬとは、シルバ殿は恐ろしい男ですな。私など、今の罵声ですら抗えないほどの快感なのですが……」
「本当に気持ちが悪いから、黙ってくれないかしら?」
私は美しい。この街一番の美女だと、誰もが口を揃えて言うほどに。私は幼き頃より、金に糸目を付けず美を磨いてきた。最高級の洗髪剤によって、光を浴びて輝く金の髪を。特別配合の化粧水によって、誰もが羨むもちふわ肌を。専属トレーナーによって、魅惑のボディーラインを。生まれ持った顔立ちも、絶世の美女と謳われたお母様譲り。夜会に出れば、男性の視線は私に釘付け。私の美貌に抗える男性はいないのだと、今までは思っていた。だけど……。
「隙あらば自慢の身体を密着させるし、私の着替えや湯浴みの手伝いまでさせてるのよ? これでも堕ちないなんて……」
私は美貌だけではない。血筋も随一。北部の王家には劣るけれど、南部では肩を並べる血統はいない。トラディス王国建国以来の大貴族。王国経済の支配者。そんなお父様の一人娘。私の伴侶の座を奪い合って、他家の男性は暗闘を繰り広げている。だって、それほどまでに私の血は尊いのだから。
「愛の女神の神人様にだって、キャンベル家の威光は魅力的なはずよ! そうでしょ、セバス!」
「……」
「セバス? もしかして、黙れって言ったから黙ってるの? 面倒くさい奴ね、貴方は……。いいから意見を述べなさい!」
「それでは申し上げますが、あの方は貴族の地位や権力になんら魅力を感じていらっしゃらないご様子」
確かにセバスの言う通りだわ。神人だと公表するのを渋り、キャンベル家との雇用契約にも期間の条件設定を望んだ。なにかしらの事情があっての事だろうけど、地位や権力よりもその事情の方を重要視している。という事は……。
「じゃあ、シルバは契約の更新を断る?」
「でしょうな。あの方が仕えて下さっているのも、お嬢様との約束を果たすため。この一年で以って、約束を果たしたと判断するかと思われます」
「……あと三か月しか残ってないじゃない!」
「ですな。お嬢様、諦めるのも手ではありませんか?」
そう言ったセバスを、私は厳しく睨みつけた。そんな選択、絶対にあり得ない。だって、私はレイナ・キャンベル。欲しいと望むモノは全て手に入れてきた。例外無く全て。それは、今後も変わる事の無い世の真理なのですから。
「私が欲しいモノを諦めるなんて……冗談でしょう? 必ずものにしてみせるわ!」
しかし、無情にも時は過ぎていきました。シルバは良く仕えてくれていたけど、それだけ。あくまで主従の絆であり信頼関係。愛の神人でありながら、私に愛情を寄せる事は無かったのです。そして、一年の節目まであと数日というところまで迫っていたのでした……。
「レイナちゃん。シルバ君から、契約の更新を望まないと伝えられたよ」
「そうですの……。それで、お父様。準備は整っておりまして?」
「あ、ああ。だけど、本当にいいのかい?」
「ええ。狂おしいほどに愛おしいシルバを手に入れられるなら、私はどのような手段でも……」
お父様は未だに踏ん切りがつかないご様子。でも、私は分かっている。お父様も歴代最高位の神人を欲しがっている事を。シルバが身内となった暁には、キャンベル家の威光は王家をも凌駕するはず。南部一ではなく、王国一の大貴族。貴族家当主として、それを望まない訳が無いのです。
「しかし……」
「お父様! 私は理想の旦那様を手に入れる。お父様は最上の地位と名誉を手に入れる。ならば、手段を選ぶ必要など無いではないですわ」
「……分かった。約束の日の前夜に計画を実行しよう。シルバ君に、レイナちゃんとの婚姻契約を結ばせるために」
「ええ。必ず手に入れますわ。待っていてね、シルバ。ふふふ……」
そして、計画実行の日がやってきました。仕掛けるのは日没後。お別れのパーティーと題した催しでシルバの油断を誘い……一服盛りますの! 睡眠薬に痺れ薬、それに催淫薬。その後、部屋に戻ったシルバを襲って、既成事実を作ってしまえば……律儀なシルバは婚姻に同意するでしょう。本当に……ここまでさせるシルバが悪いのよ? 黙って私の魅力に陥落していれば、このような手段を取る必要も無かったですのに。
日も沈み、ささやかながらに重要なパーティーが始まりました。お父様は最終確認と前置きして、シルバに問い掛けます。
「シルバ君、どうあっても出ていってしまうのだね?」
「はい。俺にもやりたい事がありますので」
「そうか。なら、今宵はしっかりと楽しんでくれたまえ」
お父様は自然な動作で薬入りの酒を勧めています。そして、シルバは疑う事無く飲み干しました。流石はお父様ですわ!
その後も、次々と薬入りの料理が運ばれてきては、シルバのお腹の中に消えていきました。そして、パーティーはお開き。シルバは部屋へと戻りました。私は逸る気持ちを抑えながら、薬が効き始めるのを待ちます。遂にシルバが手に入る。待ちに待ったその時を、首を長くして待ちました……。
遂に、薬の効果がピークに達する時間がやってきました。私は念のため、我が家の精鋭魔術師たちをシルバの部屋へと先行させます。万が一、シルバへの薬の効きが悪ければ、睡眠や麻痺の魔術で無力化するために。ですが、魔術師たちが部屋へと入ると、思ってもみなかった言葉を発したのです。
「シルバ様がいません!」
私も部屋へと飛び込みました。そして、愕然としました。部屋はすっかり片付けられており、シルバ本人どころか……シルバがいた形跡すら残されていない様子です。いえ、一つだけ残されていました。書置きです。私は急いで読みました。
”結婚は愛し合う二人が行うもので、薬を使うのは控えるべきです。ですが、レイナ様により良い出会いがある事を信じております。では、お元気で”
シルバは……私の計画を知っていた上であえて薬を摂取し、何事も無かったかのように逃げてみせたのです。それも、このような文を残すほどの余裕で以って。なんたる恥辱!
「今すぐシルバを探しなさい! お父様にも伝えて、騎士や兵も動員してもらって!」
部屋にいた魔術師たちは、急いで捜索へ向かいました。そして、一人残った私のもとに、どこからともなく声が聞こえてまいりました。
(恥辱に塗れた娘よ、汝は選ばれた)
「だ、誰ですの?」
(我は恥辱を司る神、名をシェイムという)
負の中級神様の言葉は、私の頭に直接届けられていました。まさに神の御業。ですが、今はそれどころでは無いのです。
「シェイム様。お声を聞かせて頂けた事は光栄なのですが、私……急いでますの」
(全て知っている。その上で問う。我の加護を受けるか否か?)
私は考えました。普通に考えれば受けるの一択。ですが、それは認めるも同義。シルバを手に入れ損ね、恥辱に塗れたという事を。それを認める事すら恥ですわ! だから、決めました。シルバを手に入れる力を手に入れるために……。
「受けますわ! そのお力をお貸しください、シェイム様!」
途端に、私の身体が光始めました。同時に、私に神の力の一端が宿ったのを感じます。
(恥を恥と思う事で、汝はより強い力を得るであろう。ではな、恥辱に塗れ咲いた名花よ)
加護を得た事で感じていたシェイム様の気配が、すっと遠ざかっていきました。そして、私は淑女らしさの欠片も無い様子で吠えるのでした。
「シルバ! どこまでも愛おしいシルバ! 絶対に手に入れてみせますわ! そして……共に恥辱に塗れましょう?」




