首元の傷
昨夜何もせずにただ腕枕をしてくれていたリョウは、朝にはその形のまま亡骸になっていた。
起き上がって、左側に寝ていた私の方に向かって左手が伸びたまま固く冷たくなったリョウの遺体を切ない気持ちで見ていた。
尊い推しのリョウくんが私なんかと一緒にいてくれるんだから多くは望まないようにしよう。
そう心に誓って、いつもは締め切っていたカーテンを久しぶりに開けた。
眩しい陽射しがリョウの遺体にも降り注ぐ。
たまにはリョウくんだって日光浴したいよね?
明るい陽射しの中で、ふと妙なものが目に入った。
あれ? リョウくんこんな所に傷あったっけ?
今までは週末に家にいてもカーテンは絶対に開けていなかった。リョウの存在が知られるのが怖かったから。
でも何となく、自分が殺したのではない事が分かって少しだけ気が楽になった。
明るく照らされたリョウの首元に妙な傷がある。太陽光と、少し左に傾いている角度で、やっと見えるくらいの小さな傷だ。
だいぶ前に怪我をしたという感じではなく、治りかけのように見える。
いつ怪我したんだろう?
今のリョウくんって怪我したら治癒力あるのかな?
そう思いながら、溜めに溜めこんだ洗濯をする事にした。
あ、それから食材もストックしておかなくちゃ。
洗濯物を干した後、近所のスーパーへと買い出しに出かけようと玄関を開ける。
「よう。」
そこには河口が立っていた。
私は驚きながらも冷静に、部屋の中を見られないようにして急いで後ろ手にドアを閉めた。
「どうしてここが……? いつからいたんですか?」
「そんな事はどうでもいいだろ? お前、昨日の男誰だよ?」
「河口先輩には関係ないじゃないですか。」
「お前、オトコがいるならいるって言ってくれよ。」
「オトコ……?」
「違うのか?」
「あの、違いますけど。」
「何だ。そうか。そうだろうと思ってたよ。」
ほっとしたような笑顔で私に近付いてくる。
私は河口を自宅からなるべく遠ざけたくて、鍵をかけてスーパーに向かうことにした。
河口は当然のように付いて来る。
「あの、付いて来ないで下さい。何で家まで来たんですか?」
「だから、お前の事好きだって言ってるじゃないか。」
「揶揄うのもいい加減にして下さい。これじゃストーカーみたいですよ?」
自分でも驚くほどハッキリと言い返していた。
河口もそんな私の言い方に、
「お前、ハッキリ言えるんだな。」
と驚いていた。
言い返したものの、結局河口はスーパーまで付いて来てちゃっかり買い物も一緒にしている。
「なあ、嶌崎。この豚肉安いぞ。俺、生姜焼きが食いたいな。」
「どうぞ、ご勝手に。」
「冷たいな。俺に生姜焼き作ってくれよ。」
「イヤです。私、他に好きな人がいるので。」
自分でもこんなにハッキリ言い返している事が信じられない。
「今日のお前、ホントに嶌崎か? 好きな人って誰だよ? うちの会社のヤツか? それとも昨日の男か?」
「どっちも違います。もう、いいじゃないですか。帰ってください。」
このまま家までついて来られて、上がり込まれたらたまったモンじゃない。
リョウの存在が知られたらオオゴトになる。
「なあ、嶌崎。俺、本気なんだって。俺と付き合えよ。」
「信じられません。それに本当だとしても付き合いません。」
一度ハッキリ言ったら、後は怒涛のように思っている事が言い返せるから不思議だ。
「これ以上付いて来たら、会社に報告しますよ。」
私の本気で怒った顔を見て、河口は渋々帰って行った。
まったくもう! どうやって家の場所を調べたらのかしら?
河口が見えなくなるまで見届けてから鍵を開けて、辺りを伺いながら入り、急いでドアを閉める。
辺りはすっかり薄暗くなってきた。
私は洗濯物を取り込んで、カーテンを閉めた。
「うぅん。」
振り返ると、リョウの体が軟化していくのが分かった。
暫くすると、普通に目覚めるようにリョウが起き上がった。
「花奏。おはよう。」
薄暗いと先程見つけた傷は全く見えず、傷を発見した事すら忘れていた。
次回は明日の22:00更新予定です。