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変化する日常

翌朝、私の横には固く冷たいリョウの亡骸が横たわっていた。


あ、やっぱり私、頭がヘンになってたんだ。リョウくんに抱きしめられたなんて全部妄想だったんだね。

「どうしよう……この遺体……ああ…車も事故車だ。どうしよう…」

しばし考え込んでみたものの、結局何も思い浮かばず、遺体はそのままにして電車で会社へ向かった。


「おはよう。嶌崎。」

同僚の河口先輩から声をかけられ、それに応える。

「お…おはようございます。」

「なんか、今日はいつもにも増して陰気臭い顔だぞ。可愛くしてろよ、女なんだから。」

「あは…は……」

セクハラ紛いの言葉に愛想笑いを浮かべ、その場を逃げるように自席に向かう。


私は男性が苦手だ。元々、所謂いわゆる隠キャだった事も要因の一つだけど、隠キャなりに交遊や見聞を広げようとオフ会の参加なんぞをしてみた時期もある。

19歳の頃だった。何度目かのオフ会参加で出会った同じゲームキャラ推しの男性と少しだけ付き合った事かあった。


彼は、私より20歳以上年上で、決してイケメンという訳ではなかった。というよりむしろキモヲタの部類だったが、それまで男性経験ゼロだった私にはキラキラフィルターがかかって魅力的な男性に見えていた。

会う度に、自分勝手な性強要を強いられ、性行為に対して苦手意識があり、苦行だとさえ思っていた。それでも、好きな人から求められる事が嬉しくて応えていた。

付き合って2ヶ月が過ぎた頃、推しのコスプレを強要された挙げ句、

「なんか違う。すまぬが当方、おたくに魅力を感じなくなり申した。」

と、一方的に別れを告げられた事で、より男性に対し苦手意識が強くなってしまった。


「嶌崎さん。おはよう。あんな事言わなくてもいいのにね。気にしない方がいいよ。」

お隣の席の派遣パートの小川さんが小声でそう言ってくれたけど、それに対しても何と答えたらいいのか分からず、「はい。」とだけ言ってわざとらしくファイルに目を通す振りをした。


この日の労働時間も長かった。とはいえ、午前様にはならずに済んだので、いつもよりは短かったんだろう。

終電間際の電車で帰宅すると、リョウがキッチンからいい香りを立てながら笑顔で「お帰り、花奏。」と迎えてくれた。

「は!? あれ?リョウくん? 昨日のは夢じゃなかったの?」

何がどうなってるの?今朝、会社へ行く時は固くて冷たい亡骸だったはず……

「俺、日が暮れると目が覚めるみたいだ。」


何それ? どゆこと?


私が玄関から動かずにポカンと立ちつくしていると、

「花奏は俺と一緒にいるの嫌?」

美しく整った顔が、人懐っこい顔で拗ねるように言った。

「そんな訳ないじゃないですか。でも、私なんかとリョウくんじゃ……」

「“なんか”とか言わないの。俺が好きでここにいるんだから。俺のこと否定するの?」

「ち……違うの。私、自分に自信がなくて…それに男性が苦手だから……」

「俺も男だけど…苦手?」

私は勢いよく首を横に振った。

「じゃあさ、もう二度と“私なんか”って言わないで、俺のために。

さ、ご飯食べよ。上手く出来たか分からないけど。」

リョウは頑張って作ってくれた二人分のハンバーグを皿に盛り付け、テーブルの上に並べた。


「花奏、こっちへおいで。」

リョウは、自分の膝を両掌りょうてのひらで軽くポンポンと叩き、手招きして私を呼んだ。

「え?お膝に乗るの?」

「そうだよ。これから毎日、こうして食事しなきゃダメ!」

毅然とした態度でそう言う彼の膝におそるおそる座る。

「そう。花奏の席はいつもここだよ。もっとリラックスして。体を俺に預けて。」


そうは言われましても…私、子供じゃないし…立派に女性一人分の体重ありますし…

それに、リョウくん実は死体じゃないですかー。折れちゃったらどうするんですかー?


「はい、口開けて。あ~ん。」

リョウは自分の皿からハンバーグを一口分切って差し出してきた。

私は真っ赤な顔で、はむっと勢いよくかぶりついた。

「どう?美味しい?」


正直、味なんてわからない。多少生焼けな気もするけど、味なんてどうでもいい。

このシチュエーションが尊いぃぃぃ。


「花奏も俺に食べさせて。あ~ん。」

リョウは自分で作ったハンバーグを一口食べた。

「うーん…あんまり美味しくはないね。ごめん。

でもさ、毎日作るから、そのうち上手くなるからね、絶対。約束。」

と小指を立てて笑った。


私も小指を出して、それに絡まそうと思ったら、リョウはすっと手を引っ込め、その手をシャツの下へと忍ばせてきた。

「ちょっ…」

「ごめん。昨日は我慢したけど、今日は無理。」

彼の熱の籠った顔が近付く。

膝の上に座らせたままの私にキスをしてきた。

優しいキスが続いたあと、

「花奏、口開けて。」

私は言われるがまま、少しだけ口を開くと、彼からの深いキスが落とされる。


うっとりしちゃう………こんなのキスというより、もう性行為だよね?


私は疲れていたせいもあり、天にも昇るような感覚の中、いつの間にか眠りに落ちてしまった。

「え? 花奏? 寝ちゃったの? 今日もまたお預けなのぉ~?」


この日は推しのリョウくんとのナイトライフは不発となった。



次は明日22:00更新予定です。

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