事の始まり
ドンッ
魔が刺したんです。
やってはいけない事をしてしまったんです。
私は都内の小さなゲーム会社に勤めている。
『働き方改革』とは何ぞや?という限りなくブラックな会社だ。
ある冬の寒いこの日も午前様の帰宅になってしまって、私は愛車の軽自動車を走らせて帰路についていた。
「眠いな…明日も早いしな。」
!?
何かに激しくぶつかる音がして、私は急いで車から降りた。
「え……?」
最悪な状況が私の目の前にあった。
子供の頃からゲームが好きだった。ゲームのキャラが初恋だったりもした。
大学に入学しても、合コンやリア充からはほど遠く、2次元の魅力に叶うものはないと思っていた。
そんな時、大手ゲーム会社から駆け出しのアイドルとコラボしたゲームが発売された。
「ふーん。やってみようかな?」
何気なく、本当に何の気無しにダウンロードしてやり始めた。
「リョウくん、カッコいい♡ 好き♡」
このゲームをキッカケに初めて3次元の推しが出来た。
私も大ヒットゲームを作りたい。
そんな思いで就職活動して、やっと採用されたのが今の会社だ。
大学を卒業してから6年間、真面目に働いてきた。終電を逃すことも多く、会社近くの駐車場を自腹で借りて車通勤していた。都内の駐車場は決して安くはない。
給料から家賃、光熱費、食費、自宅近くの駐車場代、会社近くの駐車場代、車の維持費……それらをさっ引くと殆ど残らない。それでも真面目に仕事をしてきた。
それなのに……やってしまった。
人を轢いてしまった……
しかも、あろう事かパニックをおこして、道路に横たわる亡骸を連れて帰って来てしまった。
過失運転致死罪、並びに死体遺棄……
今、冷静になってみると、なぜそんな事をしたのか分からない。とにかく極限の寝不足が続いた私の思考回路がそうさせてしまった。
もう冷たい亡骸を、肩を組むように小脇に抱えて震える手で玄関の鍵を開ける。
人間、極限状態に入るとこんな力が発揮出来るものなのか。
ドアを閉めると、やっと少し冷静になった。
「何で私……こんな事……」
部屋の電気を点けると亡骸の顔が見えた。
‼︎
……リョウくん?
間違いない。3次元で唯一の推しのリョウくんだ。
なぜ私の家にリョウくんが……?
自分で連れ帰った事も忘れ、しばらく放心状態でリョウくんの亡骸をただ見つめていた。
カチャン
新聞をとっている訳でもないのに、こんな時間にドアに取り付けられている郵便受けに何かが投函された音がした。
何だろう?
私は立ち上がり郵便受けから郵便物を取ってきた。
分厚い封筒の宛名には私の名前が書かれていた。
誰からだろう?
送り主の名前は記載されていなかった。
考えてみれば、エントランスの郵便受けではなく、殆ど使われないに等しい部屋付きの郵便受けに夜中に投函されているなんて怪しさの極みだというのに、私はリョウの遺体から現実逃避をしたかったのか、無意識にその郵便物を開封していた。
分厚い封筒の中には、パッケージされた布のような物が入っている。
「透明エバーミングシート……?」
私は中味を取り出し、広げてみた。
透明な布製のシートは狭い部屋では持て余す程の大きさで、その一部がリョウの遺体に触れた。
途端に、シュルシュルと音を立ててリョウの遺体をラッピングするように、覆っていった。
何? 何が起こってるの?
布は、着衣の内側にするすると入り込みリョウの肌に沿って包み込んでいく。
ある程度、包み込みが終わると次は収縮して、より密着していった。
5分ほど経った頃、さっきまで土気色だったリョウの肌は綺麗な肌色になり、シートが被さっている事はよーく見ても全く分からなかった。
ピクリ
「ひっ……今、動かなかった?」
リョウの右手の指が、僅かに動いて見えた。
「う……うーん……」
私は尻もちをついたまま、部屋の端まで逃げた。端までとは言っても、狭い部屋だから高が知れているが。
「君、誰? ここどこ?」
「あ……あの……すみません。私、あなたの事を轢いてしまって……」
「君、名前は?」
「嶌崎花奏です。」
「ふーん……花奏ちゃんかぁ。
で、俺って死んだの?」
「それが……私にも何が起きているのか、よく分からなくて。」
「ま、いっか。これから宜しくね。」
ま、いっかって…
リョウは何が何だか全く理解出来ていない放心状態の私の頬に優しく触れた。
そして私の髪を人差し指と中指でクルクルと遊ばせるように触れ、
「綺麗な髪だね。」
と優しい笑顔を浮かべた。
私は、心臓が頭まで昇ってきたんじゃないかと思うほど鼓動が早く大きく、自分でも真っ赤になっているのが分かった。
「ふふふ……顔真っ赤。可愛い。」
リョウくーん。私はもう2 8歳だけど、男の人に免疫無さすぎて、どうしていいのか分からないんですけどぉーーー。
「こっちへおいで」
ベッドに横たわるリョウが私を呼び寄せる。
彼に後ろからきつく抱きしめられると気絶するように眠りについた。
こうして、私と推しの遺体の奇妙な共同生活は始まった。
お久し振りです。
ヘブンズ・カンパニーを書き終えてから久しくエブリ●タに浮気をしていました。
この作品はエブリス●とのマルチ投稿ですが、かなり官能要素を取り除いてあります。