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9 ケビンとデイトナーズ一家の出会い


 エレンスキー王国でのお茶会の日、ケビンも両親に命じられて、そのお茶会に参加することとなっていた。


 しかし、ぼさぼさの黒髪に、うつむいてばかりで、妙に身長だけは伸びた十一歳の枯れ木少年ケビンに、近づく者はいない。

 というより、近づくなというオーラがケビンの全身からあふれ出ていた。

 ケビンは人見知りであったし、他の子ども達と楽しく会話を続けるような話題を持っていなかったからだ。

 できるのは、自分の研究成果を延々と自慢し続けることか、興味のない話題に耳を傾けながら地面を見つめることくらいである。


 しかも、よりによって、このお茶会は王宮の庭園で行われていたのだ。

 明るい陽気に、美しく設計された木々に花々、貴族の子女達のきらびやかなドレスや煌めくスーツ……。

 『陽』を象徴するようなその光景に、引きこもりがちなケビンは、精神攻撃を受けた魔物のような気持ちになっていた。

 これ以上ここに居たら、きっと光のまぶしさに溶けて、体が砂になってしまうに違いない。


 幸いなことに、ケビンの家の者に声をかけたがっている者達は、両親やケビンの兄、姉に興味深々で、ケビンには見向きもしていない。

 そのため、ケビンは家族を隠れ蓑に、開始から間もないタイミングでお茶会の会場から姿を消すことに成功した。

 元々、両親に「お前は茶会に出席するな。熱で寝込んでいることにする」と言われていたのに、兄達が無理やりケビンを茶会に引きずり出したのだ。ケビンが居なくなっても、誰も困らないだろう。


 ただし、庭園の周りには護衛がたくさんいるので、ケビンが一人で庭園自体を脱出しようとしたら、お茶会の場所まで引き戻されてしまうことだろう。

 仕方がないので、ケビンは庭園の一角のベンチに腰を落ち着ける。


(部屋に帰りたい……)


 そう思いながら、ケビンが憂鬱な顔で服に忍ばせていた研究成果をいくつか取り出し、試験運用をしていたところ、そんなケビンに声をかける者がいた。


 それが、隣国デジケイト王国から視察にやってきていた、デイトナーズ公爵家の四人だったのである。



   ~✿~✿~✿~


「皆さんは、こんな私に声をかけてくれました。研究品の試験運用をしているのだと伝えたところ、興味を持ってくださって、私の研究品を宝物みたいにほめてくださいました……」


 うっとりと当時のことを思い出しているケビンに、デイトナーズ元公爵家の四人は、若干青ざめながら顔を見合わせる。


「うーん、覚えていない」

「デイジー、覚えているかしら?」

「私も、ちょっと……ドビアスはどうなの」

「僕、九年前は三歳だよ」


 なるほどと目を瞬いたダニエル、チェルシー、デイジーの三人は、もう一度頭をひねる。

 すると、ダニエルとチェルシーが、何かを思い出したようなそぶりでぽんと手を叩いた。


「そういえば、ぐずるドビアスを庭園のはずれであやしているときに、黒髪の男の子に出会ったような」

「確かに! いろんな魔道具でドビアスと遊んでくれた男の子が居たわ!」

「あのときも背が高かったから、もうすぐ貴族学園入学かと尋ねたら、まだ十一歳だと言っていたんだよな」

「驚いたわ。あのときの男の子が、もうこんなに大きくなったのね。懐かしいわ〜!」


 はしゃぐダニエルとチェルシーに、ケビンは恥ずかしそうに目線をそらす。視線をそらしたケビンは残念なことに、若き美女デイジーが両親とケビンを見ながら悔しそうにハンカチをかんでいることには気がつかない。


「それをきっかけに、私は物作りを糧に、デジケイト王国で生きていこうと心を決めたのです」

「「「「えっ?」」」」


 仰天する四人を置いて、ケビンはその当時のことを語りだした。



   ~✿~✿~✿~


 ケビンはデイトナーズ公爵家が隣国デジケイト王国に帰ってしまった後、デジケイト王国に移住することを決めた。

 真正面からケビンの作ったものをほめちぎり、ケビンの才能を認め、ケビンの嗜好を喜び、褒めたたえ、伸ばしていく彼らの言葉の数々は、乾いた土に注がれた水のようにケビンの心に染みわたり、彼を虜にしてしまったのだ。


 そして、その日のうちに荷造りを始めていたところを、リーンハルトに止められた。


「ケビン様、何をしているのですか」

「デジケイト王国に行くんだ」

「そうですか。どうやって行かれるのですか」

「地続きなんだから、南に歩いていけばたどりつけるはずだ」

「お金はどうするんです」

「この世には、日雇い労働っていうのがあるんだ。適当に魔道具を使って働けばいいと思う」

「……」

「荷物はこのくらいでいいかな」


 刺繍が施された高級感あふれる背負い袋を手にし、上質な貴族服に身を包んだ十一歳の枯れ木ケビンに、リーンハルトは半目になる。


「カモがネギを……」

「リーンハルト?」

「あなたはバカですか?」


 ガーン!とショックを受けた顔をしたケビンから、リーンハルトは背負い袋を奪った。背負い袋を奪われたケビンは、凌辱された乙女のような顔でリーンハルトを見る。


「あなたのご両親が、そんなことを許すはずがないでしょう」

「だから今から、家出をするんだ」

「その姿で家を出たら、すぐさま人攫いに攫われますよ」

「!?」

「明らかに金持ちの子どもとわかる相手を、日雇いで雇うまともな職場は少ないでしょうね」

「……!!?」

「まあ、いいでしょう。協力して差し上げます」

「えっ」


 リーンハルトはそれだけ言うと、その日はそのまま去っていった。

 そして翌日、大量の書類を持って現れた。


「すべてにサインをしてください」

「えっと。えっと……?」

「あと、こちらは今までの研究品に関する特許証明書です。サインするなら差し上げましょう」

「ん?」

「ですから、ケビン様が五歳の頃から先月までの間に作ってきた研究物、百八つ分の特許の証明書です」

「え? あの、特許?」

「私が十八歳で成人した際に、代理申請しておきました」

「代理を頼んだ覚えがないんだけど」

「委任状等の書面はまあ、適当にやっておきました」

「無権代理!!!」

「では、それを理由に特許申請をすべて取り消しますか?」


 固まるケビンの目の前に、書類がどんどん並べられていく。


「これは、私が起業する予定の会社の登記申請書です」

「かいしゃ? と、とうき?」

「ケビン様の特許を管理することを目的とした会社です」

「まだ任せるって言ってないのに!」

「これは私が作成した、特許取得済みの百八つの製品に関する研究発表・報道用の資料です」

「……」

「こちらは大量製造マニュアルと、素材の購入先候補。初期費用として、この十年以上の日々で稼いだケビン様の風呂代金を充てます」

「風呂代金で起業なんかできるもんか」

「一日一万ジェリー、一月三十万ジェリー、一年間で三百六十五万ジェリーですから、この十年間で三千六百五十万ジェリー溜まっています」

「私の父上はよくこんなくだらないことに大金をはたいたな!!!」

「ケビン様の学びのなさが生みだした無駄にもほどがある支出です」

「息をするように悪口を言うな。というか、そのお金を僕の旅立ちの費用として貸してくれよ」

「すぐにかどわかされてのたれ死にしそうな十一歳のカモネギ少年には一銭も貸すことはできませんね」

「十一歳の少年の心への配慮がなさすぎるとは思わないのか」

「私に任せていただければ、数年で年商一億ジェリーも夢じゃないですよ」


 目が点になったケビンは、まじまじとリーンハルトを見つめる。


「百ジェリーは百二十リロですから、それだけ稼げば、リロを使う隣国デジケイト王国でも暮らしやすいんじゃないんですかね」


 目の前に並べられていくのは、特許取得済みの権利を元に製品化をした場合の見込みの顧客層や、協力してもらえそうな商人一覧、商品単価や売り上げ見込みなど、今後の販売プランに関する幅広い提案資料だった。

 リーンハルトは、公爵家の二男なのだ。

 高位貴族の家の出身で、貴族学園での成績も優秀、能力は高く、その事務処理能力は、エレンスキー王国からデジケイト王国に飛び出したいケビンにとって、喉から出るほど欲しいもので。

 けれども、ケビンの心が、それをすぐには受け付けてくれない。


「……わ、私の部屋に来て、毎日、こんなことを考えていたのか」

「私がケビン様のことが好きで、毎日部屋に来ていると思っていたのですか?」


 呆然としている十一歳の少年ケビンに、成人済みのリーンハルトは、大人げなくフッと余裕の笑みを浮かべる。


「ケビン様の作るもの、昔から、金になると思っていたんですよね」


 その殺し文句に、ケビンは白旗を上げ、リーンハルトに魂を売ることにした。


 リーンハルトは期待に応え、その翌年、六百万ジェリーの売り上げをはじき出し、二百万ジェリーの利潤を得た。

 その翌年は一千万、よく翌年は三千万ジェリーと、売り上げを順調に伸ばし、気が付くとケビンは億万長者になっていた。


「ケビン、すごいじゃないか」

「本当にね。あなたの作っていたものが、こんなに素晴らしいものだったなんて」


 ケビンの両親は、手のひらを返したように、ケビンを褒めたたえた。ケビンの兄や姉達も、ケビンの羽振りの良さをしり、猫なで声で小遣いをねだってくる。

 しかし、ケビンは揺らがなかった。

 彼の創作意欲を支えているのは、あのとき、手放しにケビンのことをほめちぎってくれたデジケイト王国のとある公爵一家なのだから。


 十五歳になったケビンは、両親に隣国への移住を申し出た。


「父上、母上。私は隣国に移り住みます」

「ど、どういうことだ!」

「そんなこと、許しませんよ!」

「許しはいりません。私は自活できますから」

「そういうことではないぞ、ケビン」

「あなたには、貴族としての責務があるのよ。素晴らしい開発の才があるのならば、国のために」

「私を育てるまでに費やした費用はすべてお返しいたします」


 絶句する両親を置いて、ケビンはその場を去った。


 ケビンは、金が欲しかったわけではない。

 貴族としての地位が欲しかったわけでもない。

 何かを作るのが好きだった。

 それを、褒めてもらえて、認めてもらえることが、心から嬉しかった。

 今や、ケビンの作るものをたくさんの人が求めてくれる。

 けれども、ケビンの心の中にはいつでも、何も持たなかったケビンの背中を押してくれたデイトナーズ公爵家の四人の笑顔があった。

 リーンハルトの顔は、癪に障るので、心の中から常に追い出すことにする。


 そして、ケビンが両親に移住を申し出たその日から、ケビンは両親に軟禁されるようになった。

 外に出るときは、ケビンを逃がすまいと、護衛達がぴったりと張り付いてくる。


 しかし、ケビンは金の力でそれを解決した。

 金をばらまきながら護衛達を買収し、リーンハルトの手引きの下、エレンスキー王国を脱出したのである。



   ~✿~✿~✿~


「そんな流れで、私は五年ほど前にデジケイト王国にやってきたのです」


 満面の笑みでそう告げるケビンに、居間はシーンと静まり返っていた。

 脳みそが筋肉でできている、前しか向かないさしものデイトナーズ一家も、言われた内容が思ったよりも壮絶であったため、言葉を失っている。


「……そういうことなら、私達に声をかけていただければよかったのに」

「必要がありませんでしたから」

「しかし」

「私は皆さんと同じ国の空気を吸っているだけで満足なのです」


 心底満たされた顔をしているケビンに、デイトナーズ一家四人は、真っ赤な顔をして俯く。

 リーンハルトだけが、地獄の狭間にいるような顔で目を伏せている。


「そういうことなので、恩返しは不用です。私こそ、恩返しをしているのですから」


 ケビンは、そう告げると、ニコニコほほ笑みながら再び朝食を食べ始めた。


 これできっと、昨晩のような世にも恐ろしい出来事が再発することはなくなるだろう。


 そう思うと、心が浮き立ち、少し冷めたオムレツも、極上の味に思えてくる。ケビンはふふっと笑いながら、オムレツを飲み込み、柔らかい白パンをふさりと両手で割って口に運ぶ。その柔らかさを堪能した後、少しぬるくなった紅茶に口をつけたところで、ダニエルが言葉を発した。


「ケビン様」

「はい」

「わかりました。もう、性急な恩返しは諦めます」

「それはよかったです」

「ですから、これはただの私達の好意です」

「ん?」


 不可解に思ったケビンが、自分の弁当から視線をゆっくりと上げると、そこには真剣な顔をしたデイトナーズ一家四人の顔があった。

 ギラギラとした八つの青い瞳に、上気した顔。

 そこから感じざるを得ない嫌な予感に、ケビンは思わずカランとスプーンを取り落とす。


「それはやめましょう」

「まだ何も言っていないですよ」

「このまま何も言わずに、朝食の続きをどうぞ」

「――ケビン様プロデュース計画を実行します」


 白い歯を見せてニコリと笑うダニエルと、同調するように頷く残り三人に、ケビンは瞬時に悟った。


 この一家、また何かろくでもないことをしでかす気でいる。


 どうしてだ。

 今、恩返しは要らないと言ったではないか。


 この四人が本気を出したら、ケビンには彼らの想いを止めるすべがないのだ。

 目の前の四人はケビンにとっての神にも等しい存在、人生の道しるべなので、ケビンは彼らの意を無下にできないからだ。

 困った事態になっても、叫ぶことしかできない。

 ただひたすら、やめてくれと懇願することしか、彼に道は残されていない。


 だから、気遣いは要らないと、懇切丁寧に説明したというのに!!


「いえ、あの」

「これまで我が家はデジケイト王国をプロデュースするため尽力していましたが、今回ひどい扱いを受けましたからね!」

「それはそうかもしれませんが」

「こんな国より、わたくし達を愛してくれるケビン様のほうが大切ですわ!」

「プロデュースなどは、不要で」

「若い男性のプロデュースだなんて、私、胸が高鳴ります!」

「少し落ち着きましょうか」

「僕達の力で、クラウス殿下の百倍素敵な男性にしてみせます!」

「自国の王子の百倍とは」

「こうなったら早く計画を立てなければな!!」

「早く朝食を食べてしまいましょう!!!」

「屋敷の片付けもまだまだ必要ですしね!!!!」

「住環境から佇まいまで、最高の貴族に仕上げないとね!!!!!」


 勢いを増したデイトナーズ一家に、ケビンは青ざめながら震えることしかできない。

 彼らはさっさと朝食を済ませると、計画を練りますと宣言して、輝く笑顔をふりまきながら、四人であっという間に客間に引っ込んでしまった。

 残されたのは、四つの弁当ガラと、青い顔をした朝食途中の屋敷の主人と、黙々と朝食を食べている通いの執事である。


 一体これから、何が起こるのだ。

 ケビンは、何をさせられてしまうのだ……。


 恐怖に震えるケビンが、呆然とその場で立ち尽くしていると、朝食を食べ終わった執事がカップにお茶をそそぎながら呟いた。


「ケビン様は誘い受けがうまいですね」


 どしゃりとその場で崩れ落ちたケビンを、リーンハルトは簡易寝台に寝かせた。



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