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8 ケビンの生い立ち


 悲しい事件のあった翌日の午前中、ケビンは四人とリーンハルトと共に、居間でちょっと遅めの朝ご飯を採っていた。

 居間の低いテーブルを囲む、革張りの長ソファーが二つと一人がけのソファ二つに、彼らは座して、黙々と弁当屋の運んできた朝食を口へを運ぶ。


 ケビンはほかほかのオムレツを口に運びながら、ちらりと長ソファの裏手においてある、残骸のような二つの四角い物体を見た。


 この居間は一昨日まで、大量の歴史ゴミが積み重なるケビンの家の中にある唯一の開けた生活スペースであったため、デイトナーズ一家の寝室も兼ねていた。

 デジケイト国では室内でも靴を履いて生活する風習であるため、毎日床に直接横たわって眠るというのは、肉体的にも精神的にも堪える行為である。というわけで、デイトナーズ一家は、長ソファ二つと紙箱やスツールなどで作った簡易寝台的な何かで睡眠をとっていたのだ。

 ケビンの視線の先にある四角い二つの物体は、その簡易寝台的な何かなのである。


 デイトナーズ一家は昨日、客間に置いたふかふかの寝台で眠りをむさぼったわけだ。

 簡易寝台は、役目を終えたはず。


 しかし、簡易寝台はまだ廃棄されておらず、一つの長ソファの後ろに寄り添うようにして、二つそろえた形でそっと鎮座しているのだ。


 ちらちらと簡易寝台に視線を送るケビンに、デイトナーズ一家の主ダニエルは、くすりとほほ笑む。


「置き捨てているわけではないのですよ」

「捨ててもいいのではないですか」


 ケビンの言葉によって、その場にざわめきが生まれた。

 デイトナーズ一家だけでなく、リーンハルトまでが驚きに目を見張っている。


「ケビン様が自ら、物を廃棄したいというご意思をお示しに……!?」

「ダニエルさん。その寝台、何に使うつもりなのですか」

「昨日の夜ドビアスと」

「――燃やしましょう」


 懐から炎の魔道具を取り出そうとしたケビンを止めたのは、リーンハルトだった。


「魔道具開発の時以外に火が出る魔道具を使おうとしたら、ケビン様の実家に告げ口すると言いましたよね」


 目を吊り上げながら、バリッとバケットを引きちぎるようにかみちぎったリーンハルトに、ケビンは花がしぼむように勢いをなくし、おとなしくソファに再度腰を下ろす。

 そんなケビンを見て、デイトナーズ一家の長女デイジーは首をかしげた。


「ケビン様のご実家ですか?」

「……ああ、まあ、はい。私にも実家がありまして」

「そういえば、ケビン様のご実家はどちらなのですか?」

「隣国ですよ」

「隣国……」

「エレンスキー王国です」


 それを聞いたデイトナーズ一家は、「エレンスキー王国の貴族の家か、みんな覚えているか?」「有名どころは抑えているけれども、全部の家までは……」「私も王太子妃教育のときに一覧を見たけど、全部は覚えてないわ」「卵料理がおいしい王国だよね」と、口々にエレンスキー王国のことを話し出す。


「そうだ。いい機会なので皆さんとの出会いのことを、もう少し詳しく話しておきましょうか」


 こうして、ケビンは自分の美しき思い出について語り始めたのである。



   ~✿~✿~✿~


 ケビンは生まれながらに、自分の思いついたことを形にすることが大好きだった。


 彼がその片鱗を見せ始めたのは、幼い頃に与えられた手遊び用の粘土であっただろうか。

 当時四歳であった幼いケビンの作った精巧な粘土細工に、彼の養育に当たっていた乳母は仰天し、両親にそれを奏上した。


 両親はケビンの作品を褒めた。

 ケビンは嬉しくなって、粘土に限らず、色々なものを作るようになった。

 木の枝だけで作るミニチュア王宮、年齢の割に精巧な表現を用いた絵画、とても子どもが作ったとは思えないような刺繍作品。

 周りの大人達はケビンの手先の器用さに驚き、ほめたたえ、そして、そのうちそれを当然のことだと思うようになった。


「父上、母上。今日はこれを作りました」

「そうかそうか」

「すごいわねケビン。でもね、そのお洋服はどうしたの」

「洋服……」


 ケビンは、物を作ることに熱中すると、身の回りのことをおろそかにする傾向にあった。

 部屋の中は、毎日ケビンが脱ぎ捨てた服や打ち捨てたゴミでぐちゃぐちゃで、使用人達が必死に彼の後ろをついて回っていた。


「ケビン、また身支度をせず徹夜をしたのか」

「先にお風呂に入って、身支度をして、少し睡眠をとりなさい」

「ですが、父上、母上。今日の作品はすごいんです」

「作品を見るのは、ケビン、お前が礼儀作法を学ぶことができたらだ」

「あなたは貴族なのですからね。趣味に没頭するなら、身の回りのことをできようにしてからにしなさい」


 家の主人である両親がそのように判断してしまえば、周りの使用人達もそれに従うしかない。


 こうしてケビンは、以前に増して厳しくしつけをされるようになった。


 しかし、ケビンの集中力は、物作りや知識獲得にしか費やされない。

 ずぼらな生活態度が一向に治らないケビンは、黙々と物を作り続けたけれども、それを使用人達が褒めることはなくなってしまった。

 両親は、まずは身の回りのことができるようになりなさいと説教を繰り返し、ケビンの作ったものに見向きもしなくなった。

 子ども部屋に居る子ども達や兄、姉達も、幼い頃はケビンの作り出すものをほめたたえていたけれども、成長するにつれ、興味関心の方向性が人間関係や将来のこと、スポーツや遊戯へと向いていき、ケビン創作物に興味を失っていく。


 結局、ケビンが十一歳になる頃には、ケビンは家の中で、『いつもよくわからない物を作っている子』として扱われてるようになっていた。

 何を作り出しても、周りの者達には見向きもされない。

 見向きをされないので、皆、ケビンが何を作っているのか、知らないまま、創作物だけがケビンの部屋に蓄積されていく。


「ケビン様。部屋の中に生ごみを放置したら、お作りになった研究物を全て処分されてしまいますよ」


 ゴミと創作物に埋もれながら、何かを黙々と作り上げている十一歳のケビンの背中にそう言い放ったのは、長兄の同級生であった十九歳のリーンハルトだった。

 リンデン公爵家の二男であった彼は、不思議なことに、幼い頃からケビンのゴミ&創作物部屋に足しげく通っていた。

 ケビンを放置している彼の長兄よりも、ケビンとの会話数は多いくらいだ。

 その会話数の絶対値は、五十歩百歩というところではあるが。


 部屋の各所に適当に捨て置かれている食事の後を見て、眉根を寄せるリーンハルトに、机についたままのケビンは振り向かない。


「私室は好きにしていいと言われている。そも、ここには君と君が使う使用人以外は立ち入らない」

「ご両親には、掃除のために使用人を立ち入らせろと言われているでしょう」

「ここは僕の部屋だ」

「部屋というか、ごみ箱みたいになっているじゃないですか」

「そう思うなら君も出て行ってくれ」

「生ゴミの匂いがしはじめるようなら、部屋の中のものはすべて強制的に廃棄されるでしょうね」

「……」

「まったく、要領の悪いことですね」


 肩をすくめたリーンハルトは、いらだちを隠さない様子で食事を終えた食器やら生ごみやらをかき集めて、ドアの外に捨て置く。

 ケビンの私室内の物は、ケビンが余人に触らせることを許さない。しかし、リーンハルトが――いや、べつにケビン本人でもいいのだが――ゴミとして廊下に置いたものは、ケビンの支配下を離れるので、使用人達が勝手に片づけるのだ。


 その後、リーンハルトは廊下に待たせていた筋骨隆々の護衛二人を室内に招き入れ、三人がかりでケビンを引きずるようにして風呂場へと連行する。


「や、やめ、やめないか!」

「ケビン様こそ、感心するほど抵抗をやめないものですね」


 風呂場に待っていた侍従達は、ケビンの全身をこれでもかと泡だらけにし、最後の仕上げとばかりにリーンハルトが頭から湯をぶちまける。

 護衛二人がケビンを湯船の中に放り込み、すぐさま出ていこうとする彼の肩をしっかりと押さえつけた。


「リーンハルト! ま、ま、毎日毎日、こんな、そろそろ、飽きてもいいだろう!」

「たったこれだけの作業に一万ジェリーをいただく蜜の味はなかなかに甘美で、飽きが来ないのですよ」

「!? 父上と母上の手先なのか!」

「そりゃあそうです。というか、人気の職なのですよ」

「!!?」

「あなたの肩を押さえつける護衛係と、あなたの体を全身泡だらけにする侍従にも特別手当が出ますから。毎日取り合いの業務です」

「!!!?」


 ショックを受けている様子の十一歳の少年ケビンに、成人済みのリーンハルトは、大人げなくフッと余裕の笑みを浮かべる。

 なお、護衛二人と侍従二人は、無表情で気配を消している。


「私が好きで毎日この部屋に来ていると思っていたのですか?」


 涙目でプルプル震える、水も滴る枯れ木ボディの黒髪ケビンに、リーンハルトは呆れた顔をする。

 彼は護衛達と侍従達に命じてケビンを風呂から上がらせ、全身タオルドライをした後、護衛と侍従を下がらせた。

 ケビンはしくしくと泣きながら、昼日中から隣室にある寝室――ここは汚してはならない区域として、使用人達が清潔を保っている――にある寝台に飛び込むようにして伏せる。

 そんなケビンの髪を櫛ですき、ケビンの研究部屋からこっそり持ってきた温風送風杖(ドライワンド)を使ってケビンの髪を乾かしたリーンハルトは、寝台に泣きながら沈み込むケビンの服を掴んで、引きずるようにしケビンを彼の私室のデスク前へと戻した。


「ほら、研究の続きをどうぞ」

「勝手に風呂に入れられて疲れたから、私はこれから寝るんだ」

「まだ日中ですので、寝てはなりません。昼夜逆転してしまいます」

「昨日は夜、寝ていないし」

「今日の夜まで寝てはなりません」


 自業自得だとつれないリーンハルトに、ケビンはまたしても涙目で震えていたが、リーンハルトは当然とばかりにケビンの様子を意に介さない。

 いつもどおり、室内にあるケビンの新作をちらりと見ると、懐からメモを取りだし、何かをさらさらとメモした後、「明日また来ますよ」と言って去っていった。


 そうして、ケビンは私室の机に向かい、再度研究を始める。


 これが、ケビンの毎日のルーティーンであった。


 なお、両親が用意した家庭教師達は、「教えられるものはすべて教えた」と言って、ケビンが十歳のときに彼の元を離れていった。

 ちなみに、数学や化学、魔術の教師のこの発言は、これ以上教えられるものはないという意味である。

 ちなみに、マナーや社会常識の教師のこの発言は、これ以上教え方を考案できないという意味である。


 たった一人で物作りを続けて、リーンハルトだけが訪問してくる日々。


 そんな生活の中、ある日、イベントが発生した。


 隣国デジケイト王国から、貴族の子女が視察にやってきたので、エレンスキー王国の王宮で、貴族の子女を集めたお茶会をすることになったのである。



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