42 クラウスの顛末
あの運命の日、臨時議会の決定により、国王と第一王子クラウス、そして四大公は爵位をはく奪され、国王と第一王子は王族としての地位を失った。
それだけでなく、刑事罰として莫大な罰金を抱えた六人は、金の回収のため、ゲーイナー鉱山に送られたのだ。
「あのときはすべて終わったと思いましたね。送られる面子のなかで、僕が一番魅力的でしたから」
「あなたの自己肯定感は乱高下しすぎではありませんか」
「いや、これは真実では!?」
プライドが傷ついた顔をしているクラウスに、ケビンはため息を吐く。
まあ確かに、今回ゲーイナー鉱山に送られた六人は、アラフォー五人と十八歳の見目麗しい青年一人という構成なので、若いクラウスに目が行く可能性が高いことは否めない。しかも、アラフォー五人はだるだると贅肉を蓄えた体をしていたので、そういう意味でもクラウス以外の者は、ゲーイナー鉱山での人気ヒエラルキーの最下層に堕ちたことであろう。
そうしてゲーイナー鉱山にやってきた震える六人。
彼らが洗礼を受ける前に、ケビンが秘密裏に救出したのである。
ちなみにこれはデイトナーズ一家の嘆願と、王妃の指示の下で行ったことだ。
王妃も夫達の浮気に激怒していた新公爵達も、男達に激怒していたものの、彼らがゲーイナー鉱山で使いつぶされて命を散らすことまでは望んでいなかったらしい。
さりとて、被害を受けたデイトナーズ一家の手前、また、王国民の手前、そのようなことを言えるはずはない。
そもそも、男達のやらかしたことは、時代によっては毒杯を煽らされても仕方のない愚行だ。
そこに手を差し伸べたのが、デイトナーズ一家である。
『私達も結局、すぐにケビン様に救い出されましたしなあ』
『いつもよくお見かけしていた陛下と公爵の皆様が、命とお尻を散らすというのも、なかなか心苦しいものですわね』
『私は別にクラウスなんてどうでもいいけれど、まあでも、少しだけ可哀そうかなって思わなくはなくなくなくなくなくなもないわ』
『僕はどっちでもいいよ。全員よく知らないし、王妃殿下やお姉様達がいらっしゃるなら、今後同じことは起こらないんだから』
デイトナーズ一家の言葉に――特にドビアスの言葉に――気をよくした王妃殿下と新公爵達は、『わたくし達の誇りにかけて、決して同じ悲劇は起こさない』との誓いの下、男達の回収計画を提案してきた。そして、デイトナーズ一家は頭を縦に振った。
こうして、男達は九死に一生を得たのである。
そして、男達を回収するのであれば、やるべきことはそれだけでは済まない。
元高貴な政治犯達には、生活能力がないのだ。プライドが高く、肉体労働をしたことがなく、人の下に立ったことのない彼らができる仕事など、たかが知れている。そうして、生きる糧もプライドも未来もすべて奪った状態で放置しておけば、彼らは更生するどころか、ただの無敵の人になってしまうのだ。人生の再起を図るため、国家転覆をもくろむ理不尽なおじさん集団の出来上がりである。
「そうはいっても、リーンハルト社で雇うのはごめんですよ」
結局、現在の彼らは、莫大な罰金の支払いを抱えながらリーンハルトが作った別会社であるクラック社で働いている。
そして、今のところ、彼らが辞める気配はないらしい。
リーンハルトが、社員寮付きという福利厚生に加え、その辺の平民よりも給与が高く、さりとて国への罰金の天引きをされるので平民よりも若干手取りが低く、貴族としての生活は当然ながら難しいという絶妙なラインの給与を与えているのだ。
今後十年、心臓に位置情報を発信する魔石が仕込まれることになったりと、なかなかに厳しい行動制限はあるのだが、この待遇のお陰で、生かさず殺さずの状態で彼らは馬車馬のように働き続けているらしい。
「別にね、待遇に不満はないんだ。僕も悪かったなと思っているし、反省だってしている。刑罰の内容も罰金と心臓の魔石と『最初にゲーイナー鉱山に送られる』っていうそれだけで、その後どう生きるのかは制限されていない。破格の待遇だよね」
「それが、この家に来ることにどう繋がるのですか」
「ケビン様しか友達が居ないんだよ」
「私達はいつ友達になったのでしょうか」
「側近候補だった令息達も、みんな勘当されたり、厳しい監視下で働かされてるみたいでさ。文ひとつ届きやしない」
「ゲーイナー鉱山に送られたはずの元第一王子から手紙が来たら、本人には届けないでしょうね」
「だからまあ、来週の月曜日もここに来るよ」
「遠慮します」
「いいって言ったの、ケビン様じゃないか」
ぐ、と息を呑むケビンに、デイトナーズ一家はため息を付いている。
実はこのクラウス、自力でケビンの住む家を見つけ出したのだ。
街に出たケビンを何度も追跡し、魔法の杖で撒いてくるケビンの行動を分析。同時に魔法の杖の効力を解析しながらその効果に抵抗のある魔法を暇に任せて開発し、最終的にこの邸宅にやってきたのである。
そして、毎日毎日笑顔で訪問してくるクラウスに、「月曜の朝だけにして」とケビンが失言したので、クラウスは月曜日の朝だけ、こうして邸宅に通ってくるようになってしまったのだ。
「クラウス、あなたなんでこんな変なところで優秀なのよ!」
「それなんだけどさ。今までデイジーに張り合うために、太陽の下を大手を振って歩くような魔法ばかりを扱ってきたけれど、僕は多分、こういう粘着質な魔法の開発の方が向いていると思うんだ。悪かったね」
あっけらかんと謝るクラウスに、デイジーは豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしている。
「じゃ、ケビン様。今日も楽しかったよ。仕事に行ってくるんだけど、行ってきますのハグをもらってもいいかな」
「それは私の認識だと友人の域を超えた行為なのですが!?」
「行ってらっしゃいのチューでもいい」
「出勤前に水をかぶったほうがいいのではありませんか」
「どうせ僕の人生行先もわからないし、身を落とすなら、もっといろんなことをしておけばよかったと思ってさ」
あははと気楽に笑いながら玄関に向かうクラウスに、ケビンは目を瞬く。
「僕、バニラとはキスしかしてないんだよね。あの子、あんな悪びれていたけど、多分誰とも最後までしてないよ。いや本当、すごい女だった……」
目玉が飛び出るような話を最後に、クラウスはケビンの邸宅から出ていった。
あまりにも続きが気になるその内容に、ケビンとデイトナーズ一家が、次の月曜日を心待ちにしてしまったのは、ここだけの秘密である。