40 決着
その後、詳細にわたるバニラの脱走劇も映像記録として流された。
十二分割されているその画面の中、途中でカメラ一がケビンしか映さなくなったのは、おそらくデイトナーズ公爵令嬢の被っていた仮面が、カメラ一の撮影機器だったからなのだろう。
一般来場者席に座っているデイトナーズ元公爵令息から、「やっぱり姉様だけに任せなくてよかったよね。ケビン様しか映ってないや。僕の友達、みんな優秀でしょ?」と父親に話しかけている。
「女を武器に男を篭絡する魔女バニラ=キャンディ。これについては別途沙汰を決するとして、まずはこれに操られた男どもから、権力を奪っておくことが、国にとって必要なこと」
そう告げた王妃が、ダニエル=デイトナーズに目配せをすると、ダニエル=デイトナーズが再度、手元の機械をこちょこちょと動かし、白い布に文字が浮かび上がった。
その文字があらわしているのは、六つの提案議題だ。
「では、本日の議題を読み上げましょう。これはすべて、わたくしが提案したものです」
ドロシアは、議題を読み上げる。
一つ、国王カーティス=ゲイル=デジケイトから、王位をはく奪すること。これに伴い、ドロシア=ゲイル=デジケイトは王妃の地位を失い、王太后の地位を得ることとなる。
二つ、第一王子クラウス=ゲイル=デジケイトから、王太子の地位をはく奪すること。
三つ、カーティス=ゲイル=デジケイト及びクラウス=ゲイル=デジケイトを、王族から除籍すること。
四つ、現四大公から、公爵位をはく奪すること。
五つ、空席となった国王の座に、第二王子クリストファー=ゲイル=デジケイトを就けること。その後見人として、王太后ドロシア及びダニエル=デイトナーズが就任すること。
六つ、新たな五大公を設けること。五大公爵筆頭は、ダニエル=デイトナーズ。そして、残りの四大公は、現四大公の妻を指名することとする。
ドロシアが提案議題をすべて読み終わると、参考人席に座っている者達から、悲鳴のような抗議の声が上がった。
そこに居るのは、追加で現れた国王と第一王子だけではない。
四大公も、縄をかけられ、その場に待機させられていたのだ。
「そんなこと、認められませんぞ!」
「公爵位を一挙に四人分もはく奪するなど、やりすぎでございます!」
「我らの妻本人が、公爵に!? 尊い血を引くのは、我ら男です、王妃殿下!」
「妻が他の男との子を産み、その子に公爵を継がせるようなことがあれば、尊い公爵家の血が途絶えてしまいます!!」
「わ、悪いのは、グルグニウム公爵です! 彼が主導を切ったんだ、私どもの家はそれを黙ってみていただけで」
「な、なにっ!? 私に押し付けるのか、公爵!」
「本当のことではありませんか! 王妃殿下、いえ議長殿! なにとぞお慈悲を」
「――全員おだまり!」
議長の制止に、議場は静まり返る。
「こたびの件は、男爵令嬢バニラ=キャンディにより篭絡されたこの者達により成されたもの。その結果、唯一女に篭絡されなんだデイトナーズ公爵のみが、陥れられ、公爵の地位を奪われ、財を奪われ、生活を奪われたのだ。その贖罪として、己が地位を奪われるのは、当然の采配であろう」
「……!」
「で、ですが、妻が公爵というのはっ!」
「篭絡の魔法を使うは、女性たるバニラ=キャンディだ。魔の手を防ぐために女を頭に据えるのは、わかりやすい対策であろう」
「し、しかし!!!」
「そも、お前達の爵位ははく奪されるのだ。家の血の尊さは、お前たちの愚行により失われた。強いていうのであれば、新たなる当主となる彼女達の血を引く者こそが尊いと言えるであろうな。そうであろう、新たなる公爵達よ?」
そのように声をかけられ、壇上の脇から出てきたのは、美しく着飾った貴婦人達だった。
バニラは、彼女達の顔を知らない。
けれども、彼女達が誰なのかは、わかってしまう。
「ごきげんよう。今朝がたぶりですわね、あなた」
「ナ、ナタリー……」
「王妃殿下のおっしゃったことが身に染みてわかりますわ。私もあなたとこういう形でお話しすることになるなんて、とても残念です」
「シャルロッテ、違うんだ! わ、私は……」
「いい年をした男達みんなで一人の女と浮気をするだなんて、信じがたいことですわね」
「誤解だ! その、私は別に、たいしたことはしていなくて」
「安心してくださいませ。新たなる公爵として、女にはわからないとおっしゃっていたあなたの権利やお仕事をしっかり引き継がせていただきますわ」
「すまない、リリアナ! 私はそんなつもりで言ったんじゃ!」
「ほんに、見苦しいことよの。おぬしらがダニエル=デイトナーズのかけらでも、奥方に気持ちを残しておれば、そこな魔女の魔法は奥方への情熱へと変換されたであろうに」
王妃ドロシアの言葉に、現四大公は青ざめた顔で言葉を失った。
その様子に、議員達は物言わず、しかし深く頷いて王妃の言葉への同意を示している。
そして、ダニエル=デイトナーズは誇らしげに妻チェルシーの肩を抱き、妻チェルシーは笑顔で愛する夫に寄り添っていた。
「それでは、決を採る。参考人が来場するまでの間に十分に議論は交わした故、言いたいことを残している者はおらぬな?」
こうして、本日の臨時議会の議長たる王妃は、提案議題について、一つ一つ丁寧に決を採った。
結果はすべて、満場一致である。
がっくりとうなだれる国王達を見ながら、バニラは理解した。
終わりなのだ。
彼女の天下であった世界は、これで終わり。
「これで、おぬしが国王だ。何か言うことはあるか?」
ふと、王妃ドロシアが隣に立つダークブロンドの男に視線を投げた。
緑色の優し気な目元は、第一王子や国王に酷似している。
バニラも、彼が誰なのか、その名を既に知っていた。
だってバニラは、この男にも魔法をかけて魅了しようとして、失敗したのだから。
「クリストファー=ゲイル=デジケイトです。このたび、皆さんの信を得て国王に選任されたこと、本当に嬉しく思います」
クリストファーはそれから、この国をどんな国にしていきたいのかを簡単に述べ、この事件を繰り返さないことを皆に誓い、その言葉を締めくくった。
父にも兄にも、言葉を投げかけなかった。
ただ目を伏せる息子のその様に、王妃ドロシアは少しだけ悲しそうな、申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「これにて、本議会は閉廷する。なお、刑事罰については別途沙汰をよこす故、参考人達は心して待つことだ」
~✿~✿~✿~
ケビンがよたよたと歩きながら議場に向かうと、議会は終了したのか、議員達が外に出てくるところだった。
仮面を外したデイジーと共に足を止めたところで、人垣の中に居たダニエルとチェルシー、ドビアスが駆け寄ってくる。リーンハルトとエイドリアンは、ゆったりと歩きながら、彼らの後ろからこちらに向かってきていた。
「お疲れ様です、ケビン様! いやはや、すべて計画どおりに行きましたぞ!」
「ケビン様とリーンハルト様の采配のおかげですわね」
「デイジー姉様、まったくもう。隠密カメラマンとしての自覚が足りないにもほどがあるよ」
「ご、ごめんなさい……。ケビン様も、ええと、大丈夫ですか?」
デイジーがケビンを振り仰ぐと、ダニエルとチェルシー、ドビアスまでもが、なんだか気を使ったような、気まずい顔で目をそらす。
「ケビン様。想像を超える満身創痍ぶり、このリーンハルト、驚きを隠せません」
「やあやあ、ケビン。女二人に挟まれての乱痴気騒ぎ、ご令嬢のカメラ越しにしかと見届けたぞ。大人になったものだなあ」
言われたケビンは、しくしくと泣きながらうなだれる。彼は結局、腰を抜かして芝生を這いずり回ったので土と草まみれ、右頬はなんだかんだ赤く腫れており、その顔は涙でぐしゃぐしゃであった。
半分ぐらい責任を感じているらしい騎士服の元公爵令嬢は、同じく土と草まみれの姿で目をそらす。
その様子を見ていたリーンハルトが、ふと、笑みをこぼした。
「ケビン様。満足しましたか?」
ケビンは目を瞬く。
そしてなんとなく、今までのことを思い返した。
十カ月前、ケビンのわがままで、リーンハルト以外の立ち入りを拒絶していたゴミ屋敷に、四人を招いた。
掃除を続けながら、家の中でご飯を食べたり、雑談をしたり、すやすや寝ていたりする彼らを眺める日々。
だんだん、その輪の中にケビンが居るようになり、毎日追いかけられては風呂に投じられ、髪を思わぬ形で失い、ダンスの練習をして、夜会に出席、クラウスやバニラとのひと悶着。
そして最後に残ったのは、今、ケビンの周りに居る四人の笑顔と、いつもそばに居るリーンハルトだ。
ついでに、ちょっとめんどうな大叔父がひとり。
「うん。最高の結果だ。ありがとう、リーンハルト」
信頼を詰め込んだ最高の笑顔を浮かべたケビンに、リーンハルトは珍しく素直に、「それはどういたしまして」と笑ったのだった。
そしてエピローグ!