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39 逃げた先で待っているもの


 意図したことではなかったが、バニラは逃げる機会を得た。

 大騒ぎをしている一代侯爵ケビンとその連れの女仮面を放って、周囲の男達を伴い、その場から走り去る。


(なんなのよ。あんなに、嫌がることないじゃないの!)


 なんだか胸が痛い気がするけれども、気にしている場合ではない。

 ここで捕まると、バニラに未来はないのだ。

 公正な裁判にかけられるならまだマシで、かつてのデイトナーズ一家のように秘密裏に処分される可能性だってある。そして、他者を魅了する危険な魔法を使う彼女については、後者に天秤がかたむきかねない。


 息を切らしながらも必死に足を動かし、王宮内の廊下に入り、外に出るための経路を模索していると、その廊下に声が響き渡った。


「――居たぞ! ピンク髪の女だ!」


 ぎくりと背筋を凍らせ、進行方向の右側を見ると、そこには少年仮面と十人程度の兵士達が迫ってきていた。


 バニラの周囲に居る味方の兵士は四人だけ。

 真正面から戦えば、きっと捕縛一直線だろう。


 そして、彼女の左前方には、侍従侍女達が数人、突然の騒ぎに驚いて立ち止まっている。


「お願いっ、あたしを逃がして!」


 その掛け声とともに、バニラは左前方に居る侍従侍女達に杖の魔法をかけた。すると、七人程度居た使用人達のうち、四人程度がバニラの言葉に反応する。


「はい! お任せください、ご令嬢!」

「どうぞこちらへ! こちらのほうが外への近道です!!」

「えっ。あなた達、何を言い出すの!?」

「邪魔するな、彼女を助けなければいけないんだ!」

「我らがお守りします、さあ、早く!」


 バニラは新たな味方へと駆け寄り、元々バニラの近くに侍っていた兵士達は、少年仮面と追手達の足止めのために、その場に留まらせた。

 彼らをしんがりとし、バニラはひたすら、出口を目指して走り出す。


「あっ、居たぞ! ピンク髪、僕も見つけた!」


 しばらく走ったところで、前方から聞こえるその声に、バニラはギョッと目を剥く。


 そこにはまたしても、少年仮面が居たからだ。

 七人程度の兵士達を引き連れながら、バニラに向かって走って来る。


(……いえ、違うわ! あの少年仮面、デイトナーズ公爵令息じゃない!)


 理由はわからないが、どうやら今日の王宮には、仮面をかぶった少年が複数人居るらしい。

 そして、それがわかったとしても、バニラのやることは変わらない。

 右手に曲がった廊下の先に、王宮使用人達を見つけたので、さらにそこに杖を振る。


「助けてほしいの、お願いっ!!」


 可能限り甘い声で、さりとてちゃんと耳に届くような大きさで、バニラは叫ぶ。

 そして、味方に付いた者達を壁にし、案内役しながら、王宮を駆け巡るのだ。

 しかしまたしても少年仮面と兵士達に見つかり、軌道を修正する。


(なんなのよ、あの子ども達は!!!)


 複数存在する少年仮面と兵士達は、まるで連携が取れているかのようにバニラを追い込んでくるのだ。外に出るまであと一歩と言うところで邪魔してくるので、本当に苛立って仕方がない。


(……いえ、考え方を変えるべきね。これは、出口をすべて封鎖されているってことなんじゃないかしら)


 そうなのであれば、バニラは袋の鼠だ。

 どこかを突破しなければ、王宮の外に出ることは叶わない。


(どこかに身を隠しながら、隙を窺うべきだわ。この包囲網だって、何週間もできるものじゃないんだから)


 翌日にはかなりの警備強化をされるかもしれないが、協力者となる使用人達の宿舎を転々とし、かつらをかぶり、使用人に扮して立ち去れば、最終的には外に出られることだろう。

 それまで、隠れられる場所を探さなければ。

 取り急ぎ、誰も来ない場所はどこだろう。

 王宮の中で、人が来ない場所。

 使用人や官僚が不用意に立ち入りづらく、潜伏していても見つからない場所。


「バニラ様、議場があります。今は議会の開催シーズンではありませんから、きっと誰も居ないはずです」


 味方となった使用人の一人がそう囁いたので、バニラは頷いた。

 確かに、議場であれば条件を満たす。


 そうして、議場を目指し、王宮を走り抜けていく。

 議場の建物の入り口から侵入すると、その廊下は明かりがついておらず、静まり返っており、人の気配などみじんも感じさせない。


「大丈夫そうですね、バニラ様」

「そうね。……念のため、控室に入り込んでおきましょうか。どこから入るのかしら」

「議会の壇上横から入れると思います」

「わかったわ。じゃあ、会場に入りましょう」


 ふかふかの赤い布地を張られた、防音性の高い扉に、使用人が手をかける。

 それを見ながら、バニラはほくそ笑んだ。

 これで、なんとか逃げ切れるだろう――。





「いらっしゃい、キャンディ男爵令嬢。お待ちしていましたよ」


 何を言われたのか、わからなかった。

 信じられない光景が、目の前に広がっている。


 灯りが点灯し、煌々と照らされた議場。

 各座席には議員とその付き人達が所狭しと座っており、扉を開いた先に居るバニラを見ている。

 不思議なことがあるとしたら、壇上に大きな白い布がつるされていることだろうか。


 声の主は、女性だった。

 美しく結わえられたホワイトブロンドの髪に、透けるような白い肌。真っ赤な布に、これでもかと金の装飾を施したその豪奢なドレスは、彼女の強い意思を表しているようだった。

 壇上にある議長席に座した彼女が誰なのか、めったに顔を合わせないバニラでもわかった。


 ドロシア=ゲイル=デジケイト。


 齢三十八にして、二十代と変わらぬ美貌を誇る、美しきこの国の王妃。


「ここまで思うように踊ってくれるとは。よくまあ、舞台を整えたものよの、ダニエル=デイトナーズ」


 頭を下げるダニエル=デイトナーズに、バニラは悟った。

 この場所に来るよう、誘導されていたのだ。


 味方だと思っていた使用人を振り仰ぐと、彼はニコリとほほ笑んだ後、会釈をしてその場を去っていく。

 彼はバニラの魔法に誘惑されたふりをしていただけだったのだ。


(――この、裏切り者!)


 杖を握り締めるバニラに、ドロシアは悠然とほほ笑む。


「余計なことを考えるでないぞ、バニラ。そなたの魔法は絶対ではない。この場に居る我らは全員、そなたの魔法を無効化する手段をそなえておる」

「……!? う、嘘よ。そんな手段があるなら、あたしはここまで来られなかったはずじゃない!」

「事を収めるためには、まずはしかとそなたの力を見せてもらう必要があったのでな」


 それ以上を言うつもりがないのか、王妃ドロシアは長いまつげを揺らしながら、左手に視線を投げた。彼女の隣に立つ若いダークブロンドの男も、左手に視線を投げる。

 すると、彼女の左手側に位置する議場の扉が開き、拘束された男が何人か連れてこられた。


 それは、バニラが見知った者達だった。


 国王カーティス=ゲイル=デジケイト。

 そして、第一王子クラウス=ゲイル=デジケイト。


 合わせて、別の扉から、リーンハルト=リンデン一代伯爵と、エイドリアン=エレンスキー大使、そして、デイトナーズ元公爵令息と思しき少年仮面が入ってきた。

 ドロシアは彼らに目に留めると、冷え切ったその表情を緩め、優しい声をかける。


「エイドリアン=エレンスキー大使。このような場にお越しいただき、誠に感謝いたします」

「いえいえ。貴国との良好な関係保持のためですから、お安い御用ですとも」

「リーンハルト=リンデン。よくやった。褒めて遣わすぞ」

「はっ。身に余る光栄でございます」

「ドビアス=デイトナーズもだ。よい子に育ったな」

「はっ、はいっ! うつくしき王妃殿下、ありがとうございます!」


 誉め言葉をさらりと受け取ったエイドリアンやリーンハルトと違い、ドビアスはどぎまぎしたような、あどけない表情で、ドロシアの言葉を受けとる。

 その様子に機嫌をよくしたのか、ドロシアはニッコリと心からの笑みを浮かべると、息を吐いてその表情を消し、今回の騒動の原因となった人物に目を移した。


「国王カーティス。このような形で話をすることになるとは、とても残念に思います」

「……どういうことだ。議長は、私のはずだ。なぜ王妃に過ぎないお前が、そこに居る!」

「国王が汚職に手を染めたのです。その場合、デジケイト王国法第七十八条の二第一項の規定に基づき、議長代理が議会を緊急招集し、国王の処分を定めることとなっています」

「汚職とはなんのことだ。私は知らんぞ! 冤罪でこのような会議を開くなど、お前自身のやっていることが汚職ではないか!」

「冤罪でございますか。これを見ても、そうお思いになりますか?」


 王妃ドロシアが手を叩くと、ダニエル=デイトナーズが手元の機械をこちょこちょと動かし、壇上につるされた白い布に、映像が照射された。


『私と妻の間は、既に冷え切っておる。しかし、私だって男だ。このつまらぬ人生の中で、最後に華を咲かせてもよかろう』

『……浮気のために、わざわざ薬を手に入れたかったと?』

『浮気とは心外だな。真実の愛のためだ』

『真実の愛、ですか。そのお相手にはさらにお相手がいるようですし、真実の愛とは思っていない気がしますが』


 カメラが二つあったのだろう。二つに分割された映像の中に映るのは、国王カーティスとリーンハルトだった。

 その会話内容に、国王は血の気が引いた顔をし、王妃も議員達も醒めた目で映像と彼を見比べている。


 バニラは気が付いた。

 何度も、『真実を知りたい』とだけ告げていた、リーンハルト=リンデン。


 このためだったのだ。


 この映像を王妃と議員に見せるために、あの男!


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