36 悪役一家没落の真実 2/2
本日2話目の投稿です。
「リーンハルト様。この場を設けて、一体、何をおっしゃりたいのですか」
「デイトナーズ公爵家を没落させたのは、あなたです。バニラ様」
「あたしは何もしていないわ。そんな能力もないし」
「いいえ、違います。あなたにはその能力があります。――人を動かして事を成し遂げる、傾国の才がね」
見つめあうリーンハルトとバニラに、周囲は誰も言葉を発しない。
ケビンはそんな様子を見ながら、ひとり優雅に出された紅茶を飲む。
「バニラ様。あなたは人を見る目のある方だ。誰がどのような欲望を持っているのか、よく見極めていらっしゃる」
「なんのことか、わかりかねますわ」
「真っすぐで折れることのない、太陽の下を歩くデイトナーズ公爵家。その陰に居る者達の欲望を、よくもまあ、これほどまでに引き出したものだ」
そう言いながら、リーンハルトは懐から複数枚の写真を取り出す。
「奥方との仲が冷え切り、若かりし頃の情熱を思い出したがっていた、国王カーティス。シンデナッフィーの利用希望を、デイトナーズ公爵に叩き折られたらしいですね」
国王の写真の隣に置いたのは、グスタフ=グルグニウム公爵の写真だ。
「幼馴染のダニエル=デイトナーズを妬み、憎々しく思っていたグスタフ=グルグニウム公爵」
そこからリーンハルトは、一つ一つの写真に解説を加えながら、丁寧に机に並べていった。
デイトナーズ一家に嫉妬する四大公。
デイジーやクラウスに嫉妬する側近候補の令息。
デイトナーズ公爵令嬢に仇なすことで、特別感を得ようとする貴族学園の令嬢達。
そして、婚約者デイジー=デイトナーズに嫉妬する、第一王子クラウス。
「皆の心をひとつにしたのは、他でもないあなたです。あなたを中心とする有象無象の力で、あなた方はデイトナーズ公爵家を取り潰し、ダニエル=デイトナーズとドビアス=デイトナーズをゲーイナー鉱山に追いやり、チェルシー=デイトナーズとデイジー=デイトナーズを評判の悪い家の下女として売り払った」
ダニエル達の行先を聞き、クラウスは「ゲーイナー鉱山!?」と仰天していた。どうやらこの第一王子は、まだ自分の行ったことを把握できていないらしい。とんだ低能である。やはり、神のシモベにふさわしくない。
そう思ったところで、口を開いたのは国王カーティスだ。
糾弾されたバニラ=キャンディは、肯定することも否定することもせず、ただ笑顔でその場を見ている。
「……だから、どうしたというのだ。貴殿が事実を掴んだとして、たかだか一代貴族に何ができる!」
「そうですね。相手は国王陛下にその嫡子、そして四大公だ。デイトナーズ一家の没落を願う者の力は大きく、対して、真実を知る私達は一貴族にすぎない」
「そうだ。そして、私は懐の大きい国主だ。この場で秘密を守ると誓うのであれば、見逃してやってもいい」
その歪んだ声に、クラウスは「父上! それは……」と声を上げる。
しかし、それだけだ。何を提案するべきなのか、どうこの場を収束させるべきなのか、クラウスにはわからないのだろう。宙に浮いたその言葉は、誰の耳にも届かない。
「なるほど。私達がこの場で陛下に忠誠を誓えば、それを信じていただけるのですね?」
「……。そうだな、そこの仮面二人を置いていけ。それで手打ちにしてやる」
「この二人を?」
「そうだ。身内の安全のためならば、諸君の口も重く固く閉じられよう。丁重に取り扱ってやる。この王国の力を尽くしてな」
「断ったらどうなるのでしょう」
「家に帰れないことを覚悟するといい」
国王が手を叩くと、周囲に国王直属の護衛達が集まり、周りを囲んできた。
唖然としている様子の女仮面の横で、少年仮面は「おお、今日日なかなか聞かない悪役台詞! 最高の演出です!」と現場中継のようなセリフを述べながら喜んでいる。
しかし、ケビンはそんなことには気が付かない。
あまりにも失礼な提案に、怒りを抑えるので精いっぱいだったからだ。
ケビンの神々をここに置いていく?
そんなことが許されると思っているのか。
「ケビン様。そのカップは多分高級品なので、取っ手を握り潰さないでください」
リーンハルトに叱られたので、ケビンは紅茶の入ったカップから手を放し、眉尻を下げた。
悪いのはどう考えても目の前の国王なのに、叱られたのはケビンだった。
理不尽である。
「さて、リンデン伯爵、ケレンスキー侯爵。どうするかね」
勝ち誇った様子の国王と、青ざめた第一王子、平然としている男爵令嬢。
しかし、リーンハルトはなぜか、愉快そうに声を上げて笑った。
「いやはや、想像どおりですね。あまりにも思ったとおりの展開で、笑いが止まりません」
「な、なんだと!?」
「ほら、ケビン様。言ったとおりじゃないですか。もう仕方ありませんね?」
「……」
「ケビン様」
「わかった。でも、親には言うなよ」
「まあ、どこまで情報制限できるか試してみましょう」
それだけ言うと、今度はリーンハルトが手を叩く。
すると、その合図を聞いたのか、庭に面した中央テラス席に一人の壮年の男性が現れた。
白髪混じりのこげ茶色の髪を持つ、優し気な目元の男性だ。
その男に見覚えがあったのか、国王は目を見開く。
「な、なぜ貴殿が、ここに」
「いえね、呼ばれたんですよ。それでこちらに参じました。朝早くからお邪魔いたします」
「なぜ彼を呼んだんだ、リンデン伯爵! こんな場に、外国の……」
「こんな場だから参じたのですよ、カーティス国王陛下。我がエレンスキー王国にも関係する事態になりかねないと考えましてね」
現れた男は、エレンスキー王国大使。
名を、エイドリアン=エレンスキーという。
エレンスキー王国の現国王アドルフ=K=エレンスキーの叔父である彼は、エレンスキーの姓を名乗っているのだ。
どこかの一代侯爵と同様に、枯れ木のような細身の体をした隣国大使は、外交官ならではのにこやかな笑顔で、カツカツと靴を鳴らしながら、ケビンの隣にやってくる。
「やあ、ケビン。元気にしている様子でなによりだ」
「……別に、元気にしていません」
「なんだなんだ、照れているのか。先週の夜会ではお前が主役だったじゃないか」
「違います。主役は私ではありません」
「そうかそうか、お前の神が主役だったな。まったく、もう二十歳になるというのに、拗らせたものだ」
プイと横を向くケビンの頭を、エレンスキー王国の大使エイドリアンはわしゃわしゃとなでる。髪はぐしゃぐしゃになったけれども、文句を言っても無駄なので、ケビンはただひたすら時が過ぎるのを待つことにする。
その様子を見て声を上げたのは、もちろん国王カーティスだ。
「エ、エ、エレンスキー閣下! 貴殿とその、ケレンスキー侯爵の関係は……」
「おや、ご存じなかったのかな? 私はね、これの大叔父なんですよ」
「大叔父……それは、侯爵の母方の……」
「残念ながら父方ですね」
「なんとまあ、諦めが悪いですねえ。苗字でわかるでしょうに」
リーンハルトの煽り言葉に、国王カーティスは青い顔で振り向く。
「我が主人である一代侯爵ケビン=ケレンスキーの隣国名は、ケビン=K=エレンスキー。エレンスキー王国の第三王子でございます」
「……貴国に住まわせてもらってます、隣国第三王子のケビン=K=エレンスキーです。この国で建てたおうちに四人で帰りたいと思っています。よろしくお願いします」
ケビンがそう告げると、カーティスは真っ白な顔で灰のように燃え尽きた。