35 悪役一家没落の真実 1/2
「さあ、真実の話を始めましょうか」
リーンハルトの言葉に、呼びつけた参加者は青ざめた顔で周囲を窺っている。
この場に居るのは、国王カーティス=ゲイル=デジケイト。
第一王子クラウス=ゲイル=デジケイト。
その婚約者候補である男爵令嬢バニラ=キャンディ。
そして、この場を主宰している一代伯爵リーンハルト=リンデン。
その付き添いでこの場に居る、一代侯爵ケビン=ケレンスキーと、ついてくると言ってきかなかった問題児仮面二人である。
座るケビンの背後に立つ二人に、ケビンが困ったように目線を送ると、女仮面は慌てた様子でプイッと顔を背け、少年仮面はブイッとピースサインをしてきた。
女仮面は横を向いたら色々と台無しなのだが、まあ少年仮面も居るし、問題ないか……?
そう思いながらも、ケビンは正面に向き直る。
デジケイト王国の国王カーティスは、想像していたよりも顔のいい男であった。
淡い水色の瞳や目元の雰囲気は、第一王子クラウスとよく似ている。ダークブロンドの髪は、第一王子には引き継がれなかったようだ。きっと奥方が――王妃が、ホワイトブロンドの女性なのだろう。
少し腹はたるんでいるものの、若かりし頃は割と異性関係に苦労しなかったであろうことが窺われる。
いや、それにしては子どもが少ない気がする。確か、王子がたった二人しか居ないんだったか。ケビンの居たエレンスキー王国の国王は子だくさんだったので、それと比べると不思議なほど少人数である。
そんなふうに思案しながら国王を眺めていると、彼はムッとした顔をして発言した。
「真実……? 急に呼び出しておいて何を言い出すんだ、リンデン伯爵」
「国王陛下がこの場にお越しくださったと言うことは、お心当たりがあるということなのでしょう?」
リーンハルトの言葉に、国王は不機嫌そうに口を噤む。
その横から、「あの……」と小さな声が上がった。
声の主はバニラだ。
「あの。そこに居るデイトナーズ元公爵令嬢と元公爵令息は一体なんなんですか?」
ギクッとした様子の仮面姉弟に、二人をずっとジト目で見ていたクラウスは「やっぱり! なんでここに!」と立ち上がり、国王はギョッと目を剥いている。
「あー、この二人はですね。正体不明の、ケレンスキー侯爵の護衛です」
「護衛? お二人のほうが、護衛が必要そうですが」
「いいんですよ。本人達がそのつもりなので」
「……ここで話すことなど何もない。私は失礼する!」
「陛下、よろしいのですか? シンデナッフィーの販売ルートを押さえた証拠があるのですが」
立ち上がろうとした国王が動きを止めたので、リーンハルトは持参したカバンから書類をいくつか取り出し、机に並べていく。
そこに並ぶ書面には、禁制品であるシンデナッフィーの入手ルートが複数書かれており、契約書等の証拠資料の写しも添付されているようだ。
「この残念な顧客リストに、尊い我らが主君カーティス陛下もいらっしゃるようなのですが、本当に何も話すことはありませんか?」
リーンハルトの愉しそうな顔に、国王は青ざめながらも席に座り直し、不届きな一代伯爵を睨みつける。
その横で、「ち、父上……?」とクラウス第一王子が国王よりも青ざめていた。
さらにその隣に座るバニラは、冷めた目で父子を見ている。
「こんなものは、偽の資料だ。誰が信じるというのだ」
「議会の皆様は信じてくださるのではないでしょうか」
「!」
「新聞社の皆様も、喜んで内容を精査してくださることでしょうね。ああ、もしかすると、デジケイト王国内の新聞社は、取り合ってくださらない可能性はあるかもしれませんが、他国の新聞社であればどうでしょうか」
「……何が望みだ」
「おや、何かを要求したと思われたのでしたら、心外です。私は真実を知りたいだけなのです」
「知ってどうする。それを使って、私を追い落とそうというのか」
「内容次第ですが、このシンデナッフィーを用いたあらぬ罪で、地位も財も奪われた知り合いが近くに居るのでね。多少の復権くらいはしていただきたいところです」
肩をすくめるリーンハルトに、国王カーティスは長い息を吐く。
そして、静かに切り出した。
「女子どもを伴ってここに来るとは、あまりにも不注意ではないかね」
「おや。怖いことをおっしゃりますね」
「一般的な意見を述べただけだ。私には、権力がある。それは貴殿が持つものよりも、はるかに強い」
「そうでございますか」
「金が欲しいのか。それとも、シンデナッフィーの販売権か? 事は穏やかに済ませたい」
「金には困っていません。そういう後ろ暗い商売に関わるつもりもありません。ただ、私どもとしても、欲しいものはあります」
「それはなんだ」
「ですから、真実です。どうしてそんなもののために、デイトナーズ公爵家を取り潰したのですか?」
美しい奥様が居て、子どもも二人居て、健康管理をしてくれる使用人達も居て、精神的ケアをするカウンセラーも控えていて、シンデナッフィーと違って禁制品ではない市販のバーイアッグラも使いたい放題なのに、なぜ。
ちなみに、バーイアッグラのワードを聞いた女仮面は仰天し、少年仮面は「姉様、バーイアッグラってなに?」と純真無垢な質問を女仮面に投げかけていた。
そういえば、二人にはシンデナッフィーが禁制品であることしか伝えていなかったかもしれない。
色々と失態である。
「私と妻の間は、既に冷え切っておる。しかし、私だって男だ。このつまらぬ人生の中で、最後に華を咲かせてもよかろう」
「……浮気のために、わざわざ薬を手に入れたかったと?」
「浮気とは心外だな。真実の愛のためだ」
「真実の愛、ですか。そのお相手にはさらにお相手がいるようですし、真実の愛とは思っていない気がしますが」
ちらりとリーンハルトがバニラを見ると、クラウスがギョッとした顔で父王とバニラを見比べた。女仮面も「え!? そっちもですの!?」と仰天しており、少年仮面は「僕達子ども勢には勉強になるお茶会だなあ」と、お茶会の様子を俯瞰しながら、頭の後ろで腕組みをしている。
一方、バニラは美しい笑顔で動じる様子を見せずに切り返してくる。