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34 早すぎる茶会


「バニラ様。国王陛下より、来客対応で九時に中央テラス席に来るようにと伝言がありました。クラウス殿下が隣室の客間に居るので、共に来るようにと」

「えっ、朝からお茶? 朝食を済ませたばかりなのに、どういうことなのかしら。来客も主催者もセンスがないわね」

「……」

「あ、ごめんなさいね。あなたは関係ないのに。朝早くからありがとう。行きますとお伝えして。クラウスにもね」

「承知いたしました。では失礼いたします」


 頭を下げて立ち去る侍女に、バニラはふうとため息を吐く。


 バニラの日々やることといえば、王太子妃教育を受けること、そして、来客の対応をすることくらいだった。

 来客と言っても、国への賓客や官僚達ではない。バニラ個人に訪問をかけてくる人の対応である。


 それは、バニラが貴族学園に入学する前の生活と比べれば、はるかに優良なもので、それがいつまでも続く物ではないことは、バニラが一番よく知っていた。


『彼女はお前のような恩知らずを一緒に育てていいと言ってくれているんだ、感謝しろ!』


『あの女の子どもを、どうして私が……』


『お前なんかに価値はないんだ。お義父様もお母様も、いつだってそう言ってるだろ』


『早く皿洗いを済ませなさいよ。あたしの用事が待ってるんだからね、この愚図!』


 ぎり、と歯を食いしばったバニラは、鏡の中の自分の表情に気が付き、慌てて頬の筋肉を両手で緩める。


 いけない、いけない。

 あんな廃棄物(ゴミ)達に、引きずられてしまうところだった。


 バニラは長く息を吐くと、そろそろ部屋を出るかと立ち上がる。


 彼女は、男爵家の娘だ。

 だけど、本当にそれだけだった。


 そして、それで十分だ。

 バニラの立つ場所は、バニラが作っていけばいい。


「そろそろ行くわ」

「かしこまりまして」


 侍女達を引き連れ、バニラは中央テラス席の隣の客間へと向かっていく。


 美しい刺繍が施された、輝くような水色のデイドレス。くるぶし丈のドレスの裾からは、少し低めの桃色の靴が垣間見える。男心をくすぐるよう、髪は柔らかく結わえられ、唇は桃色のルージュで艶やかな魅力を演出している。輝くお飾り、美しい爪、そうして飾られてなお、主役の座を譲らないバニラ自身の若さと愛らしさ。

 砂糖菓子のようなその姿は、彼女の武装なのだ。

 外界からバニラの心を守るための、戦装束。


 いつも右腕に仕込み、肌身離さず持っている杖に左手で触れながら、バニラは唇を引き結ぶ。


 ――()()()は、バニラ。

 お馬鹿で、あなどりやすくて、王太子妃にするなんてとんでもない、男遊びの止まらない、ふざけた女性(にょしょう)……。


『あなたは賢い人ですから』


 ドッと心臓が跳ねて、バニラは再度、歯を食いしばってしまう。


(なんなの、あの男は。こっちのことなんて、なんにも知らないくせに……!)


 その黒い影を振り払うように、バニラは首を横に振る。


『またお会いしましょう』


 あのときの黒縁眼鏡が、脳裏から離れない。


『あなたに会いにいきます』


 自分が、馬鹿になっているのはわかっている。

 あの男は、デイジー=デイトナーズのものだ。

 少なくとも、あの女が手放すとは思わないし、彼がバニラになびくとは思えない。


 そう自分を冷静にさせようと深呼吸をしていると、脳裏にあの言葉が思い浮かんだ


『――お前みたいな汚いゴミになびく男なんているわけないだろう!』


 冷水を浴びせられたように静まり返った胸の内に、バニラはふ、と小さくほほ笑む。


(あの言葉だけはありがたいわね。そうよ。あたしに心からなびく男だなんて、居るわけがない)


 だから、刻んでいくのだ。

 生きた証を、彼らの心に彫り込んでいく。

 それは、汚物をなすりつけるように。

 傷口に塩を塗り込むように――。



   ~✿~✿~✿~


「おはようございます。ごきげんよう、クラウス殿下、バニラ様」


 バニラは息を呑んだ。


 挨拶をしながら席から立ち上がったのは、茶色の髪の中肉中背の男だ。

 ダークブルーの瞳が理知的な、比較的若い男である。多分ぎりぎり二十代くらいか。


 その隣に居るのは、先ほどまでバニラが思い返していたあの男だった。


 ケビン=ケレンスキー侯爵。


 整えた黒髪をさらりと揺らし、黒縁眼鏡の奥から、紫色の瞳が優しげに揺らめく。


 ケレンスキー侯爵の後ろには、謎の仮面女騎士(妙に巨乳)と、仮面騎士コスプレ少年が控えている。

 その向かいには、困惑した表情の国王カーティス=ゲイル=デジケイト。


「ごきげんよう、バニラ様。またお会いしましたね」


 この言葉に浮かれてしまうほど、バニラは能天気ではない。



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