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33 離反を許さない傾国の悪女

バニラ視点です。

少し時をさかのぼります。


 バニラは三日目の夜会が終わってからというもの、ずっと苛立っていた。


 クラウスの様子がおかしいのだ。

 自室で塞ぎ込み、外に出ることをしない。

 おかげでバニラは、夜会の四日目と五日目に出席することができなかった。

 とんだ災難である。


(一体なんなのよ、もう!)


 いや、その理由はわかっている。

 クラウスとバニラの目の前に現れた、あの女だ。

 追い落としたはずの、デイジー=デイトナーズ。

 彼女がクラウスの前に現れたことで、何年もかけて作り上げてきたものが、崩れつつあるのだ。


 夜会の行われた週の翌月曜日に、ようやく話ができたと思ったら、どうにもろくな顔色をしていない。

 そこで仕方なく慰めようとしたところ、クラウスがまた馬鹿げたことを言いだしたのだ。


「クラウスったら。あんな女のこと、もう気にしちゃダメよ」

「違うんだ、バニラ」

「クラウス?」

「あの女のせいじゃない。悪かったのは、デイジーだけじゃないんだ。私は……」

「ちょ、ちょっと。突然何を言い出すの?」

「バニラ。君はデイジーに何をしたんだ」

「え?」

「デイジーをシモニーク男爵の下女として売り払ったというのは本当か?」


 クラウスの言葉に、バニラは顔から表情を消す。

 その変化に、クラウスはためらうようにしながらも、言葉を繋げた。


「もし君が、デイジーを本当に、そこまで陥れたのだとしたら」

「だったら、なんだっていうの?」

「私はそんなことまで、頼んでない!」

「あたしは知らないわ」


 バニラの言葉に、クラウスは希望を見つけたような顔をする。


 その嬉しそうな顔に、心が冷えていくのを感じた。

 希望なんてあるはずがないのに、馬鹿な男だ。

 バニラがクラウスのために作り上げていた都合のいい世界を、クラウスが自分で破るというのであれば――クラウスの都合のいい結論など、存在するわけがないのに。


「あたしは知らない。あたしはただの男爵家の娘なの。人の陥れ方なんて、知らない。どうやったら彼女を男爵家に売ることができるのか、どうして確固とした証拠もないのに、あたしの訴えだけで兵士達が公爵令嬢である彼女を連行できたのか、どうして彼女も彼女の家も、五大公のひとつだっていうのに、裁判にかけられることすらなく断罪されたのか」

「――バニラ! だ、だけど、それは」

「あなたよ、クラウス。あなたが先頭に居たから、すべては起こったの」


 絶句するクラウスに、バニラは手を緩めない。


 なにしろ、この男はこの期に及んでまだ、免罪符を()()()()()()ことを待っているのだ。


 好きな女が自分より優れていると拗ね、自らを伸ばして好きな女を追い越すことを諦め、バニラという鎮痛剤ですべてに目をふさいでこの三年を過ごしてきた怠惰な男。

 ここでようやく、かの元公爵令嬢はさほど悪くないのだと気が付き始めたと思ったら、今度はすべてをバニラになすりつけようとしてくるとは見上げたものだ。

 この男の中では、いつもいつでも自分は被害者なのだ。

 何も知らずに目をふさいでいても許される、守られるべき存在で、すべては自分のせいではなくて、教えてくれなかった人が悪くて、悪いことが起きたときは事を運んだ悪人が存在していて、つらい思いをしたのであれば、配慮しなかった側に悪があって。


 なんという傲慢で矮小で卑怯で不快な男なのだろう。


「クラウス。あなたはこの国の王子なのよ」

「それは……」

「みんなに敬われている、この国で最も高貴な一族の次期当主。将来国主としてこの国を治めるであろうあなたがあたしを一番推して、婚約者にしたいとまで言い放ったから、みんなが安心して動いたの」

「そんな、違う。わ、私は――僕は、何もしていない」

「実際に手を下す立場ではなかったわね」

「……お前は、言ったじゃないか! お前が、自分を婚約者にするなら、デイジーを僕の視界から排除すると言った! だから僕は、それに賛同しただけだ!」

「そうよ。そしてあの卒業式の後、それは実現したでしょう?」

「その後、彼女を下賤な男の家に下女として売るようになんて言っていない!!」

「でも、そうするなとも言わなかったわ」


 バニラの言葉は、クラウスを暗い世界へと追い詰めていく。


 自分だけが大好きなこの男は、本当に弱い。

 その心を守るため、正義感という盾にすがるように、自分達のしたことを他の者に言いかねない。

 そうして真実を語るとき、彼の心は癒され、懺悔をしたことの報いとして、自分だけは助けてくれとすがるのだろう。


 そんなこと、誰が許すっていうの。


「あなたは、彼女の家を追い落とそうとする周囲に対して、何も言わなかったわ。そこまでひどいことをしなくてもいいと、父親を留めなかった。四大公に苦言を呈さなかった。そもそも、自分のしたことを最後まで見届けなかった。知らなかった、確かめなかった、把握していなかった。そういうのはね、この国に生きる一人の無能な男性としては問題ないことだし、例えばあたしのように、一介の男爵家の長女ならばなんの支障もなかったと思うけれど――あなたは立場と権力を持った王子様よね」


 クラウスの周りには、たくさんの権力を持った家の令息達が居た。

 側近候補であった彼らは、まじめで、エリートとして育てられ、純粋培養で、世間にも女性にも慣れていなくて、クラウスのことをよく聞き、バニラの手にもあっという間に堕ちてきた。


 クラウスの周りには、たくさんの権力を持った大人達が居た。

 国王も四大公も、常にストレスとうっぷんを抱えており、癒しとゆとりとまやかしを求めていた。


 そうしてバニラにすがってきた彼らはしかし、有象無象にすぎないのだ。

 その中心には、クラウスが居る。

 だって、クラウスは未来の最高権力者で、その立場をもってして、バニラの身を保証した人物なのだから。


「お義父様、四大公のおじ様達も、他のみんなも、全員があたしとクラウスのために動いてくれたわ」

「……違う。みんなは、バニラ、君のためだけに」

「何を言っているのよ。それこそ、違うわ。そもそも、なんであたしがデイトナーズ一家を追い落とさないといけないの?」


 言葉もないクラウスに、バニラは本当に不思議なものを見たような気持になる。


「あたしの想いじゃないわ。みんながそうしたかったんじゃない」

「……そ、んな……」


 クラウスが、デイジー様を見えないところにやりたかったのだ。

 国王陛下や四大公のおじ様達が、デイトナーズ一家をわずらわしいと思っていた。

 クラウスの周りに居た貴族の令息達が、デイトナーズ一家という公爵家の存在を恣意的に追いやることで、自分には力があると思い込みたかった。

 デイジー様よりも努力できない令嬢達は、彼女が追いやられる姿を見ることで、努力では報われることのない現実があるのだと彼女に思い知らせることで、うっぷんを晴らしたかった。


「あたしは、みんなの背中を押してあげただけ。そうして集まった力で、みんなが望みを実現したの。それは、あたしのせいなのかしら?」


 そこまで聞いたクラウスは、もはや白い顔をしながら、ただ自分の手を握り締めて、バニラを見ている。


「クラウス。あなたが知らなくても、そうしたつもりがなくても、すべてはあなたを筆頭にしたみんなの欲望が生み出したことなの。その責任はきっと、あなたにも降りかかってくる。どうすればいいか、身の振り方を考えることね」


 そう言って、バニラはクラウスの部屋から出た。


 足早に自室に戻りながら、思わず親指の爪をかむ。

 クラウスには偉そうなことを言ったけれども、身の振り方を考えなけらばならないのは、バニラも一緒だ。


(そろそろだとは思っていたけれど、予想以上に早いわね)


 折れそうになっている寄生(やどり)木から、早々に離れなければ。


 そう考えるバニラの元に、ある人物が現れたのは、その週の金曜日の朝のことだ。



読者様30人くらいと作者のみ……とぽろっと呟いたら、沢山のスタンプと感想をいただいて仰天しました。

どうもありがとうございます! 頑張ります!

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