32 穏やかな朝からそれは始まった
グスタフ=グルグルニウムは、その日、王宮に呼び出されていた。
五大公――いや、一人消えたんだった――四大公と国王で、緊急で協議をする必要があるというのだ。
めずらしく朝早い招集に、グルグルニウムは面倒に思いながらも、早めの朝食を終え、馬車に乗り込む。
先週は五日間、王国最大級の夜会が開かれていた。
グスタフは四大公であるし、顔を広くする大きなチャンスではあるので、毎年五日とも出席するようにしていた。
しかし、寄る年波のせいなのか、グスタフは三日目の夜、体調を崩し、公爵となってから初めて、王宮の夜会を休んだのである。
そしてまさかのその日、驚くべきことが起こったのだと、報告を受けたのだ。
(デイトナーズ一族の娘が現れただと……!?)
なにかの見間違いではないかと、代わりに出席させていた派閥の貴族達に詰め寄ったけれども、彼らは本当だと言い張るばかりであった。
『ケレンスキー侯爵が、連れていたんです!』
『それはもう、美しいドレスを着ていました』
『多分、会場で一番金がかかっていたんじゃないでしょうか』
『正直、王妃殿下よりも……あ、いえ、その……』
『最後のサプライズイベントでも、デイトナーズ一家って書いてあったんです!』
(書いてあったってなんだ! ケビン=ケレンスキー侯爵が連れていただと……!?)
ケビン=ケレンスキー侯爵といえば、このデジケイト王国で有名な発明家だ。
トイレタンクを始め、数多くの便利な品を次々に生み出し、この国に貢献してきた。
彼は姿を現さず、リーンハルト社を通して、淡々と製品を売り続けている。
それがまた、暴利と言うわけではなく、絶妙な価格を攻めてくるので、彼に対する感謝が生まれこそすれ、反感が生じないのだ。現に彼らが特許取得しているトイレタンクは国中に普及し、町の清潔感と病気の予防という面で国民の生活を著しく向上させたが、値を吊り上げることを一切しない。まるで、利権を得ることではなく、町の清潔感と病気の予防自体が目的であったかのような商売のやり方だ。彼らのその手法は、国民の気持ちを大きく掴んだ。リーンハルト社製のケレンスキー新製品が発売開始されると、貴族、平民を問わず小売店に人が殺到するような、驚異のブランド力を確立したのである。
(私もぜひ、直接お会いして、よしみを結びたかったのだが……デイトナーズ一家だと……)
どういうことだ。
なぜ、追い落としたはずのその名前が出てくる。
『はっはっは、グルグルニウム公爵。貴殿はいつも景気よく商売をしているのに、景気の悪い顔をしているなあ。もっと爽やかに笑いたまえよ』
(お前が! 目の前に居るからだ!!!)
脳裏に浮かんだ幼馴染の言葉に、グルグニウム公爵はギリ、と歯がみする。
(せっかく半年経って、忘れかけていたというのに……!)
おそらくこの緊急招集も、デイトナーズ一家に関してのことだろう。
年末パーティの後、年が明けてしばらくは、通常、王族や官僚達も長期休暇に入るものだ。翌週の金曜日とはいえ、こうして呼び出しが来るなど、秘密裏に相談したい内容があるに違いない。
そう思いながら、ポケットに潜ませておいたアーモンドを食べつつ、先週の夜会で蓄えてしまった体の肉をさする。稼いだ金を肉に昇華したその体は、少なからずグスタフの体力をむしばんでいる。冬は特に、社交と食事と事務仕事に時間を費やしてしまうが、少しは運動をしなければならないか。
筋肉や運動と言う言葉は、あの腹立たしい幼馴染を彷彿とさせるので、はらわたが煮えくり返るほど嫌いなのだが、健康には変えられまい。
憂鬱な気持ちで王宮に向かうグスタフ=グルグルニウム。
彼の予想は、確かに間違ってはいなかった。
しかし、事態はもう少し、予想の先を行っていたのだ。
「グルグルニウム公爵、お待ちしておりました」
馬車から降り立ち、御者から杖を受け取ると、グスタフは案内役の王宮使用人の後ろをついていく。
それとなく、周囲に護衛が多い気がするのは、きっと気のせいだろう。
「まだ年明け休暇中だろうに、君達も精が出ることだな」
「いえ、これが職務ですので」
「そうか。いやはや、まじめなことだ。そんなことでは、気晴らしに旅に出ることもできないだろうに」
ハハハと笑うグスタフに、使用人達は答えを返さない。
無表情で愛想のない彼らに、グスタフはムッと眉をしかめる。
(愛想のないことだ。程度が知れる。こいつらは辞めさせるべきだな)
あとで国王に告げ口をしておくべきかと考えながら、グスタフは歩みを進める。
高い天井に美しい壁紙を使った贅沢なつくりの王宮は、暖房設備に乏しく、コートを着ていても冷えこんでくる。若干白い息に苦笑しながら進んでいき、ふと、案内役が思わぬ方向に向かっていることに気が付いた。
「おい、君。どうしたんだ。こっちじゃないだろう」
「いいえ、グルグルニウム公爵閣下。閣下をこちらにお連れするよう、言いつけられております」
「国王陛下にか? いや、おかしい。陛下がそんなことを言うはずはなかろう。何かの間違いだ、確認をしてから――」
「――公爵閣下」
槍を持った護衛二人に挟まれ、グスタフは息を呑む。
「申し訳ございません。私どもは、閣下を連れてくるようにと、厳命されております」
「一緒に来ていただけますでしょうか」
槍を突き付けているとか、そういうことではない。
しかし、グスタフが怒って踵を返せば、この護衛達はきっと、グスタフに刃を向けることをためらわないだろう。
そのことだけが、グスタフにもわかった。
「……どういうことだ。私を、誰だと思っているんだ!」
その質問に、護衛達は答えない。
案内役も、何も答えずに、そのままグスタフに背を向けると、先へと進んでいく。
そうしてたどり着いた場所に、グスタフは青ざめた。
ここは……。
「公爵閣下。お入りください」
グスタフが、よく見知ったその扉の前に立つと、使用人達がその扉をゆっくりと開く。
そこは、議場だった。
議会を開く場所。
この時期に開かれていないはずの、この王宮の中で最も大きい、円形の会議場。
座席に座っているのは、居るはずのない議員達、そして、一般来場者用の席に、見覚えのある顔が居る。
彼はグスタフの顔を見ると、目を丸くした後、くしゃっと破顔した。
「おお、我が幼馴染よ! 久しぶりだな、グスタフ!」
その正体はもちろん、ダニエル=デイトナーズ。
グスタフはたった十カ月程度で、憎き宿敵と再会することになったのである。
たぶん30人くらいの読者さんと作者しかいないニッチアイランド化している本作品
いただいたアイコンをやる気に変換して続きを書いています
ありがとうございます