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31 思い出の夜空


 きらきらと虹色に輝く床を踏みながら、ケビンとデイジーはテラス席を離れていく。きらびやかな衣装に身を包んだ二人が、手を取り合って夜空に向かって歩いていくその様は、側から見ると優雅極まりない幻想的な光景であった。


 しかし、実際には、二人の間ではこんな会話が交わされていた。


「ケビン様、この床、踏むと消えてしまいますの!?」

「そうです。時間経過か一定の負荷がかかると、弾けるように消えてしまいます」

「早急に降りましょう!」

「勢いをつけると、すぐに割れて落ちてしまいますよ。頭を真っ白に、心を無にしたまま、ゆったり跳ねるように歩くのが、この場を生き抜くコツです」

「奥義をありがとうございます!?」

「……先ほどまでは怒っていて気が付きませんでしたが、これは怖いですね……」

「この高さで我に返らないでくださいまし!!!」


 我に返った震えるケビンは、必死の形相のデイジーにねだられ、庭園に向かって道を作り、その高度を下げていく。

 中庭の中心にある噴水の前に降り立った二人は、あまりの恐怖にそのまま地面にへたり込んだ。

 二分ほどそうしていると、心臓の音が落ち着いたので、ケビンはデイジーに小さなオイルランプを差し出した。


「デイジー様、これを」

「……これは」


 パッと顔を上げるデイジーに、ケビンは頷く。

 この反応を見るに、きっと説明は要らないだろう。


「覚えていらっしゃいましたか」

「はい」


 デイジーは、ケビンの手にあるオイルランプを、大切そうに受け取る。

 そして、そのランプをためすがめつ眺めた後、興奮が隠しきれない顔でケビンを見た。


「誰が見てもきらきら輝いていて、こするとランプの精霊が出てくる、みんなが楽しめる魔道具?」

「それは、やってみないとわかりません」

「絶対そうです。ケビン様が、作らないはずないもの!」

「では、どうぞ?」


 嬉しそうに微笑んでいるケビンの目の前で、デイジーは左手に乗せた美しいオイルランプを、右手で三度こする。

 すると、オイルランプの口からもくもくと煙が出てきて、手のひらサイズの青い雲のような姿を形取った。

 中心部にハリネズミのような目と口と鼻が現れ、ぱちぱちと目を瞬きながら、ランプを手にしたデイジーを見ている。


『オイラに何か御用かい!』

「わ、可愛い!」

『そうさ、オイラは可愛いランプの精だ。お願いごとがあるなら、三つまで聞いてやる!』

「……三回だけですか」

「それは仕様です、デイジー様。実際は何回でも起動しますよ」

『おいおい、兄ちゃん。それを言ったら台無しだぜ』


 ランプの精霊(仮)は、ハリネズミそっくりの小さな手を、ノンノン!と横に振る。


「ランプの精霊さん、じゃあ、お願いをしたいのですが」

『おう、なんでも聞いてやるぜ! 聞くだけだ!』

「聞くだけ!?」

『オイラが使える魔法は、これだけだからな』


 ふわりとランプの精霊の前に、雲で書いたような光の文字が浮かんでくる。


 一つ、きらきら楽しい魔法!


 二つ、わくわく興奮する魔法!


 三つ、どきどき幸せいっぱいの魔法!


「違いはなんですか?」

『正解は一つだけだ!』

「え!?」

『おまえさんなら、正解がわかるはずだ。オイラの最初の主人だからな!』

「……ちょっと、私の知っている話と違うようですよ、ケビン様?」

「私の神にしか使えない仕様にしてみました」


 ケビンがそう告げると、デイジーは嬉しさをかみしめるような顔をする。


「ランプの精霊さん。きらきら楽しい魔法を、お願い」


 それは、奇跡の光景だった。


 ケビンとデイジーが居る噴水を中心として、淡い光がほとばしる。

 次の瞬間にはそれが弾け、色とりどりの光の粒が、蛍のようにあたり一面に浮かび上がった。

 きらきらと輝くそのまばゆい光を、デイジーは目を輝かせて見つめている。


 これは、ケビンがデイジーと出会ったあの日、ケビンが使っていた魔道具を元にした作品だった。


 誰に見せるでもなく作ったそれを、隣国から来た公爵家の四人は、これ以上なく褒めたたえ、喜んでくれた。


 ずっとずっと、彼らにこれを見せたかったのだ。

 十一歳のあのときにもらった楽しい気持ちを、大切な思い出をくれた人に返したかった。


「――紳士淑女の皆様! 今日という日の夜会を楽しんでいますか? 本日のサプライズイベント、ケレンスキー侯爵による光の庭です! どうぞ中庭へ!」


 司会の声と共に、会場の中に居た参加者達が、次々に中庭へと出てくる。

 輝くその庭園に、女性達は声を上げて喜び、男性達も目を見張っている。


「すごいわ……」

「こんなの見たことないぞ」

「火の粉じゃないな。熱がない……これは一体」

「これは美しい……」


 暗闇に沈んでいた中庭は今、虹色に輝く小さな光で満ちていた。

 参加者達の美しい衣装もあいまって、幻想的な光景を生み出している。


 誰もがその光景に見とれている中、ケビンの神が声を上げた。


「ケビン様、ドレスがすごいです!」


 デイジーがくるくると回ると、彼女のドレスからもふわふわと光がこぼれていく。彼女が楽しそうにドレスをひらめかせると、そのたびに光が舞い、周囲の夜会参加者達も、その美しさに酔いしれる。


 宝石をちりばめたデイジーのドレスに、魔石を仕込んでおいたのだ。

 案の定、ケビンのサプライズに、ケビンの神はこれ以上なく喜んでくれたようだ。


「デイジー様。もうひとつ、仕掛けがあります」

「!」

「ランプの精霊に聞いてみてください」


 デイジーがランプの精霊に話しかけると、彼はハリネズミのような鼻を揺らしながら、うんうんと頷く。


『おうおう、お嬢ちゃん。オイラのとっておきが見たいんだな?』

「はい。どうしたらいいですか?」

『じゃあ、オイラの創造主にとっての神の名前を言ってみな!』

「えっ、神!?」

『おや、お嬢ちゃん。わからないのかい?』


 デイジーは目を丸くした後、くすくす笑いながら、デイトナーズ一家の名前を唱える。


「ダニエル=デイトナーズ?」

『当たりだ!』

「チェルシー=デイトナーズ」

『おうっ、よく知ってるな!』

「ドビアス=デイトナーズ……」

『あと一人だ! お嬢ちゃん、ちゃんと知ってるかい?』


「ケビン様のことが大好きな、デイジー=デイトナーズ」


『――クリアだ! 嬢ちゃんに、とっておきをみせてやろう!』


 ハリネズミ精霊がくるくると小さな手を回すと、その手から、光が空に向かってほとばしった。

 空中で打ち上げ花火のようにはじけ、ワッと声が上がる。

 はじけた光はそのまま、花の形を描き、その中心に、光の文字が現れた。

 書かれた文字の内容は、こうだ。


 ――すべてのデビュタントの令嬢と、親愛なるデイトナーズ一家へ。


 あまりの美しさに大きな拍手が起こる中、感極まった様子で空を見つめるデイジーの横で、ケビンはこう呟く。


「デイジー様。デビュタント、おめでとうございます」

「……ケビン様」

「デビュタントの女性が居る夜会には、入り口に白い花が飾られると聞きました。だから、先ほど空に咲いた花を、あなたに贈ります。デイジー様はもう大人の女性ですから、あんな変な男に近づいてはいけませんよ」


 ケビンは二十歳で、すっかり大人なのだ。この五年間ろくにお外に出ていないけれども、対人スキルはからっきしだけれども、一応、体だけは二年前から大人だ。だから、大人として、大人入門者のデイジーを導かねばならない。特に、デイジーの近くにはアレのような変な輩がうろうろしているのだ。体と心の安全のために、変な男に近づかないという本人の強い意志がなによりも大切だ。


 そんなふうに背伸びをして諭したケビンに、デイジーは目を丸くした後、言葉を選ぶようにして、尋ねてくる。


「変な男、というと?」

「アレみたいな男です」

「アレですか」

「はい、アレです。欲しがるばかりで、与えることを知らない男です」

「……確かにあの人は、誰かに何かしてあげたいと思ったことがなさそうだわ」

「デイトナーズ一家の皆さんは、沢山のものを与えてくれる人達です。欲しがるばかりで受け止められない人と一緒に居るのは、だめですよ」

「恩返しをしてくれる殿方は、どうですか?」


 デイジーの言葉に、ケビンは目を瞬く。


「ケビン様。私、ある男の人が気になっているんです」

「そうなのですか?」

「その人は、いつも私だけじゃなくて、両親や弟にも優しくしてくれるんです」

「ほう」

「すごく尽くしてくれるので、私達も恩返しをしようとするんですけれども、彼は『恩返しをしているのは自分だ』と言って、さらに親切にしてくださるんです」

「いいですね」

「ですよね? そういう殿方なら、お付き合いしても大丈夫でしょうか」

「直接会ったわけではないので、絶対とは言えませんが、聞く限り素敵な男性なのではないでしょうか」

「そうですよね。では、ケビン様。協力してくれますか?」


 ケビンの右腕に腕を絡めてくるデイジーに、ケビンは不思議に思いながらも頷く。


「当然です。デイジー様が幸せになるためなら、私は努力を惜しみません」

「そうですか。約束ですよ?」

「はい、約束です」

「ふふ、よかった。じゃあ、本当に協力してくださいね」

「はい。ところで、その幸運な男は、一体誰なんでしょう」

「そのうちわかると思いますが、その、時期を見てお話しますね」

「わかりました。なるほど、心の準備が必要なのですね」

「そうなんです。さすがはケビン様です」

「私はあなたのシモベですからね。任せてください」


 ニコニコとほほ笑むデイジーに、ケビンもにっこり微笑む。

 デイジーとアレとの関係については非常に心配していたけれども、他にいい男が居るということなら、もう大丈夫だろう。

 それに加えて、今日の夜会でデイトナーズ一家がケビンの庇護下にあると知らしめたことにより、彼女の身の安全は十分確保できたはずだ。

 懸念すべきは、彼女が心を寄せる幸運な男が、ケビンとデイジーとの仲を誤解してしまうのではないか、ということだろうか。

 しかし、デイジーの言うようないい男なのであれば、事情を話せばしっかり理解してくれるはずだ。


 今日のケビンの努力は、最高の形で報われたのだ。


 それだけではない。

 ケビンの神々が予言していたように、『きらきら楽しい魔法』は多くの人の心を掴んだようで、周囲から、それをほめちぎる声が沢山聞こえてくる。少し恥ずかしいくらいである。

 やはり、神々の言うことに間違いはないのだ。

 そう思うと、ケビンの心は本日で一番、ほっこりと温かくなった。



   ~✿~✿~✿~


「……仲睦まじいご様子ですね。ケレンスキー侯爵は先ぶれどおり、彼女をとても大切になさっているようだ」


 テラス席でのんびりワインとチーズを楽しんでいるリーンハルトの耳に届いたのは、そんな呟きだ。


 もちろん、第一王子クラウスのものではない。

 あの男は、きらめく庭園と空に浮かぶ文字を目にした後、さっさとテラス席を立ち去ってしまった。

 あれだけ派手に演出されてしまえば、今宵の夜会の主役カップルが誰であったのか、一目瞭然だ。ケビンとデイジーが恋仲であるという噂は、いやでも広まることだろう。

 少なくとも、第一王子と元婚約者の醜聞を噂として聞いたとしても、信じる者は居るまい。

 第一王子の計画は、敗れたのだ。


 そして、リーンハルトの元にやってきたのは、きらめく装束に身を包んだ貴族の令息である。

 ダークブロンドの髪に、緑色の瞳が優しげな青年だ。

 身長はそこそこあるけれども、あどけない顔立ちを見るに、夜会に参加するには少し若すぎるかもしれない。


 その姿を見て、リーンハルトは笑顔で立ち上がり、会釈した。


「ごきげんよう。まさかここでお声がけいただけるとは思っていませんでした」

「何度も遣いをよこしておいて、よく言う。貴殿はとんだ狸だな」


 じろりと冷たい目で見てくる令息に、リーンハルトは肩をすくめながらも、笑顔を絶やさない。

 その様子に、令息はふと、笑みをこぼした。


「それで、決心はつきましたか?」

「これだけのものを見せられてはね。それに、彼女も健勝のようだし」

「そうですか。……苦しい決断であったと、理解しております」

「うん。だけど……あの人達が信じているなら、私もケレンスキー侯爵と貴殿を信じようと思う」

「ありがとう存じます」


 そこで交わされた握手に込められた意味を知る者は、まだ少ない。



言質を取られたケビン。

言質を取ったのに、若干怖気づいている乙女デイジー。

ようやく夜会がおわりました。長かった。

あとは〇〇〇討伐と、なぜそんなにもケビンがデイトナーズ一家を大好きなのか?回です。

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