27 月夜の王宮中庭
夜会の会場に面した中庭は、人の手による美しさを最大限に発揮したきらびやかな造りをしていた。
実家の庭園のほうが華やかで贅沢な美しさがあったけれども、石畳の色合いや草木の配置、垣根の造りは、高級感の中にしっとりとした涼やかな上品さを感じさせてくる。
きっと、相当いい腕の庭師を雇っているのだろうと、ケビンは事前に地図で見ていたものの実物に感心する。
今宵は三日月だ。
王宮の中庭はところどころ灯りが設けられているので、手元が見えないことはないけれども、夜陰に引き込まれてしまえば、誰が何をされたとしてもわからない程度には暗闇である。
護衛の兵士がまばらに巡回しているが、その数は十分とは言えない気がする。
しかしまあ、王宮での一年で最も大きな夜会の日、その会場に面した夜の庭園というのは、なかなかにロマンチックな場所となるわけで、しけこむ貴族も少なくはない。
高貴な者達の火遊びを邪魔するとそれはそれで問題になるので、巡回の人数の少なさは、その折衷案といったところなのだろう。
(デイジー様はこういう場所が好きそうだが……散歩するとしても、安全に配慮しないとな)
そんなことを思いながら、ケビンは案内役の使用人二人と共に、事前にしておいた装置の配置を確認して回る。
配置は問題なさそうだ。それに、これだけ暗ければ、ケビンの思惑は成功することだろう。
最後の確認場所までたどりつくと、使用人の一人が装置を指さした。
「ケレンスキー侯爵。こちらで最後です。いかがでしょうか」
「はい、ありがとうございます。これで設置確認は終わりです。問題ありません」
「よかったです。会場までお送りいたします」
「いえ、大丈夫です。少し見て回りますから、先に戻ってください」
「承知いたしました。……あの」
「なんでしょう?」
若い使用人二人は、何かを言おうとして、何度か言葉を飲み込んでいる。
奥歯に物を挟んだような様子の使用人二人に、ケビンが首をかしげると、二人は目を合わせて頷いた後、意を決したようにケビンを見た。
「私達も、楽しみにしています!」
「応援しています、頑張ってください!」
ケビンが目を瞬くと、若い使用人二人は照れたようなあどけない笑顔を見せた後、丁寧に頭を下げてその場を去っていった。
月明かりに照らされながら、その後ろ姿を見送った後、ケビンは手に持った小さなオイルランプを見る。
手のひらサイズのそれは金で作った飾りもので、実際にオイルを入れて使用できるものではない。蓋の周りに魔石をいくつか仕込んでいて、内部の装置と魔石を利用して、今回の仕掛けを起動するものなのだ。
『オイルランプをね、こうやってこすると、魔法の精が出てくるっていうお話があるんです!』
『ああ、あの寓話は面白かったなあ。ロマンだロマン』
『ああいう夢を詰め込めこんだ造りにしたら、よりたくさんの人が楽しんでくれそうですわね』
『ケビン、きらきらー』
かつてそう教えてくれた彼らの声を思い出し、ケビンは心を満たしてくる感情にほっこりする。
本当は、これはケビンの邸宅に設置して、デイトナーズ一家とケビンだけで楽しもうと思っていたのだ。
しかし、リーンハルトがそれを止めてきた。
『どうせなら、王宮で見せびらかしてきてください』
『いやだ』
『デイトナーズ一家を守るいい機会ですよ』
『……』
『デイジー様はすごく喜んでくれるでしょうね』
『…………』
『多分、ケビン様にとっても、いい結果になると思いますよ』
訳知り顔でそんなことを宣ったリーンハルト。
ケビンはいまだに、その彼の言葉を信じていない。
けれども……。
『私達も、楽しみにしています!』
『ケビン、いいもの持ってるじゃん。貸してくれよ』
先ほどの使用人の言葉に重なるようにして脳裏に浮かんだ幼少期の思い出に、ケビンは眉根を寄せて頭を振る。
ケビンは自分の発明品を人に見せびらかすのが好きではない。
いや、好きではなくなってしまったというのが正しいか。
だから十一歳のあの日まで、ケビンはずっと、一人で研究を続けていたのだ。そしてあの日を過ぎた後も、リーンハルトにすべてを丸投げして過ごしてきた。
あのゴミで埋もれていた邸宅が、ケビンをずっと外界から守っていたのだ。
ひたすらなにもかもが面倒くさくてああいう惨状を作り出してしまっただけなのだが、その恩恵をケビンはずっと受けてきた。リーンハルトが使用人を立ち入らせろと言っても、拒絶した。ケビンにとって、あの家は心の壁で、そこに立ち入ることができるのはこの五年間、リーンハルトだけだったのだ。
ずっと内側に引きこもっていくケビンに、リーンハルトは無理強いはしないものの、たまに困ったような顔をしていた。会社の従業員とも一度も接触せず、デジケイト王国内に邸宅を複数設けてケビンの住む家を隠し、ケビンが好きなだけ外界と断絶できるようにおぜん立てをしながらも、彼はケビンが自ら家の外に出るのを待っていた。
(いや、少し違うな)
奴は「ケビン様は幼稚すぎる」「絶対そのうち変な女に引っかかって生き方を変える」「このまま家に閉じこめておくほうがいいのか。いや……」と何度か呟いていた。
研究以外のことに興味を示さないケビンに人生経験を積ませるべきか否か、彼も迷っていたのだろう。
しかし、閉じ込めるってなんだ。
本当に失礼な奴である。
実はこの五年間、ケビンはリーンハルトの知らないうちに家の外に出られないよう、物理的にも精神的にも色々と囲い込まれていたのだが、そんなことを知らない彼は、リーンハルトの失礼な言に平和に腹を立ててている。
「ケレンスキー侯爵」
その甘ったるいはちみつのような声に、ケビンは目を瞬く。
そこに立っているのは、ピンクブロンドの髪が艶やかな、一人の令嬢だった。
水色のドレスは可愛らしさが際立っているけれども、それをまとう女性自身の毒が、美しい中庭の静かな美しさとの調和を生み出している。
「素敵な夜ですね。少しだけ、お話しませんか?」
淡い水色の瞳が、ケビンの紫色の瞳をとらえる。
彼女が後ろ手に持っている杖に、ケビンはまだ気が付いていない。