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25 やっぱり様子がおかしい恩返し令息

本日二話目の更新です。


「リーンハルト様、ケビン様に何をさせているのですか!?」

「なんとデイジー様、お気づきになってしまわれましたか……」

「気付かないほうが難しいと思いますわ!!!」

「ああでも、ほら。早く食べないと、ダンスの時間が始まりますよ。ケビン様、プランB、プランB」

「ハッ。デイジー様、他のものも食べるお手伝いをします。ほら、アーン……」

「これ以上は私が死んでしまいますからおやめください!!!!」

「毒入りではないのですが!?」


 こんなことが続いていたら、本当に命を落としてしまう!


 慌てたデイジーは、ドドドドドと巨大牛の行軍のような音を立てる心臓を無視して、自分で必死に食事を口に運んだ。

 命が散ってしまうと言われたケビンは、さすがにそれを邪魔することはできないようだ。


 そうこうしているうちに、音楽が切り替わり、司会がダンスの時間の始まりを告げたので、食事の手を止め、ナプキンで口を拭う。


 すると今度は、デイジー達の周りに、大量の令嬢達が現れた。

 彼女達は律義にも、空前絶後の食いしん坊ケビンの食事が終わるまで待っていたらしい。

 きらびやかな衣装に身を包む若い令嬢達の勢いに、デイジーは思わず動きを止める。


「ケレンスキー侯爵! ダンスを踊りませんか?」

「わ、わたくしも、ぜひ……!」

「私、侯爵様とお話してみたかったんです」

「侯爵閣下、二曲目で構いませんから、わたくしと」

「ケビン様、プランCです、プランC」


「皆様申し訳ありません。私は今日、彼女以外と踊るつもりはないのです」


 ケビンはそれだけ言って立ち上がると、座るデイジーに手を差し出してきた。

 デイジーがその手を取るのをためらっていると、近くに居た令嬢達が口を挟んでくる。


「ケレンスキー侯爵、いけません! その方は、第一王子殿下の元婚約者でっ」

「男爵令嬢にひどいことをしたというもっぱらの噂が――」

「ケビン様、プラン――」


「私の神を侮辱しないでください」


 一瞬、時が止まったかのように周囲が静まり返る。


「えっ」

「か、神?」

「神です。彼女は私の崇める神で、崇高なる存在なのです」

「ああ、め、女神のようだと……」

「いえ、神です。神で恩人で至高なる存在です」


 宇宙に放り込まれた猫のような顔をしている令嬢達。

 デイジーも多分、同じ顔をしていると思う。


「彼女のような至高の存在が、男爵令嬢に何かする必要はありません。何かしたとしたら、合理的理由による神の鉄槌なので、問題ありません」


 それでは、とケビンは、目を白黒させているデイジーの手を取り、その集団を抜けていく。

 あれほどの熱気を漂わせていた周囲の令嬢達は、空気を一変させ、意味ありげに「神……」「崇高なる、ソンザイ……?」「神ってなんですの?」「どうやったらケレンスキー侯爵の神になれるんですの?」と呟きながら、デイジーを見送っていた。


 あれよあれよと音楽が始まったので、二人でダンスを開始しながら、デイジーはハッと我に返る。


「ケビン様、神ってなんですか!?」


 小声で叫ぶも、返事はない。


 怪訝に思いながらケビンを見上げると、そこに居るのは、必死に踏むべきステップだけを追いかける、全集中の呼吸をたしなむ貴族の男であった。

 不健康な白い肌に、長いまつげ、「くっ……」とたまにやらかすステップミスを悔やむその様子が、なんともセクシーである。


(そうでした! ケビン様はダンスの最中、おしゃべりができないんでしたわ!!!)


 仕方なく、ダンスに集中することにする。

 もともと、デイジーがやるべきは、襲い来るケビンの足から、自分の足を守りつつ、優雅に見えるように踊り続けるという職人芸的神業ダンスである。結構大変な作業なので、集中するに越したことはない。


 そうして踊っていると、周囲の令嬢達の「なんだか、ケレンスキー侯爵、セクシーですわ……」「あんなふうに情熱的に踊るなんて……」「熱々カップルですわね……」という声が耳に入った。

 もしかして、もしかしなくとも、ケビンとデイジーのことである。

 熱々カップル。

 はたから見ると、そんふうに見えるのか。


 そう思うと、心臓がシマウマの行軍のようにドドドドドドドと音を立ててしまい、デイジーはその音がケビンに聞こえてしまうのではないかと気が気ではなくなってしまった。


 そうこうしているうちに、ダンスの一曲目が終わった。

 デイジーも疲労困憊だが、ケビンもそうだったらしい。

 脇で休憩しようとダンススペースを退いたところで、休むのを妨害するがごとく、令嬢達が一気に駆け寄ってきた。


「ケビン様! ぜひ、次はわたくしと!」

「ケレンスキー侯爵!」


「――デイジー。私と踊ってほしい」


 ギョッとしたのはデイジーだけではない。

 周囲の令嬢達も、その声の主に驚いた。


 声の主が、なんと第一王子クラウスだったからだ。


「えっ、何……」


 手を差し出してくるクラウス。

 追い落とされた元婚約者と、なんだかんだ誰もが知っている追い落とした張本人の第一王子自身が、踊る。

 その意味を、彼はわかっているのだろうか。

 いや、どういう意味になるのだ?

 デイジーにもよくわからない。

 いいことにならないことだけはわかるけれども!


 デイジーが固まっていると、驚いたことに、ケビンが彼女を抱き寄せてきた。

 初めて!!

 ケビン様が、初めて、自分から抱き寄せて!!!!!


「お断りします」

「――! ケ、ケレンスキー侯爵、貴殿には言っていない。私は、デイジーに」

「彼女を呼び捨てにしないでください」

「いや、彼女は平民だし――」

「とにかく、お断りします」

「いやだから貴殿にではなく」

「彼女は私と踊るからお断りします」

「今、二人はダンスをやめようとして」

「デイジー様、戻りますよ」

「え!?」


 足をガクガクさせながら、デイジーの肩を抱いて、ダンススペースに戻るケビン。

 まさかの流れに、周囲の者は全員驚愕している。

 その『周囲の者』には、もちろんデイジーも含まれている。


「ケビン様、あの――」

「デイジー様、口を閉じてください」


 すぐさま口を閉ざすデイジー。

 美しい顔で、疲労した様子でふうと息を吐くケビンに、彼女の心臓は人生最高速度で早鐘を打っている。


(……)


 そして、口を閉じた二人で始めるのは、二曲目のダンス。

 気が付いた。

 デイジーに口を閉じるように言ったのはダンスの最中におしゃべりをする余裕がないから、ただそれだけだこの人!!!


 なんだかやましいことをしたような気分にさせられたデイジーが、顔を真っ赤にしてぷりぷり怒りながらケビンを見ると、珍しく一瞬だけ目が合ったケビンが、デイジーを見てふわりとほほ笑んだ。

 多分、これはほほ笑みというより、疲れて顔の筋肉を緩めただけである。

 しかし、タイミングが良すぎて腰が砕けそうになったデイジーは、自らのやましい気持ちを打ち倒すべく、頭の中で必死にケビンの家で処理したゴミ袋の数をコンマ十個の勢いで数えはじめる。


 こうして、二曲目を踊りきったデイジーとケビン。

 二人の足はそれぞれ違う意味でガクガクと震えており、その様は生まれたての小鹿のようである。


 そしてダンススペースから去ろうとした二人を迎えたのは、ケビンとデイジーが戻ってくるのを今か今かと待っていた令嬢達とクラウスで――。


「デイジー! 私と一曲――」


「デイジー様、戻りますよ」


「「「「「えええええ!?」」」」」」


 令嬢達の度肝を抜きながら、ケビンはデイジーを半ば抱きかかえるようにしてダンススペースへと戻っていった。

 その強引な様に、「はわわわ」と乙女モード一直線のデイジーは抵抗することができない。


 結局、三曲目の後も同じことが起こり、禁断の四曲目――四曲以上を同じペアで連続で踊るのは、マナー違反とされる――に突入しようとしたところで、笑いをかみ殺しながら現れたリーンハルトに、ケビンとデイジーは回収された。


 回収した二人を壁際の椅子に座らせたリーンハルトは、置いてけぼりにされた悲哀の第一王子クラウスをちらちらと視線の端にとらえながら、壁の柱に寄りかかり、声を抑えつつも笑い転げている。本当に、息をするのも苦しそうだ。そのまま窒息してしまえば(略


「ケビン様、あの、神ってなんなんですの?」


 そろそろ聞いてもいいかと思い、ケビンに尋ねてみたけれども、答えはない。


 隣を見ると、デイジーのパートナーは、真っ白に燃え尽きていた。


 デイジーはケビンに質問することを諦めて、自分も真っ白に燃え尽きることにした。



   ~✿~✿~✿~


 灰のように過ごして五分ほど経った頃だろうか。

 ようやく笑いを収めたリーンハルトが、ケビンに声をかけてきた。


「ケビン様、もうすぐ準備の時間では?」



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