24 様子がおかしい恩返し令息
デイジー視点です。
デイジーは、困惑していた。
なぜならば、ケビンの様子が普段と違うからだ。
いつも何かをするときにはデイジーやその家族を見てくれる彼が、今はデイジーに目を向けることなくすたすた歩いていく。
手を引かれながら人混みを抜けると、そこには料理の皿を持っているリーンハルトが待っていた。
彼はデイジーの手を引くケビンの顔を見て、意外なことに、いつもとは違った柔らかい笑みを浮かべている。
「ケビン様が怒っているのは珍しいですね」
「当然だろう」
「ケビン様、怒っているのですか!?」
「まあ、私もそれでいいと思いますよ」
「ふん」
「……!?」
訳がわからない。
デイジーが困惑していると、ケビンは訳知り顔のリーンハルトから受け取った料理の皿を差し出してきた。
「デイジー様、ほら。料理です」
受け取った皿には、デイジーが食べたいとお願いしたものが割と美しく盛り付けられていて、卒のないリーンハルトの手腕に感心し、そして(そんな場合じゃありませんわ!?)と物言いたげにケビンを見る。
しかし、ケビンはマイペースなので、デイジーの視線を取り合ってくれない。
そこに、リーンハルトがなぜか、「プランAです」と囁いた。
それを聞いたケビンは、ハッと顔を上げてデイジーを見ると、不思議なことを告げてくる。
「デイジー様。少し食べたら、一緒に踊りましょう」
デイジーは困惑した。
ケビンはダンスが上手ではない。なのに、そんな余裕のある表情で自ら誘ってくるなんて、一体どうしたのだ。
今日はデイジーから襲い掛かるようにしてダンススペースに引きずり込まねばならないと思っていたのに!
デイジーの考えを察知したのか、狩人の気配を感じた鹿のように、ケビンはビクッと体を震わせる。いつもの彼であったら、そのまま気配を消して去っていくところだ。
しかし、今日の彼は違うらしい。恐怖を振り払うように頭を横に振ると、ケビンは彼女を丁寧にエスコートしながら食事をするための席についた。
(ケビン様の様子が、おかしい……)
いぶかるようにケビンを見ていると、リーンハルトが「ケビン様、プランBです」と囁く。するとケビンが、ハッとした顔でデイジーを見た。
「デイジー様、食べないのですか?」
「えっ、いえ、食べますっ」
「私がお手伝いします」
「!?」
「ほら、口を開いてください。その、アーン、と……」
若干照れながら、スプーンでプリンをすくって差し出してくるケビンに、デイジーは唖然とする。唖然として開いたその口に、ケビンはそっとプリンを差し入れた。思わずごくんと飲み込むと、遠くから、令嬢達の「きゃぁああ」という歓声のような悲鳴のような声が聞こえる。
「デイジー様、美味しいですか?」
「味ガワカリマセン」
「そうですか……おかしいな……」
おかしいのはケビン様です!!!
デイジーが顔を真っ赤にして震えていると、ハッとした様子のケビンが顔を近づけてきた。紫色の宝石が、デイジーの顔を間近に覗き込んでくる。
「えっ、なっ、ケ、ケビン様……っ!?」
「デイジー様、顔が赤いです。熱がおありなのではないですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫death!!!」
「ど、どういうことですか!? 死に至る病ということですか!?」
「助けてリーンハルト様!!!!」
デイジーは助けを求めてリーンハルトを見る。
しかし、リーンハルトは腹を抱えて笑っているばかりで、一向に役に立ってくれない。息をするのも苦しそうだ。そのまま窒息してしまえばいい。
仕方がないので、自分を奮起させたデイジーは、心配するケビンを大丈夫だと説き伏せ、なんとか食事を再開した。
そこで今度は、外部から邪魔が入った。
「ケレンスキー侯爵! 先ほどは王子が失礼をして、申し訳なかった!!!!」
この国の官僚と思しき壮年の男性達である。
周りを囲んで「なにとぞ国内に留まっていただきたい」「今後もよしなに」と延々と話しかけてくる。
どうしたものかと考えていると、リーンハルトが「プランCです」と囁く。
ハッとしたケビンが、長いまつげを揺らしながら、言葉を選ぶように少し思案した後、口を開いた。
「私はデイジー様との食事を邪魔されると国外に逃げる、空前絶後の食いしん坊です」
……潮が引くように周りから人が居なくなった。
選んだ言葉は!! それで正解ですか!!???
「デイジー様、食事がしやすくなりましたね」
やり遂げた笑顔を見せるケビンに、カシャーン!とフォークをテーブルに取り落としながら、デイジーは思う。
確かに……食事は……しやすくなった……。
言葉もないデイジーの横で、息も絶え絶えに笑っていたリーンハルトが、ようやく落ち着いたのか、キリッとした真面目な顔で宣った。
「ケビン様のシモベたるこのリーンハルト、様々な風評を積み上げていくケビン様を心より尊敬いたします」
「本当にこれでいいんだろうな?」
「完ぺきでございます」
「か、完ぺきですか!? どういう目線でいたら、そういう評価になるのですか!?」
「おや。デイジー様、フォークを落としましたよ」
そう指摘したケビンは、テーブルの上のフォークを見ている。
そう、いつものケビンなら、指摘して見ているだけ。
「ケビン様、プランBです」
ケビンはハッとした顔でデイジーを見た後、彼女の右手を取り、その大きな手で包み込むようにしながら、テーブルに取り落としたフォークを優しく握らせてきた。大切なものを扱うようなその仕草に、デイジーの心臓が跳ね、遠くから令嬢達の「きゃぁああ」という悲鳴が聞こえる。
ケケケケケビン様が!!!!
おかしい!!!!!!!!!!