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14 そうだ夜会に行きましょう



「冬の社交界の招待状が届いていますよ」


 秋が過ぎ、冬を迎えたある日のこと。


 当然のような顔をして、ケビンの邸宅に届いた郵便物の整理をしていたダニエルから、ケビンは声をかけられた。


 居候のデイトナーズ一家は自主的にケビンの身の周りの世話をしており、その内容はケビンの身支度や家の掃除にとどまらず、リーンハルトの事務仕事の手伝いや、邸宅の管理など、その業務範囲はとても幅広いのである。

 そして、どんどんと範囲を広げていくデイトナーズ一家の関与ぶりを、ケビンはなんら違和感を感じることなく受け入れているのだ。


「来月の後半に五日間をかけて開催されるようです」

「捨ててください」

「国王陛下からの正式な招集状です」

「捨ててください」

「王宮で開かれる年に一度の社交界ですよ」

「捨ててください」

「ケビン様は一代侯爵なので、三日目以降の参加資格がありますね」

「捨ててください」

「ケビン様は王都住まいなので、一日は顔を出すようにとのことです」

「捨ててください」

「そのほかにも、ケビン様の発明品に目がくらんだ有象無象から招待状が届いていますが」

「捨ててください」


 ケビンは執務室の机にかじりつきながら、研究品から目を離さず、ひたすら廃棄を訴え続ける。

 その執務机の横にある協議机を中心としたスペースに、郵便物を並べながら仕分けをしていたダニエルは、屋敷の主の言葉に、ふむと考え込むようなしぐさを見せた。


 そう。


 ダニエルは今、三階にあるケビンの執務室内の協議机で作業をしている。



 なんと、デイトナーズ一家は半年以上の時を経て、ようやくケビンの居る三階にまで掃除の手を伸ばすことができたのである!



 一階フロアと二階フロアは、大量のゴミが取り除かれ、輝く内装、質のいい調度品や家具、なによりも豊かな生活スペースを誇る、まるで貴族の邸宅であるかのような――いや、貴族の邸宅ではあるのだが――手入れの行き届いた穏やかな空間が広がっている。

 解放された一階調理場を使うシェフが居ないことが、残念と言えば残念な点か。


 そして、ケビンの巣とゴミと貴重な発明品が大量に存在していた三階フロアについても、現在は同様に美しい空間が広がっていた。


 その成果をもたらしたのは、三階フロアの北側に存在する、大きな研究物展示ホールである。


 デイトナーズ一家は、ケビンの百を超える発明品を、すべて整理・保管できるスペースを作り上げたのだ。

 部屋の壁をすべて工事でぶちぬき、広いホールとして作り替え、発明品のサンプルを一つずつガラスケースに収めて展示。

 その品の近くにそれぞれ鍵付きの棚を設け、関連の部品や資料などを詰め込んだのである。



 実はケビンは当初、四人が三階フロアの清掃に着手することを嫌がり、珍しく、強い抵抗をみせていた。

 しかし、そんな彼も、ダニエルが渡してきた三階の構想図案を見て、口を閉じた。


 展示ホール兼倉庫として考えられたその一室は、美しい内装に力を入れているだけでなく、温度管理や湿度管理、防犯措置や発明品の見やすさなど、あらゆる配慮に満ちた空間であった。

 その南側には、ケビンの執務室、リーンハルト達の執務室に書類倉庫、危険な機材等をそろえた研究室に、暗室、寝室などの必要な部屋がそろっている。

 発明品とその開発者へのリスペクトに溢れた図案に、ときめきが止まらない様子のケビンに対して、最後の一押しとばかりに、デイジーとチェルシーが両側から囁いた。


『ホールができたら、作品のこと、一つ一つ教えてくださいね』

『ケビン様のお作りになったものを、順番に美しく保管しておきたいのです』


 美女二人の誘惑に、ケビンは堕ちた。


 結果として、彼は三カ月ほど二階を中心に生活することになった。

 最初の一カ月半でデイトナーズ一家がゴミを三階から排出。

 次の半月で発明品を一時的に二階フロアの空き部屋へと移動させ、残りの一カ月で三階に工事業者を入れて改装。

 彼らは見事なことに、たった三カ月で、展示フロアを中心とした三階スペースを作り上げたのである。


 そして現在、ケビンはウキウキで自分の執務室で研究品の開発にまい進し、隣室でリーンハルトとチェルシーが事務仕事にいそしむ中、郵便物を持ってダニエルがケビンの執務室に現れたという状況なのである。

 なお、ケビンの邸宅には四階が存在しているのだが、そこは未踏の地、来年の課題として取り残されている。


「ケビン様は、夜会には参加されないのですか」

「今まで参加したことはないです」

「そういえば、お会いしたことがないような気がしますね」

「これからも参加するつもりはありません」

「ですが、会社関係者や各貴族が、ケビン様に会いたがっているのですよね」

「参加しないです」

「このままだと、邸宅に直接挨拶にくる人間が出てきてしまうような気がするのですよね」

「え?」


 ダニエルによると、なにやら、ケビン世帯の金回りが良すぎるので、王侯貴族を含め、是非ともケビンに挨拶をしたいという手紙が絶えないのだという。

 中には、ケビン=ケレンスキーという人物は税金対策のために作り上げた架空の人物ではないかとか、リーンハルト社に就職したいとか、ありとあらゆる意味で注目が集まってきているそうなのだ。


「なぜそのようなことに?」

「ケビン様が今年の長者番付に載っているからです」

「え?」


 このデジケイト王国では、年間で大きく収益を上げた人物上位十人を、毎年発表しているのだ。


「なぜそんな危険かつ無駄なことを?」

「国内で実利を得ている人物の権威を上げるために、私が提案いたしました」

「なぜそんな無駄なことを!?」

「周囲からしても、利回りのいい人物が誰かわかることはメリットなのです。誼を結ぶための挨拶に行きやすいですし」

「来られたら困るのですが!!?」

「たいていの人間は、権威を与えられたら喜ぶものなのですよ」


 ケビン様は違うみたいですねと苦笑するダニエルに、ケビンは青い顔をして震えている。


 そこに飛び込んできたのは、何かのカタログを持参したデイジーである。


「ケビン様! 夜会は、どれに参加なさるのですか!?」

「参加しません」

「わ、私も一緒に……え?」

「ですから、参加しません」


 カタログを取り落としたデイジーに、ケビンはおやと立ち上がって、床に落ちたそれを拾う。

 美しい装丁の冊子に掲載されているのは、光り輝くようなドレスの数々であった。

 若い娘であれば誰しもが着てみたいと夢見るような品が、そこにある。

 そう、デイジーのような十八歳の若き女性であれば、なおさらのこと――。


「デイジー様、落としましたよ」

「……はい」

「これを着てみたいのですか?」


 パッと顔を上げたデイジーの淡い水色の瞳には、ほのかな期待の色が浮かんでいる。


「ケビン様、夜会に……」

「行きません」


 ケビンの返事に、白い顔でよたよたと後ずさったデイジーに、彼が首をかしげていると、廊下にモップをかけていたドビアスが、モップをかける手を止めないまま、声をかけてきた。


「ケビン様。デイジー姉様は、デビュタントがまだなんですよ」


 デジケイト王国の貴族令嬢は、十八歳到達の年度まで貴族学園に通い、その翌年度の冬に訪れる社交シーズンで、成人した貴族として夜会デビューするのだ。

 そのデビュタントは、貴族令嬢にとっても大切なもので、白を基調とした思い思いのドレスを身に着けて参加する。

 そして、デイジーは貴族学園卒業前に冤罪で断罪され、平民に堕とされたので、大切なデビュタントを経験したことがないのである。


 おやまあ、とデイジーに目を向けると、彼女はなぜか、かあと顔を赤らめて、目を伏せてしまう。

 最近、ケビンがデイジーを見ると、このような反応が返ってくることが多いのだ。

 不思議に思いながら、ケビンはデイジーに声をかける。


「事情はわかりました。デイジー様、よかったらドレスをお贈りしますよ」

「!! ケビン様……!」

「ですから、誰かお友達と一緒に出席してきてください」


 ピシリと固まったデイジーに、ドビアスもさすがにモップを動かす手を止め、室内にいるダニエルは気まずそうに目をそらしている。


「と、友達……」

「そうです。確か、デジケイト王国の貴族令嬢のデビュタントは、若い男にエスコートしてもらうのがステータスなのですよね?」


 ケビンの言うとおりで、デジケイト王国の貴族令嬢は、デビュタントのために男を必死に探すものなのだ。

 婚約者が居る者は婚約者がエスコートするが、居ない場合は、貴族学園での学友や先輩、親族の若者に依頼することが多い。

 よほど都合がつかない場合は父親が代わりをすることもあるが、周囲の同級生達が若い男と楽しく過ごしている間、寂しい思いをすることは必至だ。


「ケビン様。今のデイジーは貴族令嬢ではないので、そもそもデビュタントを迎えることはできないのです」


 ダニエルの言葉に、ケビンは目を瞬く。

 彼がデイジーのほうを向くと、彼女はその吊り目がちな大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めていた。


「デイジー様!?」

「わ、私が、悪いのです。分不相応なことを、思ってしまって」


 デイジーは泣きながら、ケビンが夜会に行くのであれば、デビュタントではないけれども、ケビンのパートナーとして初めての夜会に出席できるかもしれないと浮かれてしまったのだとこぼす。


「姉様、仕方がないよ。僕達は平民なんだから」

「そうだな、デイジー。まあ、あと数年待ちなさい。私達がなんとか、莫大な財を築いて、一代伯爵の地位くらいは手に入れてみせるから」

「お父様。僕達は多分、この国のブラックリストに入っているから、貴族の地位を賜ることはないと思うけど」

「あー……。た、他国で。他国で適当に、地位を賜るから、それまでだな」

「ケビン様みたいに周りから一目置かれる貴族のパートナーとしてでないと、出席するのは危険だと思う」

「そ、それもそうか。いや、まあ、他国の貴族なら、危険な目に合わされることもないはずだぞ。国際問題になるからな」

「あと、十八歳じゃないのにデビュタントも何もあるのかな」

「ドビアスやめなさい」


 とうとうドビアスの口を物理的にふさいだダニエルに、ドビアスはむがむがと抵抗している。

 その横では、金髪碧眼の喪男特攻巨乳美少女が、滂沱のごとく涙を流し、とうとう「うわぁああああん」と声を上げ始めてしまった。


「デ、デイジー様、落ち着いてください」

「デイジー、ふがいない父ですまない。ドレスは手配してあるんだが」

「ドレスは手配してあるんです?」

「そのカタログに載ってるの、全部デイジー姉様に合わせた特注のドレスなんだよ」

「全部!?」

「まあ、金だけはこの半年で稼いでいますからな」

「姉様はその中からケビン様に選んでもらうって、楽しみにしてたんだ」

「ドレスだけがあっても、行先がないのではなあ」

「まあ仕方がないよ。ケビン様は、夜会に出席しないんだから」

「そんなことをしたら、邸宅への来訪者が多数訪れてしまいそうだが、私とリーンハルト様だけで対応できるものかな」

「ほら、姉様も諦めて。ケビン様に迷惑をかけるものではないよ」

「ああ、可哀そうに。夜会に一緒に出席してくれる、貴族の若い男性が居ればなあ」

「夜会に一緒に参加してくれる、力のある貴族の若い男性が知り合いに居ればなあ」


 呼吸困難になりそうな様子で泣きはらしているデイジーに、横からやいのやいのと声をかける父と弟。

 ちらりとこちらを見てくる男二人に、ケビンは震えながら、ぽつりと呟いた。


「……や、かい、に、しゅっせきします……」



   ~✿~✿~✿~


 そこからは、来るべき日に向けて、大騒ぎである。


 ケビンの夜会用の衣装を採寸し、頭一つ分はある分厚さの貴族年鑑を渡され、めぼしい貴族について記憶させられ、デジケイト王国での夜会マナーを学ぶ。

 パートナー役を務めるデイジーと共にダンスの練習をすることになり、筋肉痛に苦しむ日々。


 そしてなによりも一番困ることは、夜な夜なデイジーがケビンの寝室に現れることだった。


「何をしにきたのですか!」

「ケビン様を救いに来ました」


 何かの勧誘のような言葉を述べながら、寝台の上で動けないケビンの近くに、デイジーはそっと寄り添ってくる。

 そして、うつ伏せに寝ているケビンのガウンの下側をめくり、足を露出させた上で、オイルを塗り付けた手でこれでもかとぐりぐり絞ってくるのだ。


「イヤアアアアアア」

「ケビン様、痛気持ちいいのですね。言葉とは裏腹に、コリがほぐれていっていますよ……」

「ウウウウウウ」

「何かを失ったような顔をしているケビン様もかっこいいです」

「それは誉め言葉のつもりで言っていますか!?」

「……ありがとうございます」


 小さく呟かれたその言葉に、ケビンは上半身をひねって、声の主を見る。


「本当に、ありがとうございます」

「デイジー様」

「ケビン様のために、何かしたいのです」


 うるんだ目でそう言われてしまうと、ケビンは断ることができない。

 何故ならば、目の前にいるこのデイジーは、ケビンにとっての神の一柱で(略


「ですから、本日も気合を入れて差し上げますね!」


 宣言のとおりデイジーは、ダンスの練習でビキビキにいたんだケビンの筋肉を、これでもかともみ、もみほぐし、ほぐし切った。


 そして、邸宅に響き渡るケビンの悲鳴。


 その悲鳴を二階の寝室で聞いていたドビアスは、(あの二人、なんであんなに薄着で二人きりなのに何も起きないんだろうなあ)と不思議に思いながら、眠りについたのである。



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