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13 金食い虫の王太子とその婚約者候補


 ケビンが、デイトナーズ一家を邸宅に招いてから、半年が経過したころであろうか。


 四人を保護したのは春先のことであったから、そろそろ秋口になろうかという時期の朝のことだった。


「そろそろ、独立してもいいのですよ」


 この半年で、かなりのランクアップを遂げた朝食弁当を見つめながら、ケビンはぽつりと呟く。

 以前はオムレツと葉物サラダ、パンにバター程度が詰め込まれていた弁当容器には、現在は王国産イベリン豚の厚切りベーコン、高級デジット牛のミルクチーズ、白トリュフ添えの卵ペーストに、新鮮なオレンジが並ぶ高位貴族か王族の食事のような品々が彩り豊かに詰め込まれている。


「資金繰りもうまくいっているようですし。私の世話に時間をかけることはないのです」


 ダニエルとチェルシーは、ケビンの邸宅の整理をしたり、ケビンの世話をする片手間で、複数の企業の運営に携わっており、忙しく過ごしている。

 その生み出す利潤で、デイトナーズ一家は十分に生計を立てることができるのだ。


 ケビンはもう、彼らに必要な存在ではない。


 そのことに、朝食弁当を見ながら、改めて気が付いてしまった彼は、長いまつげをそっと伏せる。


 ……。


 しばらくそうしていたけれども、周囲からなんの反応もないので、ケビンはようやく顔を上げる。

 そこには、真っ青な顔をしたデイトナーズ一家四人と、平然とした様子で黙々と朝食を食べているリーンハルトが居た。

 はてと首をかしげると、ダニエルがケビンに向かって恐ろしいばかりの音量で問いかけてきた。


「ケビン様!!!」

「はい」

「ケビン様は、私達のことがお嫌いになったのですか!!!???」


 その言葉と同時に、デイトナーズ一家四人が滂沱の涙を流し始めたので、ケビンはギョッと目を剥いてその場から飛び上がった。

 リーンハルトは、黙々とベーコンを咀嚼している。


「ケビン様はわたくし達と一緒に居るのが嫌なのですか!?」

「えっ、いえ、そういうわけでは」

「何か粗相をしたのであれば死んでお詫びいたします!!」

「私達はそんな命がけの話をしていましたか!?」

「僕の体を自由にしていただいて構いません!!!」

「我が邸宅には……若者の健全な情操教育の環境が足りない……!」

「ケビン様はそんなにもお風呂に入るのが嫌だったのですか!?」

「いやまあ、好きではないですが、別にそこが問題というわけでも」

「逆にもっと風呂場で離れがたい密な関係になるべきであったと!!!」

「どうして逆にしてしまいました?」


 気が付くと、立ち上がったケビンの足や腰に、デイトナーズ一家が泣きながらしがみついている地獄絵図となっていた。

 うおおおおおおんという激しい鳴き声が巻き起こる中、身なりだけは整ったケビンが、いつもどおりの情けない表情でリーンハルトを見ると、リーンハルトは一人だけ朝食を終えたらしく、ポットから温かい珈琲を注いでいる。


「生き物を拾ったんですから、最後まで責任を取るべきでは?」


 リーンハルトの言葉に、ケビンは逡巡の後、こうつぶやいた。


「いつまでも、うちに居てください……」


 すると、ケビンが拾った四人が、涙でぐしゃぐしゃになった顔でにっこりとほほ笑んだので、ケビンは恐怖で失禁しそうになった。


 ケビンはきっと、何かの選択肢を間違えたのだ。

 一体何を間違えたのだ。


 しかし、彼の視界に映るのは、ニコニコの笑顔で、無言で席に戻っていくデイトナーズ一家。

 この状況下でこの疑問を口にすることなど、生まれてこのかた研究以外のことをすべてリーンハルトにまかせきりだった軟弱なケビンには、とても実行することができなかったのである。



   ~✿~✿~✿~


 ケビンが自身の邸宅でこのような騒動を起こしていた頃、王宮では、デイジー=デイトナーズの元婚約者であるクラウス=ゲイル=デジケイト王太子のことが問題となっていた。


 彼は春に貴族学園を卒業すると同時に、デイジー=デイトナーズの悪事を暴き、その婚約を解消。

 新たな婚約者候補として、ピンク色の髪がキュートなバニラ=キャンディ男爵令嬢を挙げたのだ。


 そしてこの半年、王太子クラウスは湯水のごとく金を使った。

 バニラに乞われるがままに、彼女のドレスを買い、お飾りを入手し、愛しい婚約者候補の望むままに彼女を飾り立てたのである。


「議会がなんだ! バニラの美しさを保つためには、必要なことじゃないか!」


 自身の執務机を右手で打ち据え、ふわふわの金髪を左手でかき乱しながら、クラウスは思いのたけをその場で叫ぶ。

 そんな彼の肩に手を置き、後ろから寄り添うようにして甘い言葉をかけたのは、もちろんピンク髪の男爵令嬢バニラ=キャンディであった。


「クラウスが頑張ってくれているのに、議会の人達はひどいのね。クラウス、お疲れ様♡」

「いいんだよ。……バニラは本当に可愛いな。あの女とは大違いだ」

「もう。二人で居るときに、他の女のことなんて口にしないで?」

「それはそうだ。でも、どうしてもあの女に腹が立つ時だってあるんだ」

「まったく。クラウスは王子様なのに、甘えん坊なのね」


 甘やかすように後ろから抱きしめてくるバニラに、クラウスは満足そうに微笑んでいる。


「議会さえ黙らせればいいんだ。父上も、四大公も、僕達の味方なんだから」

「そうね。あなたのお父様もおじ様達も、あたし達にすごくよくしてくださっているわ」

「うん。でも、議会の言うこともわからないでもないんだ。今まで、こんなふうなお金の使い方をしたことはなかったし――」


 あごに手を当てて悩むそぶりを見せるクラウスに、バニラは慣れた手つきで、彼に見えないように後ろ手に()()を振る。

 すると、クラウスの目がとろりと甘く緩み、するりと立ち上がった彼は、流れるようなしぐさでバニラを抱きしめてきた。


「まあ、議会なんか、適当にあしらっておけばいいんだ。父上と僕が同じ方向を向いているんだから」

「ふふ。クラウスは本当に、頼りになるのね」


 その言葉に、クラウスは一瞬泣きそうな顔をした後、バニラに顔を寄せてきたので、彼女はそれを受け入れる。


 これは大切な儀式なのだ。

 バニラの欲しいものを手に入れるための。


(この男はまあ、いいわ。若いし、権力だってあるし。それなりに顔だっていいもの)


 すべては、バニラがそれを手に入れたときから始まったのだ。


 髪の毛から服まで、全身黒づくめで、背ばかり高い枯れ木のような男が落としていった、それ。

 それは、バニラの本質に寄り添うようなもので、ただの男爵令嬢にすぎず、何も持たなかった彼女に、すべてを与えてくれたのだ。


(いいえ、違うわ。若く美しく能力のあるあたしに見合ったものが、あたしの周りに集まったという、ただそれだけのことよ)


 美しく流行の最先端を極めた夜会用のドレス。

 普段のデイドレスも、一日着たら二度と袖を通すことはない。

 食べるものも王太子であるクラウスと同じ最高級のもので、侍女達はバニラにかしづき、爪は美しく磨かれ、体も最高級のケアを受けている。


(だけど、相手が王太子というのは少しやりすぎたかもしれないわ。議会がうるさいったら。現に、妃教育を修了するまで正式な婚約者になれないとか言われているし……)


 妃教育など受けずとも、王族の妻になることなど歴史の中でままあることであっただろうに、議会は強硬に、バニラがクラウスの正式な婚約者に収まることを否定してくるのだ。

 それも、四大公が説得しつつあるので、そのうちなんとかなるとは思うが。


(議会全員に手を伸ばすのは、さすがのあたしだっていやだわ。貴族学園の若い男を集めるのは楽しかったけど、老人会逆ハーレムなんてごめんよ。……だから、数を絞ったっていうのに……)


 脳裏に浮かぶのは、ある昼下がりの王宮の廊下での出来事だ。


『やあやあ、お嬢さん。こんなところでどうしましたか? 迷子なら、王宮の外に案内しましょう!』

『あっ、えっ、いえ。あの、なんともないのですか?』

『え? 特段何か不調はないですよ! さあ、あなたのその髪を見るに、キャンディ男爵のところの娘さんではありませんか? キャンディ男爵夫人は美しいストロベリーブロンドをお持ちでしたな!』


(――あの男!!!)


 クラウスと恋人としての密な()()をしながら、バニラはあまりのいらだちに、左手を血が滲みそうになるほど握りしめる。


 バニラは元々、議会にも大きく影響力を持つ五大公全員を落とそうとしていたのだ。

 四人は、次々のバニラの手に落ちた。


 だというのに、一人、取りこぼしてしまった。


 筋肉隆々で、五大公の中で一番まともな見た目をしていたけれども、バニラに寄り添うことなく、彼女をなんら魅力のない女として――母の二番煎じのようのな言い方をした、あの公爵!


(まあ、いいわ。あの公爵一家は、半年前に没落させたのだから)


 デイトナーズ公爵家を追い落とすのは、本当に簡単なことだった。


 そもそも、公爵は周りに対して空気の読めない発言を連発し、疎まれていたため、ちょっと四大公の気持ちを後押ししただけで、すぐに汚名を着せられ、没落していった。

 あの公爵令嬢もそうだ。金髪碧眼で、吊り目がちの美しい顔立ちと卑猥な体つきをした、生まれながらにしてなんでも持っていた、あの女。彼女も父親に負けず劣らず脳筋系馬鹿だったため、クラウスとその取り巻き立ちを少し誘惑しただけで、あっという間に濡れ衣により立場を失っていった。


(あの女、本当に馬鹿なのよね。この点に関しては、クラウスに同情するわ……クラウスも相当馬鹿だけれど……)


 元公爵に関しては腹が立つ以外の感情はなかったが、元公爵令嬢に対しては、少し違った。

 一日に何度もあの女のことを口にするクラウス。

 それを見ながら、バニラは、愚かな王太子と愚かな元公爵令嬢に対する優越感と愉悦を感じているのだ。


 バニラに夢中になっている愚かなこの国の王太子に、バニラは蕩けるような瞳を向けながらも、冷静に思考を巡らせる。


(けれど、あたしもそろそろ身の振り方を考えなければ。権力というのは、少し厄介かもしれないわ)


 傾国の美女をやるのも、簡単なことではないのである。



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