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12 嫌われていたデイトナーズ公爵家


 それからというもの、デイトナーズ一家は熱心にケビンのプロデュース大作戦に身を投じた。

 毎日毎日ケビンを風呂に入れ、前髪が伸びたら調髪し、ケビンの邸宅の中のゴミを捨て、内装を張り替え、ケビンの服を買い、靴をそろえ、古びた服を捨てていく。

 デイトナーズ一家がケビンの家に来てから数ヶ月が経過した頃には、段々と家の中がすっきりとし、ケビンのいる二階も廊下に足の踏み場ができ、隠し通路を使わなくとも移動ができるようになってきていた。


 そのうちに、ケビンはなんだか、鏡の中に居る自分が、その辺にいる普通の貴族の男性のように見える気がしてきた。

 いや、これは……。


「兄上達にそっくりだな」

「兄君達はもっとガタイがいいと思いますよ」


 デイトナーズ一家に朝からパジャマを脱がされ服を着せられて鏡の前に立たされていたケビンは、リーンハルトの言葉に、それもそうかと思いなおす。


「……ケビン様よりかっこいい人は、きっと居ません」


 その不思議な言葉に、ケビンがいぶかるようにして振り向くと、「そうです、ケビン様が一番です!」「ケビン様が至高です!」「ケビン様を最高の最上に仕上げるのは僕達の使命です!」と、声の主以外の勢いにかき消されてしまい、よくわからないまま、ケビンは居間のソファーに座らされた。

 ダニエルが慣れた手つきで弁当を各人の前に並べ、ドビアスが冷たい麦の茶をポットからカップに注ぐと、ケビンズハウスの朝食(ブレックファースト)の開始である。


「そういえば、ケビン様。デジケイト王国銀行の個人口座のお金が一億リロ増えていると思いますので、リーンハルト様に確認してください」

「え?」


 朝食の最中に突然発されたチェルシーの言葉に、思考を止めたケビンは、スプーンを取り落とす前にテーブルの上に置く。


「きっと何かを聞き間違えたのだと思います。もう一度よろしいですか?」

「デジケイト王国銀行のケビン様の個人口座のお金が、一億リロ、増えていると思います」

「なぜそのようなことに?」

「わたくしが増やしたからです」

  

 豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしているケビンに、チェルシーは平然としながら、朝食の弁当を優雅に口に運んでいる。

 ケビンが困惑の目をリーンハルトに向けると、リーンハルトはニコニコしながら頷いた。


「チェルシー様に資産運用を任せました」

「知らないんだけど」

「私の作ったリーンハルト社のお金を投資しましたからね」

「私もリーンハルト社の役員の一人じゃなかったか」

「チェルシー様は、私の事務仕事を手伝う片手間に起業や投資によって、元手を十倍に増やされまして」

「十ば……じゅう!?」

「ケビン様の口座にも役員報酬としておこぼれを入れておきました」

「おこぼれで一億リロ!? えっ、たった数ヶ月で!?」


 目玉を飛ばしかねない勢いで目を見開いたケビンに、チェルシーはふっとほほ笑む。


「わかっていますわ、ケビン様」

「絶対にわかっていない微笑みはやめてください」

「ご褒美をくださるのですよね。夜に……」

「金で人の大切なものを買うのはおやめください!」

「冗談ですよ。冗談でなくてもいいですが」

「ウィンクは不要です」

「それはそれとして、お金はどこまで増やせばいいですか?」

「え?」

「夫のダニエルも手を出せば、さらに倍くらいは資産を増やせそうですが」


 このデイトナーズ元公爵夫婦は、国の要であったため国内の投資先の商い事情をしっかりと把握しているのだ。


「あの錬金工場への助力と資金投資はうまくいくと思っていたんだ」

「王都の錬金業界は労働条件が悪くて人材育成がうまくいっていなかったですからね」

「ホワイトな大会社に仕立て上げて、労働環境と研修環境を整えれば、優秀な職人を全部攫ってこられるとは思っていたが、本当に上手くいったなあ」

「錬金業界は五大公が一つ、グルグルニウム公爵家の領分でしたからね。わたくし達が五大公のうちは遠慮していましたけれど、リーンハルト社の資産を投じる分には遠慮はいらないので楽しかったですわぁ」

「他にも手を出したい業界や投資先はあるからな。もう少し会社を増やすのもいいかもしれないな」

「株主としてなら経営は人に任せて仕舞えばいいものね」

「優秀な人材なら有り余るほど知っているしな。我がデイトナーズ元公爵家の元使用人とかな」

「彼らはわたくし達の没落と共に暇を出されてボケる手前の様子でしたから、もっと仕事を与えてしまいましょう」

「お金になるとわかったら、没落させられた我々の言うことにも平民は素直に従ってくれるので助かることだ」

「忠誠心があると言っておあげなさいまし」


 ハハハと笑っている二人に、リーンハルトはホクホクとした笑顔を絶やさない。


 どうりで最近、リーンハルトの機嫌がいいと思ったら、金回りがいいからか!!!


 ケビンは呆然としながら、とりあえずダニエルとチェルシーが楽しそうなので、引き続き資産運用を任せることにした。

 これ以降、ケビンの資産は、ケビンの発明品特許と、デイトナーズ夫妻の資金運営により、国家予算に匹敵するほどその総量を増やしていくことになる。



   ~✿~✿~✿~


 その日、グスタフ=グルグルニウム公爵は、デジケイト王国の王都に馬車を走らせていた。

 走らせるといっても、その速度はゆったりとしたものだ。

 なじみの洋服屋に向かうための道中であり、何かに急ぐ必要はないからである。


 しかし、そんな余裕のある馬の足取りとは裏腹に、馬車の室内に居るグスタフは、何度も指の腹で窓際のひじ掛けを付きながら、いらだちを隠さない様子でぎりぎりと歯噛みしていた。


(なんなのだ。なぜ、あの町工場にすぎなかったジキルハイド社が、あんなにも大きな会社に成長したのだ……!)


 グスタフの手がけていた事業のうち、錬金業界の事業は主力の一つであった。

 貴重な鉱石を掘る鉱山を多数有するギルティギア公爵家から鉱石を買い取り、それに魔法の技術を加えつつ魔道具を作る錬金事業。

 グスタフは、デジケイト王国中の錬金事業に関与することで、優秀な錬金術師達の報酬水準を下げ、彼らを安価で使うことで利益を最大限に絞り取っていたのだ。


 だというのに、二カ月前に謎の急成長を果たしたジキルハイド社に、すべてをひっくり返されたのである。


『優秀な人材には、それなりの金を与えるべきですぞ! ワークライフバランスと豊かな資金力は、人材に余裕を与え、よりよい利潤をもたらしてくれるものです!』


(何を、知ったような顔をして!)


 腹立たしい思いに任せて、ガン!と思い切り馬車の壁を蹴り飛ばしたところ、御者から、「どうかしましたか!?」という声が上がる。

 なんでもないと伝えて、引き続き目的地に向かうよう告げたグルグルニウム公爵は、腕組みをしながら、脳裏に浮かぶ筋肉隆々の幼馴染の顔に、再度ぎりりと歯噛みした。


(ダニエルのやつめ。ざまあみろだ。いつも正論ばかり投げつけてくる、脳筋男め……!)


 あの、忖度という言葉を知らない筋力バカ男の率いるデイトナーズ公爵家は、五大公の中でも特異な存在であった。


 いつでもその目はきらきらと輝き、曲がったことはその場で即座に切り捨てる。

 国王陛下の『シンデナッフィー(超強力性欲増進剤)を使いたい』という切なる想いを、迷うことなく一刀両断にした世渡り下手な一族は、実のところ、他の公爵家からこれでもかというほど嫌われていた。

 彼らが国の経済施策に一役買ってさえいなければ、即座に暗躍して、国をたたき出していたところだ。


 そこまで考えたところで、グスタフは、片頬を緩める。


(それも、大丈夫だ。彼女さえ居れば……!)


 清く正しく脳筋なデイトナーズ公爵が国を支えるという悪夢の日々。


 そんな状況を、ある若い女が、すべてをひっくり返したのだ。

 彼女のおかげで、あの脳筋一族を、国から追い出し、追い落とすことができた。


『グスタフ様。あたしのお願い、聞いてくださいますか?』


 甘い声を思い出し、グスタフはぐふふと含み笑いをする。


 半年前に出会った彼女は、グスタフが人生で出会った中で、最も魅力的な女性だった。

 ダニエルと同じ四十一歳であるグスタフには、妻が居る。

 しかし、グスタフの妻は、ダニエルの妻のように美女ではないし、グスタフに静かに付き従うだけが取り柄の、つまらない女だった。


 そんなグスタフの前に現れた、果汁滴る果実のような、あの女。


 彼女の能力があれば、経済を自由にし、国を支えることも難しくないはず。


 そして、彼女はグスタフやこの国のことを、愛しているのだ。


 だって、彼女はグスタフを愛していると言っていた。


 その言葉は、嘘ではない、はず……。


 頭にもやがかかるようなその感覚に、グスタフは夜の眠りが浅かったのかと、頭を振る。

 グスタフは、あのダニエルとは違うのだ。

 もう四十一歳、衰えを感じ始める年齢なのだから、体を大事にしなければならない……。


「とにかく、ダニエルは居なくなったのだ。今頃、ゲーイナー鉱山で掘られていると思うと、愉快痛快だ」


 くつくつと気持ちの悪い笑みを浮かべるグスタフ。

 彼は愉悦に浸ることに忙しかったので、自分の乗る馬車の横を、なんならその窓の横を、買い出しに出かける途中の筋肉隆々元公爵ダニエル=デイトナーズが、ウキウキの笑顔で通り過ぎたことには、幸か不幸か、気が付かなかったのである。



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