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10 風呂キャンを許されないゴミ屋敷の主人


 翌日の夕方のこと。


 ケビン=ケレンスキーの邸宅の居間にて、リーンハルトは珈琲を飲みながら、ケビンの新しい発明品の説明書を作りつつ、特許申請書を作成していた。

 その横に座っているのは、チェルシー=デイトナーズ元公爵夫人である。


 ケビンの家の居間は、通常の貴族の家とは違い、ローテーブルをソファや簡易ベッドで囲む団らんスペースの横に、執務室にでも置くような協議机を中心とした協議スペースがあるのだ。

 理由はもちろん、ゴミだらけのケビンの邸宅の中、屋敷の主の居るべき執務室に、誰もたどりつけないからである。


「この書類は?」

「申請書に添付する使用許諾権に係る代理権者の申請です」

「リーンハルト様の身分に係る証明書ですね」

「ケビン様は窓口に行かないので、私がすべて代行できるように処理しています」


 事務仕事をしても首が痛くならない高さの机に書類を並べ、リーンハルトが黙々と作業する姿を、チェルシーは時折質問を交えながら、静かに見守っている。

 彼女がその美しい眉を寄せながら、「……リンデン公爵家……? 隣国エレンスキー王国の? 公爵家のご令息が執事……?」と呟いたところで、廊下のほうから叫び声が聞こえた。

 もちろん、声の主は、屋敷の主であるケビン=ケレンスキーである。


「ヒェアァアアアアアアアア」

「ケビン様! 観念してくださいませ!」

「や、やめ、やめてください」

「ほら、捕まえました!」

「イヤァアァアアアアァアアア」


 リーンハルトが廊下に視線を投げると、必死に走って逃げようとする主人と、後ろから追いかける金髪碧眼の喪男キラー系巨乳美女デイジーが廊下から居間に走り抜けてきた。

 そして、走り抜けたと思った瞬間、ケビンが足をもつれさせ、その後ろからデイジーが突撃するようにして覆いかぶさり、ズシャアァという痛ましい音と共に、リーンハルトの足元に倒れこむ。


「ほら、ケビン様。服を脱がしますよ」

「いけませんいけませんいけませんいけません」

「も、もう! 言うことを聞いていただけないなら、このまま私と一緒に……ッ!」

「デイジー様。ヤるなら客間でヤッてください」

「違います!!!!」


 ケビンの服を剥いていた元公爵令嬢は、リーンハルトの言葉に、顔を真っ赤にして否定の言葉を叫ぶ。

 しくしくと泣きながら顔を覆うケビンと、ケビンの上にまたがる麗しの美女に、リーンハルトが面倒くさそうに眉根を寄せたところで、居間に入ってきた人物がいた。

 元公爵ダニエル=デイトナーズと、十二歳の元公爵令息ドビアス=デイトナーズである。


「我々から逃げるからですぞ、ケビン様」

「フォァァアアアアアァアアア」


 シャツをはだけさせ、その厚い胸板を見せつける四十一歳のダニエルに、ケビンは再度悲鳴を上げている。

 そんなケビンの隣に、同じくシャツのボタンがすべて外れているドビアスがそれとなくしゃがみこむ。


「ほら、ケビン様。諦めてお風呂に入りましょう」


 実は、デイトナーズ一家は、ケビンをプロデュースするために、毎日彼をお風呂にいれるところから始めたらしく、ケビンは先ほどからこの三人に、浴室に押し込まれそうになっているのだ。

 それだけ聞くと平和な事態なのだが、デイジーに浴室に案内されたケビンの目に映ったのは、白い歯のまぶしいダニエルとドビアスが脱衣しながらケビンを待ち構えている浴室の図だった。


 怖すぎる。


 昨日の今日で、風呂場で何をされてしまうのかと恐怖に心の底から震えたケビンは、脱兎のごとくその場を逃げ出した。

 そして、デイジーにあっさりと捕まったというのが、現状なのである。


 なるほどとリーンハルトが横目で様子を見ていると、死刑宣告を受けたような顔をした黒髪枯れ木男は、デイジーに下敷きにされたまま、涙目で必死に声を荒げた。


「ひ、ひ、一人で、入れます! 自分でっ、お風呂に……」

「ケビン様、一人でお風呂に入ったことあるんですか?」


 リーンハルトの言葉に、はたと我に返ったケビンは、幼少期まで記憶をさかのぼった。

 二歳の頃から、塗り絵や粘土に集中し、八歳年上のリーンハルトに浴室に連行され、護衛や侍従に泡だらけにされるまで、自ら浴室に向かうことのなかった日々……。


 一人で入浴したことは、あったような。

 なかったような。


 もしかして、なかった?


「ためらう要素はありませんな」


 思考の海に沈み、静かに固まっているケビンを、ダニエルは娘の下から持ち上げ、宝物のように抱き上げる。

 ギョッと目を剥いたケビンの瞳に映ったのは、白い歯をキラリと輝かせたマッスル麗しいイケオジである。


「さあ、我らと共に、フレッシュなケビン様になりましょう」


 ケビンの叫び声が小さくなっていくのを聞き届けたリーンハルトは、書類に向き直る。


「三人には一万リロずつ渡しましょうかね」

「あら。じゃあわたくしも参加してこようかしら」

「それもいいかもしれませんよ」


 言葉と裏腹に、リーンハルトの作る書面をじっくりと見渡しているチェルシーに、リーンハルトは頬を緩める。

 そんなリーンハルトに、チェルシーはふふ、と笑みを漏らした。




そろそろデイトナーズ一家が本領を発揮しはじめるようです。


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