地球防衛作戦①
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
ザクシーが目を覚ますと基地内のベッドに寝かされており、目の前にはエイホが居た。
「ザクシー!」
少し離れて事務仕事をしていたカースが駆け寄って、ザクシーの手を握る。
「カース……? 何故ここに……」
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
エイホが一度スルーされたセリフをもう一度言う。
「…………」
「…………」
「なんか言えよ、落ち着いて聞いてるだろ!」
ザクシーが声を荒らげる。
「ケケケ、そんな元気があるなら大丈夫そうだな。お前、何されたんだ? 急に倒れたけど」
エイホは背後にあるモニターを親指で指した。そこに映るのはドグルシャクモルと対峙して苦しみだすザクシー。
それを見たザクシーは、まるでふたたびソレと対峙したかのように、顔を歪めて突っ伏した。
「ザクシー、大丈夫ですか?」
カースがザクシーの背中を優しく撫でる。
ザクシーはしばらく突っ伏していたが、やがて呼吸を整えて顔を上げた。
「……アレが……こっちを向いて……私は食われた」
両手で頭を抱えて、元々青いのに顔面蒼白で冷や汗をかいている。目の焦点も合っていない。
「食われた? 何かされた様には見えなかったぞ」
エイホも神妙な顔つきでザクシーを見下ろしている。
「食われたのは『根源』……だと思う。上手く説明出来ないが……地球人的に言えば……魂だとか本能だとか……そういう、生き物としての……根幹部分を……噛み千切られた感覚があった……」
なるべく正確に自分が味わった感覚を伝えようと、一言一言絞り出すように、掠れた声で呟く。
「喪失感、絶望感、苦痛、危機感、焦燥感、そういったものが、食い千切られた部分に無理矢理詰め込まれたような……今思い出しても、恐ろしくてたまらない……アレはいったい何なんだ……?」
頭を抱えていた両手で顔を覆い、未だ焦点定まらぬ双眸を震わせて述懐するザクシーに、ベーケイが歩み寄り言った。
「アレはドグルシャクモルと言う、恐怖心を糧にする化物だ。『根源』とやらを持つユーシー星人にとっては天敵のような存在なのかも知れないな」
突然声をかけてきたデカい赤鬼に、ザクシーは目を丸くしてわかりやすく驚いた。
「……誰ぇ……?」
怯えきった様子のザクシーを見て、カースが「ンフッ」と笑いを堪えつつニヤついた。
ザクシーの体験談を聞き、ユーシー星人がドグルシャクモルと戦うのは恐らく無理だという結論に至った。
恐怖を糧にする前の状態でも『根源』を直接攻撃されればザクシーであろうとまともに戦う事すら出来ないのだから。
「科学力で競っているところにオカルト的なバケモノが出てきたのでは無理もない。まあ俺から見れば『根源』とやらも十分にオカルトの領域だが。かつて奴らに滅ぼされた星も科学力はかなりの物だったが、存分に恐怖を食った奴らにはなすすべもなかったようだ。奴らに対抗するには何か画期的な作戦がなくては太刀打ちできん。で、そういうのが得意なトオナを呼んで貰おうとしているんだが、コイツが言う事を聞かない」
ベーケイがエイホの頭をコツンと叩く。すかさず反撃の肘打ちを腹に受けて「グッ」とうめき声を上げる。
「ちょっとトイレ」
エイホはそう言うとトイレでは無く基地の外へ出ていった。
「どこでするつもりなの……」
「まさか……」
目を見開いてエイホの後ろ姿を眺めるユーシー星人二人を見てハッと気が付いたベーケイが「いや、今のは嘘で多分トオナに連絡しに行ったんだ」と慌てて説明した。
「どうする? 生きてるのバレてるっぽいよ」
『そっかー。連れてきてー』
「ええっ!? 良いの? 絶対裏があるよ、作戦の為だけじゃないよ?」
『そうだね。まあ大した事じゃないよ。良いからこっちの基地に連れてきてよ』
というやり取りがあり、ザクシー、エイホ、カース、ベーケイの4人の宇宙人が日本の宇宙人対策本部へやって来た。
「話は聞いております」
ベーケイの巨躯と見た目にたじろいだが、秋月が一同を出迎えた。
対策本部は政府内のスパイ議員の妨害を乗り越え、越中島駐屯地内へ居を構えていた。
遠巻きに一行を観察している気配はあるが、ジロジロと見に来る者は居ない。観光客のようにキョロキョロしながら秋月の後を歩く宇宙人達は、古めかしい木造の建物へ案内され、宇宙人対策本部のプレートがかけられた部屋へ通された。
ギシィと音を鳴らしてドアが開くと、いつものメンバーが各々デスクに向かっている。秋月に続いて宇宙人がゾロゾロ入って来たので皆注目して沈黙した。
一応全員立ち上がったが、一人だけ座ったままの者が居る。トオナだ。
ベーケイがノシノシと歩を進め、トオナの前で立ち止まる。隊員達がいつでも動けるように少しだけ腰を下げる。
無言のベーケイとトオナを中心に、部屋に緊張感が走る。
「元気そうだな」
ベーケイが声をかける。その表情は微笑んでいるが、どこか遠慮や恐れを感じさせた。
「そんな話をしに来たんじゃないでしょ?」
トオナは無表情だが不機嫌さを滲ませる。彼女にしては珍しい態度だった。
「あ、ああ、そうだな。そう、ドグルシャクモルを倒す方法を考えて欲しいんだが」
慌てて本題に入るベーケイの背中を、エイホは不思議そうに眺めていた。どっちもなんか変だな、と思ったが何も言わずにザクシーとカースの頭に手を乗せた。乗せやすい場所にあったからそうしただけで意味は無い。乗せられた方も「ん?」と視線を上げただけで特に何も感じていない。
「ではまず我々の考えた案を聞いていただきたい」
奥にいた隊員が声を上げた。
「あ、桂じゃん」
エイホが手を上げて挨拶をする。
「お世話になっております。エイホさんが作戦のキモとなるのでよろしくお願いしますね。それと……」
桂が向き直った先に居るのはカース。
「その前にあなたの力が必要です」
「…………んあ? 私ですか?」
カースは自分の出番を全く予想していなかったので少し間の抜けた返事をした。
それを見て桂は「良し」と頷いた。
――――――――――――――
葛西臨海公園。カースがピンク色の強化ボディを纏って立っている。サイズは20メートル。ドグルシャクモルにやられた時のザクシーのサイズだ。
隣には同じサイズの強化ボディザクシーも居るが、コレは中身は入っていない。カースが起動してたまに動かして見せているだけだ。腕組みをして足を組んで宙に浮いている状態にしてある。
それをモニターで見ているのは宇宙人対策本部の面々。
『ザクシーは健在だと示す事でドグルシャクモルへの恐怖を薄めます』
作戦説明時の桂のセリフを思い出すカース。棒立ちである。キョロキョロしたり足元に誰かいないか女子っぽい仕草で確かめたり、とても強そうには見えない。
『カースさんは戦闘経験も訓練の経験も要りません。むしろ弱そうなほど良い』
実際、戦闘などした事もないし強化ボディの起動さえ数えるほどしかしていない。
「避難は完了しているよな? なんで周辺を気にしているんだ?」
秋月が首を傾げる。
「アレはカメラ写りを気にしているんだろう。遠くで各種メディアに撮られているから」
ザクシーが苦笑いしながら言う。
ザクシーはまだ『根源』の調子が悪く強化ボディを安定させられない。再起不能というわけではないが、ドグルシャクモルを前にしては立っていることすらままならないかもしれないと本人は言った。
そんなドグルシャクモルが、今カースの目の前に、ティーパックから色がにじみ出るように、空間からにじみ出てきたように現れた。
モニター越しにそれを見ているザクシーの額に汗が浮かぶ。顔色も悪い。
「大丈夫か?」
ベーケイが声をかける。
「あ、あぁ、に、偽物とわかっていても、ど、動揺しているよ」
偽物である。このドグルシャクモルは見た目を似せて作った人形だ。かつてレイポーンというカラフルな怪獣を作ったユーシー星人に作ってもらった。
「ネットの動きは?」
秋月が聞く。千村仁美達がSNSや匿名掲示板の書き込みを常に監視していた。
「今の所不安が多いですね。カースさんの実力を疑問視する意見と、思ったより多くの人間が……なんかあのー、カースさんを見て……興奮しています」
千村が恥ずかしそうに言葉を選んで報告する。
「……そうか……なんか、すまない」
秋月は謝った。
エイホとトオナが左右から千村の肩を叩いて労った。
そんなやり取りの間に、カースとドグルシャクモル人形の闘いが始まった。
カースの腰の入っていないパンチが当たると、ドグルシャクモル人形は嫌がって後退する。
そこにカースが妙に遅いピンク色の光弾を発射。命中して小爆発を起こし、ドグルシャクモル人形は苦しんでひっくり返る。
「ひどい茶番だな」
エイホが楽しそうに笑っている。
「ネットの反応は?」
「アレ、弱くね? って感じですね。カースさんが強そうに見えないのが功を奏して居ます」
えいえい、とまるで体重の乗っていないパンチキックにより、ドグルシャクモル人形はろくに反撃もできず、ヨロヨロと飛び上がって急いで逃げるように消えた。
カースは「これでいいのかな?」とザクシーの抜け殻の方へ振り向き、ザクシーの抜け殻も「うむ」と頷いて二人揃って上空で飛び去った。
秋月が無言で千村の方を見る。
「概ね成功です。ドグルシャクモルは弱い、と印象づけることが出来たと思います。懸念されていたヤラセ疑惑よりも、カースさんへのあのー、劣情と言いますか、あのー……」
「あ、ああもういい、わかったありがとう。うん、お疲れ様」
ヤラセ疑惑についてはザクシーもヒヤヒヤしながら聞いていた。まさに自分がやってきた事がそれなのだから。
「第一段階は成功とみなして良さそうですね。では本物が来ないウチに次の作戦をお願いします、出番ですエイホさん」
桂が満足そうに宣言をし、エイホがニヤリと笑った。




