宇宙海賊
ギャプゼルから放たれたビーム機関砲はキュパンキュパパンと連続爆発音を上げて――
ザクシーではなくボロクラゲに命中した。
「え?」
エイホが驚く。
ボロクラゲは砲撃を受けて、体液と破片を撒き散らして仰け反った。意外にもギョアアアと鳴き声も上げた。
ギャプゼルが旋回しもう一度ビーム機関砲を発射。
命中したかに見えたが、ボロクラゲは空気に溶けるようにスゥッと消えた。すり抜けたビーム機関砲が地面をえぐる。
「なに? どういう事?」
エイホの考えでは、宇宙海賊ボリガーは地球侵略の為にボロクラゲを使って邪魔なザクシーを弱らせてとどめを刺しに来た筈なのだが、もしかしたら違うのかも知れない。
むしろザクシーを助けに来たようにも見える。というか状況的にそうなのだが、エイホにはなぜそうなるのかわからない。
「どうなってんの? あっ、ザクシーを捕らえに来たのか!」
それなら納得がいく。ボロクラゲにとどめを刺される前に割り込んできたのは、ザクシーを生け捕りにするためだったのだ。
「えっ、どういう事ですか? 誰ですか?」
誰もいないはずのザクシー基地内で、急に後ろから声をかけられたのでエイホは素早くふりかえった。
そこにはザクシーと同じくらいの背丈の黒髪の女性が居た。立ち姿だけで戦闘能力は低そうだと感じたエイホは警戒を解いた。
エイホが目を閉じて女性を指差しながら「えーとえーと」と呟いたあと、
「……ザクシー星人?」
と聞いた。多分違うけどそんな感じだった気がしたのだ。
「ユーシー星人です。ザクシーを捕らえに来たって、どういう事ですか? 彼は今どこですか?」
女性が警戒心も顕に、厳し目の口調で問いかける。
「私はエイホ。ザクシーと協力関係にある宇宙人。ザクシーはここ」
と言ってエイホはモニターを指差す。
「エイホ。そういえばザクシーの報告書にありました。確か危険人物として特記されていましたね」
そう言いながら女性は警戒態勢のままモニターに視線を移す。
エイホも棒立ちでモニターを見つめる。
「危険人物じゃないけど」
危害を加える意思はないと伝えるためにユーシー星人用の椅子を引っ張って差し出してやった。
素直に信じて即座にそれに座るあたりがユーシー星人っぽいなあとエイホは思った。
モニターに映るのは生身で倒れ伏しているザクシー。
「デッカいキモい怪獣がさっきまで居てさ、なんかした様には見えなかったけどザクシーが急に苦しみだして倒れたんだよ。そしたら宇宙海賊が来て怪獣を撃ったんだけど、……そうだ! 早くザクシーを助けに行こう! あんたもワープ出来るんだろ?」
「で、出来ますけどキモい怪獣とか宇宙海賊とかが居るんでしょう?」
「私も行くから大丈夫だよ! 細かい話は後だ、急がないとザクシーが連れて行かれる!」
「ええっ!? わ、わかりました」
「ワープに使う登録みたいなのはザクシーにされたけどもう一回やる? 場所わかる?」
「あ、はい履歴が見れるので大丈夫です。とりあえずあなたを信じます、エイホ」
「うん、アンタはなんて呼べばいい?」
「私はカース。ザクシーに連絡が取れなくなったので見に来ました」
カースはザクシーのように、本人にしか見えない視界内コンソールを操作してザクシーが使ったワープの履歴を調べ始めた。
あまり得意でないのか、目が上の方に行っているし、操作のために必要なのか不明だが舌が出てくる。突然変顔を始めたようにしか見えない。
「癖が強いなあ」
エイホはせっかくだからと思い、自分の通信機の撮影機能で変顔を撮っておいた。
――――――――――――――――――――
「寒いっ」
ワープしてすぐにカースが叫ぶ。
ワープした先は雪原だ。強化ボディを起動していれば平気だったのだが。エイホは薄着だが全く問題なさそうだ。
「ザクシーはどこだろ。アイツ無駄にグルグル飛び回ってたからなあ。あと白い服着てるし目立たないんだよなあ。カースも同じ服着てるけど民族衣装なの?」
「あ、はい。ゆったりしてて楽だし。うぅーでも寒い! 強化ボディ使います」
また変顔をして、カースはピンク色の強化ボディを纏った。大きさは10メートル程度。カースがフワッと浮いたかと思うともう強化ボディを纏っていた。
「ねえ、その辺にザクシー見えない?」
エイホがカースを見上げて聞いた。
「うーん……あ、いた! けど……」
カースが動揺している。
「どしたー?」
「誰か居ます」
「……ふーん」
エイホの目つきが変わった。
二人はザクシーの元へ駆け寄る。カースが言っていた「誰か」はすぐに見えた。
その人物はザクシーを抱き上げ、エイホとカースをじっと見ている。
エイホとカースが近くまで来たとき、最初に口を開いたのはエイホだった。
「どういう事、ベーケイ?」
「久しぶりだな、エイホ」
ベーケイと呼ばれた男がそう言って牙を見せながら笑った。
身長は2メートル以上あり、丈夫そうなパイロットスーツの上からでも筋肉が隆々と波うっているのがわかる。赤い肌は岩の様な硬質さを感じさせ、茶色い頭髪の間から黒い角が2本生えている。顔の皺からして中高年だと思われる。赤鬼と呼ぶに相応しい大男だ。
「俺はここで話しても良いが、コイツはどうする?」
サイズが違いすぎてまるで赤ん坊の様に抱かれているザクシーを持ち上げて見せる。
「どうするカース?」
「えっ?」
急に決断を迫られてカースが狼狽える。
「えっと、あのー、この方は敵ではないん……ですかね?」
「どうなのベーケイ?」
「敵ではない」
即答した。
「だそうだよ。まあもしも暴れだしても私がブチのめすから、ひとまず基地に帰ろうか」
「わ、わかりました。まずはザクシーの治療が優先です」
それを聞いてベーケイは頷き、エイホにザクシーを渡した。
「俺はギャプゼルで行くから場所だけ誘導してくれ」
「わかった。変な真似をすれば穴を開けてやるからな」
「あ、穴を? 何に?」
怯えるベーケイの問いにエイホは答えなかった。
――――――――――――――――――――
基地へ戻り、ザクシーはベッドに寝かされた。
一通りの検査が終わり、未だ意識の戻らないザクシーをエイホとカースが並んで心配そうに見つめている。
「外傷はありませんが、目を覚ましませんね。あの方が寒さから守ってくれたのか、低体温になっていたわけでも無い。そういえばあの方とはどういった関係ですか?」
「アレは宇宙海賊ボリガーのボスだよ。地球の環境には耐えられないって聞いてたのに普通に耐えてたなあ」
「ボス!? エイホの方が偉そうに見えましたけど……」
「私の方が強いからね」
「ぇえぇ……強いからって……そんな人が居て組織って成り立つの……?」
「それよりさ、通信どうなの? ザクシーはアンタたちに連絡が出来ないって困ってたけど。カースも連絡出来ないから来たんでしょ?」
「あ、はい。そうなんですよね。何かが邪魔してるというか、こんな事今まで無かったんですけど……」
両手の人差し指で両のこめかみを突きながら困り顔で唇を尖らせるカース。
何故かエイホがそれを撮る。
そこで基地内にアラートが鳴り響き、エイホが「うるせっ」と耳をふさぐ。
「ここに接近する物体があります。ベーケイさんでしょうね」
カースがモニターを見てベーケイの乗るギャプゼルを確認しアラートを止めた。
カースが正面ゲートを操作して開け、ベーケイがキョロキョロと物珍しそうに基地内を眺めながら入ってきた。そしてエイホとカースを見つけて手を挙げる。
「具合はどうだ?」
「私?」
「違う」
エイホのダル絡みをあしらって、ベーケイはザクシーの顔をのぞき込んだ。
「ふむ。まあそのうち目を覚ますだろう」
「そうなの? あのクラゲみたいな怪獣の事、知ってるのか?」
「ドグルシャクモルだかなんだかそんな名前だった。昔聞いたことがあった」
ベーケイはズボンのポケットからタブレット端末を取り出した。データベースを漁り、見つけた。
「コレだ、ドグルシャクモル。合ってた。ワハハ俺の記憶力も大したものだな」
嬉しそうにタブレット端末に映るドグルシャクモルを指差し、エイホとカースに向かって笑顔を見せる。
「いいから調べろ」
エイホに冷たく言われてすぐに真顔に戻った。
「昔、既に滅んだ文明を見つけたときにコイツの情報があったんだ。異星人が多く交流するところへ現れるらしい」
「というと、今回は私達ユーシー星人が地球に来たことが引き金になったのですか……?」
カースが顔を曇らせる。地球に迷惑をかけてしまったのではと。
「いや、地球には元々多くの異星人が潜んでいたし、時間の問題だったろうな。アレは宇宙を群れで漂う化物だそうだ。さっきの1匹に見つかった事で、今に群れでやってくるぞ」
「お前がちゃんと倒さないからだろ」
「いや俺は頑張っただろう。コイツを助けたのも俺だぞ」
ザクシーを指差して講義するベーケイ。
「でもお前は何が目的なんだ? 私に地球侵略させといて今度は地球を守るザクシーを助けに来た。地球の環境にも普通に適応してるし」
ベーケイは腕組みをしてウーンと悩んだ。
「さまざまな理由があるが、全部お前に言っても理解出来ないだろうから、ウグッ、一つだけ教える」
途中でエイホのリバーブローを受けたがベーケイは続ける。
「ドグルシャクモルが来たからにはもう戦うしかない。アレは一度見つけた獲物はどこまでも追ってくる。そういう生き物だ。地球を見捨てて逃げた後に各個撃破されるより、ここにある全ての力を結集して戦うべきだ」
海賊のボスらしい力強い宣言だった。カースは「確かに」と頷いている。
「でも見てみろザクシーを。コイツは何をされたんだ? 1匹来ただけでこの有様だぞ? 群れでやって来るって、私はともかく地球人が勝てるのか?」
エイホが肩をすくめる。
「伝承によるとドグルシャクモルは数は多くても全体意識の共有をするらしい。つまり『ヤバイ勝てない』と思わせることが出来れば撃退は出来るはずだ」
「ん? 全体意識の共有って……」
エイホがカースを見る。
「ユーシー星人と似ていますね」
カースが頷く。
「うむ……そして伝承にはこうある。『恐怖や憎悪を糧とし、増強し増える』と」
「……ユーシー星人が『根源』に恐怖を刷り込まれたら……」
カースはもう既に恐怖を刷り込まれていそうな表情でザクシーを見る。ザクシーに自分の未来の姿を重ねている。
「エイホ、お前は地球人社会に溶け込んで上手くやっているんだろう? ここは地球だし、地球人の力無しでドグルシャクモルを倒すのは難しい。ドグルシャクモルの情報を共有して作戦を考えられる相手は居るか?」
「うーん……」
最初に浮かぶのはおばあちゃんだが、作戦を考えてもらう相手では無いし、巻き込みたくない。
次に浮かんだのは千村仁美だが、臆病な彼女ではドグルシャクモルへの恐怖が増してしまいそうだ。
秋月とかいう役人の連絡先は聞かなかった。一緒にいるトオナに連絡すれば良いと思ったからだ。
トオナは死んだ事にしているからここで名前を出すのはマズイか。
エイホが悩んでいるとベーケイがため息をつきながらエイホの肩を掴んだ。
「エイホ、もういいからトオナを呼べ。生きてるのはわかってる」
エイホは少し驚きながらも、どうすればいいか考えたがすぐに面倒くさくなり、カースに「どうする?」と聞いた。
カースは「え?」としか言えなかった。




