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宇宙人と正義の味方

 窓をぶち破って何者かが侵入して来たとき、どうするのが正解なのだろうか? とスマホのカメラで動画撮影しながら桂は考えた。

「何だテメエコラ?」

 短いツーブロックの髪型で、シャツの隙間から見える首筋にタトゥーを入れている男がエイホに歩み寄ってきた。

 窓をぶち破って来た相手へのファーストコンタクトが威嚇は無いだろう、と桂が思った時にはもう男はエイホに殴り飛ばされていた。

 顔面を殴打されて後方に回転し、逆立ちに近い状態で壁に叩きつけられたタトゥー男は立ち上がる気配はなかった。

「死んだ?」

「いえ、残念ながら」

「次はどうかな?」

「殺すぞテメエ!」

 金髪の太った男が叫びながらエイホの左からナイフで攻撃してきた。が、エイホが左手を素早く振り上げたときにはもうナイフは天井に突き刺さり、流れるように右のローキックで金髪の男をこれまた半回転させた。

「死んだ?」

「全然」

 部屋にいた小柄な男が出口へ走ったが、桂が机においてあった紙束を投げつけるとそれを踏んで滑って派手に転んだ。頭を強打してのたうち回っている。

「やるじゃん!」

「今の私、格好良かったですよね!」

 そんな会話をしてる間にエイホは二人殴り倒していた。

 もうエイホと桂以外に立っている者は居なかった。

「はい、撮影終了です。お疲れ様でした」

「もう終わり?」

 エイホは不満げに倒れた男たちを見下ろしている。

「ちょっと動画の尺が短か過ぎますが、まあ最初はこんなものでしょう。短い方が動画の再生数も増えそうですし」

「人気出るかな?」

「人気は出ると思いますが、暴力シーンなので動画サイトでは削除されると思います。SNSでは暴れコスプレイヤー止まりでしょうね」

「えー」

「場所を変えてもう一本撮りましょう。地球人には出来ない動きをしてください。怪力とか高速移動とかが良いでしょう。あ、ビームは出ますか?」

「出るわけ無いでしょ」


 全員を縛り上げて警察に通報しその場を離れ、桂の用意したコンパクトカーに乗り込んだ。

「後は所轄の警察に任せます。事なかれ主義が問題になっていますが、コレを無かったことにする様なら、一応私も警察なので手を回して組織の膿を出します」

「やるじゃん桂。で、どこに向かってるの?」

「これを見てください」

 桂が車内のテレビをつけた。

 ニュースをやっている。

 都内の貴金属店に白昼堂々強盗が入り、手際が悪く逃亡ができず人質を取って店内に立てこもっている。

「ブラックバイトってやつですね。幸い近くなのでコレを使いましょう」

「なるほどね。正義の味方が登場するのにアレだね、おやつられむき?」

「おあつらえ向き、です」

「ソレ。どうやればいい?」

「犯人は3人いて覆面をかぶり、全員バールを持ってます。人質は店員の女性一人。入り口は厚い強化ガラスで、裏口は施錠された鉄のドアです」

「ふむふむ。じゃあ普通にやる」

「おまかせします。おそらくマスコミに撮られるので犯人は殺さない方が人気が出るでしょう。人質も怪我をさせない方がカッコイイですね」

「任せろ。終わったあとの段取りは?」

「少し離れた場所に居ますので、警察やマスコミは無視して戻ってきて下さい。立ち去り方は……」

 こうして移動中に簡単な段取りを打ち合わせし、正義の味方作戦は始まった。



 店の前はパトカーと警察に包囲されている。離れた場所に野次馬の壁。それらを蹴散らして行くのは正義の味方ではないと思ったので、エイホは適当に物陰からビルの上へ飛び上がり、そこからビルの上を渡って貴金属店の入口前に飛び降りた。

 突然上から降ってきた仮面の女に、警察もマスコミ含む野次馬もどよめいた。

「何だあれ?」「落ちてきた?」「誰?」

 どよめきは店内にも伝わり、犯人が二人入り口へ近づいてきた。

 強化ガラス越しに犯人の位置を確認し、カウンターの奥にもう一人居て店員を捕らえているのも見えた。

 エイホは目にも止まらぬスピードで入り口へ移動すると同時にパンチでガラスドアを破壊した。いや、パンチですら無かった。ガラスなど無かったかのように犯人の一人の胸ぐらを掴んだ。

 ガラスがバラバラに吹き飛び、地面に散らばる前にもう一人も回し蹴りで店外へふっ飛ばした。

 胸ぐらを掴んだ犯人も勢い良く投げ飛ばし、警察の前に転がした。

 最後の一人は何が起きているのか把握する暇もなく、人質を使って脅しをかける事も間に合わず、エイホの飛び蹴りを腹部に受けて悶絶した。

 ガラスがパラパラと地面に落ちきった後、呆然とする店員を横目にエイホは犯人の服の背中を鷲掴みにして引きずりながら店を出ていった。

 エイホが犯人を引きずって店から出てくると野次馬から歓声が上がった。

 エイホは野次馬に向かってピースをし、警察に向けて犯人を放り投げた。

 警察達が我に返ってエイホに話しかけようとしたところで、エイホは桂に言われたとおりに、跳躍してビルの上に消えた。

 その超人じみた光景と、正義の味方の登場に観客は大いに沸いた。

 

 エイホは店の前まで来たときのようにいくつものビルの上を飛び移り、少し離れた場所で待っていた桂の車へ乗り込んだ。報道ヘリは居なかったのでビルの上に跳んでからは誰にも見られていない。

「お疲れ様でした。テレビで見てましたよ。バッチリです。ピースは余計でしたけど」

 二人はワハハと笑い合って、すぐに車を走らせてその場を離れた。

 


 それからはテレビもSNSも新たなヒーローの登場で盛り上がっていた。

「青い仮面の女、貴金属店強盗を制圧して飛び去る」

 そんなタイトルのネットニュースが世界中に広がった。

 エイホは家に帰り、満足げにそれを眺めている。

 今日はザクシーも動かなかったし、話題はエイホ一色だ。

 強盗の件以外にも、桂が撮影した詐欺グループ退治動画も拡散され、その正体についての憶測が飛び交った。

 宇宙人説、改造人間説が多い。

「おばあちゃんはコレだれだと思う?」

 テレビを眺めていたおばあちゃんは、腕組みをしてしばらく考えたあとで、

「うーん……天狗?」

 となんとかひねり出した。

「おお、それは予想外だったなあ」

 エイホも腕組みをして首をひねった。

 そこで不意にエイホの通信機が鳴った。

「おっ、来たな?」

 エイホはニヤリと笑って「電話してくる!」とサンダルを履いて外へ出た。

「はいはいどうしたザクシー君?」

『……なかなかやるじゃないか、宇宙海賊』

 エイホは声を聞いただけでザクシーが悔しがっているのを感じ取った。

「ハッハッハ。人気出ちゃってゴメンねー、宇宙人」

『お前も宇宙人だろ』

「まあ地球はお前に任せたぞ。私は日本を守るから」

『なっ……卑怯だぞ! 日本が1番色んなものを作ってくれるんだぞ!』

「お前はワープ出来るのに日本だけ守ってたら怪しまれるだろう? 悪い宇宙人も日本にだけ攻めて来るわけに行かないだろう? 協力して地球を守ろう、な? ケケケ」

『何がケケケだ猿女!』

「猿女って、お前それはシンプルな悪口だろ」

『ん? 何だお前知らないのか、自分が何て呼ばれてるのか』

「え? なに? 天狗?」

『え? テング? 何だそれは? いや言わなくていい後で自分で調べる。それよりお前巷では飛猿って言われてるぞ』

「とびざるぅ!? 何でよ!」

『ニュースのタイトルに飛び去るって書いてたから』

「はあ!? ふざけんなよ日本人! チョンマゲ毟りとるぞ!」

『チョンマゲ? あんまり変なワード出すなよ混乱するから』

「ググれカス!」

『ググ……なに?』

 質問には答えず通信を切った。

 そしてすぐにもう一度通信機を操作する。すぐに反応があった。

「かつ」

『はい、飛猿はマズイですね。昔時代劇に居ましたけどね。私は好きですけど宇宙人というより忍者のイメージになってしまいますね。すぐに良い名前をいくつか考えておきますのでエイホさんもよろしくお願いします』

「え」

『それとどうしてもガラスをぶちやぶって建物から飛び出してくる絵を撮りたいのですがやっていただけますか? あ、コスチュームも数パターン用意しておきますので、なる早で後日また会いましょう』

「お、おぉ……」

 桂に全て先回りで言われてしまったので大人しく通信を切るエイホ。

「名前にコスチュームに……正義の味方って大変だなあ」

 首を傾げながら家の中へ戻り、台所にいたおばあちゃんの袖を摘んだ。

「おばあちゃん、正義の味方ってどういう人だと思う?」

「うーん……お医者さんかねえ。あとヘルパーさん。それと今はエイホだね」

「え? 私?」

「うん。買い物もしてくれるし家事も一緒にしてくれる。熊も退治した。エイホが一番頼りになるね」

 おばあちゃんがエイホの目を見てしみじみそう呟く。

「そうかぁ……私はもともと正義の味方だったのか……なあんだ」

 エイホが目を閉じて口角を上げる。

「どうした?」

「なんでもなーい」

 後ろを向いて台所を出ていくエイホ。

「なんでもないけど、おばあちゃんみたいな人からお金をだまし取ってるようなやつはこれからも潰して回る」

 そう呟いて、飛猿に代わる名前を考え始めた。

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