第2話 状況整理
魔獣の森についた私とアシャリフィは一度食事と状況把握、色々聞きたいことの質問会をすることにした。
というか急展開すぎる。そもそも私はこの人を知らない。
前世の記憶にもない人。何故私に付きまとうのか。全然分からないでいた。
アシャリフィはいつの間にか白いローブから緑と黒帽子の黒魔術師のような姿に変わっていた。
まぁ特に気になることもなく質問をすることにした。
「まずあなたは誰?」
《アシャリフィです。あなたの願いを叶える者、とでも。啓示の代わりとでも思っておけば大丈夫です。》
「何故私についてきたの?」
《前世のあなたの夢の続きをこちらでも叶えるためです。》
「私はここに転生しても変えるつもりは無いよ。」
《だからこそ私がいるのです。》
わたしの心のうちはお見通し、とでも言うかのように答える。
そうだ。私の前世も今世も、このくだらない世界を変えたいと思ってる。
催眠でもなく、脅迫でもなく、ただ一点。「言葉」で人を変えたい。私に出来ることはいつだって「言葉」だけで…公平な世界を作りたかった。
それ以外の手段なんて使ったら、悪の手を少しでも許してしまう。
一方的に傷つけておいてそれを禁じる、なんてどうかと思う。
「一つお願い聞いてくれる?」
《何なりと。》
「人々にその力を認知させない。認知できないことを言い訳に相手の自由意志を曲げさせない。約束できる?」
《思考誘導は起こり得る選択肢を誘導する程度に致しましたが不愉快でしたか?》
「素の大人が出来る範囲の思考誘導なら構わないよ。」
《わかりました。》
要するに言霊にしない程度。会話の中で誘導できる程度の思考誘導ならあまり影響も出ない。
怖いのは「何かを植え付ける」タイプの思考誘導だ。
何かを知って、何かを知らずに誘導するのは環境系の魔法レベルに厄介だ。
そういう集団催眠系の誘導は好かない。
統一化をこの方は望まない。王の資質はないが神の資質はある方だ。
実際、私が仕えている理由は私の自由意志によるものだ。
本来貴方様の望み通りに公平性を守るためにじっとしておくのがいいのでしょうが、そんな主様の公平性を壊す害虫からは守らなければ。
…前世ではやりすぎてしまいましたが…それもこれも奇跡を起こせない世界だから、ということにしておきましょう。
前世で起こった不可解な不幸はほとんど私が起こしてしまいました。私がずっと傍で守っていたのにも関わらず、一人だと塞ぎ込ませてしまったのは私の責任でしょう。
でも、この世界ではそんな事しなくてもこうして実体としてお守りできる。それのなんと幸福なことか。
今度こそ、きちんとお守りします。ご主人様。
「さて、君が怪しいことには変わりないけど、一先ず状況確認をしよう。」
そこら辺の木の枝を拾い、──アシャリフィが書きやすいよう適度に柔らかくした──地面に図を書き
「教会は聖騎士を派遣すると思う?」
《今後あの教会では啓示が降りませんので間違いなく貴方様の搜索が始まるでしょうね。ですが、最低1ヶ月程度は持つでしょう。》
「そっか、君が直接啓示をしていたからか。」
《疑似精霊を代理に啓示をしてもらう事もできますが、その場合適切な啓示が与えられず国が滅び、結局その罪を主様のせいにするでしょう。》
有能な敵より無能な味方の方がタチが悪い、か。
「啓示って仕事の適正のことだよね」
《いえ、10歳から20歳の際に起こる出来事から学び適職に着くまでの誘導です。》
要するに10歳までは精神や気持ちが発達していないため啓示を行わず、10歳からは自我がハッキリしてくるから「将来の夢」を強制的に決めることで、自我の方向性を決めているのか。
「疑似精霊がやるとどうなるの?」
《前世と同じようになります。精霊は悪い意味でもいい意味でも楽しいこと好きですから》
楽しい方に進む精霊は啓示もまた「面白い方向」を優先する。
楽な方向に進む人間はそれを受け、「面白くないこと」を嫌うようになる、ってか。
あくまで啓示は適職は自分で見つけなさい、ってことだな。
「…啓示はあった方がいいな。精霊以外に何とかならない?」
《仕方ないので分身を置いてきました。
…ところで、どうして啓示を許可なさったのですか?》
ふと気になった。何故そんな「洗脳」を許可なさるのか。
洗脳ほどでは無いにしろ信仰を利用した誘導だ。
そういった集団催眠を好まないタイプの人だということはよく知っていた。
「ん?無法地帯と自由は違うものだからだよ。
人々に自由を認める心がなければ自由を認めれない。
前世は無法地帯。嫌いなものは嫌いって言えてしまっていた。
個体確立が故に、「頑固」になってしまえる。人個人として進歩しずらくなっていたんだ。」
自由を認める心の土台を作るためには啓示が不可欠。
ついでに「自由」は人一人には重荷すぎて、「示唆してくれる人生」が無ければ適正なんて分からない。
あとは、啓示に縛られすぎずに生きることが大事だが…難しいな。
こんな自分が追い込まれている状態…私がいるとしても、信用されてないのに人類のことを気にかけるなんて…
相変わらず変わりませんね。
前世では自分には生きる価値がない、と絶望していたのに。いえ、前世でも「人類が強固で変えられないから、変える必要が無いから生きる価値がない」と思っていましたね。
「さて、次だ。国がどう動くか。」
《ご結婚については虚像申告でもしておけば何事もなく事態は収束するでしょう。》
それもそうだ。存続の為の繁殖だけの目的だろうし、別の国に行けば法も変わる。無理して結婚する必要は無いのだ。
そういえば。
「この世界の『子供』と『大人』ってどうなってるの?年老いてても啓示受けなかったら『子供』なの?」
《はい。身体の成長を止めていますので子供が自然と大人になることはありません。私の権能では精神の成長は干渉できません。》
大人は生理やら何やらが来るようになる、って感じかな。兄は大きくなってたし。精神の方は干渉できないのか。
前世の思想で「言葉や精神は知性体が作り出した唯一の独立した物」という認識があったからだろうか。
「そりゃまたどうしてそんなことを?」
《主様が「分かりやすく」して欲しいと望んでいたので。》
主様?私以外の誰かがいるのだろうか。私はそんなお願いをした覚えはない。正直この人には不信感しかないが、変える必要のないものだと判断し、次の質問をする。
「私の家族は?」
《あの家族ですか?今は特に。親が帰った後の動向は追っておきますね。》
これで不安材料はないかな。
「よし、野宿の準備と朝ごはん用の木の実を取ってこよう。」
《はい!では寝床の設置をしますので行ってらっしゃいませ。》
あれ…私の方が主なんだよね…まぁいいか。魔法使えるアシャリフィの方がセッティングも速いだろうし。
そう、アシャリフィについて甘くみていたのだ
さて、ご主人様は行きましたね。
ご主人様はいつだって他人頼りな人で、他人に媚びないお方です。
知っていますよ。私がマスターに不審がられていることくらい。
分からないことがあって信用出来ないのでしょうが、それでも「騙される」ことを選ぶお方です。
その不安は私がどう尽くしても取り払えるものではありません。寧ろ、その不安を取り除くことをマスターは嫌う。だからこそ信じるという愚直さを見せるのでしょう。
さて、前世でのマスターの周りの人は社会的弱者ばかりで頼りになりませんでしたが、私ならばマスターを養うことくらい造作もありません。
まずは寝床。ベッドで寝かせてあげたいですが、雰囲気には合わないので仕方なくハンモックにしましょう。
次は…平民のマスターは身なりもあんまり良いとは言えません。
服を作っておきましょう。パジャマ…は、少しづつ作るとして、ラフなYシャツでも作りますか…
そうして帰ってきた頃には、それはもう前世で許されるなら森でこんな生活をしたかった!となるレベルの快適空間が形成されていた。
木に吊るされたハンモックに、アウトドア用のガスコンロ。座る用の切り株。石で囲まれた焚き火。
質素ながらも必要なものは揃えられたちょっと贅沢じゃないかなと思うほどの空間が出来上がっていた。
《主様。服を作りましたので着ていただけますか?》
「え?あ、うん……」
土色の動物の皮を使ったそれこそスラムかなんかで着るようなワンピースを脱ぎ大きなサイズのワイシャツ…つまり彼シャ…
恥ずかしさを超えて賢者モードになり冷静にアシャリフィに稚拙な圧をかけ
「ねぇ、もうちょっとマシな服は?」
《ありません》
「堂々と嘘をつくな。この服作ったのアシャリフィだろ」
《紐パンもありますよ♪》
「よくその要求通ると思ったな!!」
紐パンを奪い木の影で履き納得いかないと不機嫌そうに出てきて、通るんじゃないですか、と言いたげなニコニコ顔──どちらかと言うとニヤニヤだろ──を向けられて
何かに気がついた様子でアシャリフィが口を開け
《あ、冷えますよね。何か飲み物を作りますので何がいいですか?》
「コンポタ」
《畏まりました。》
切り株に座るのは薄いこの服では痛そうだというわけでアシャリフィの腿の上に座り、
え。あるの?とワンテンポ遅れて振り返り
ガスコンロでグツグツとお湯を沸かす様子を見つつマグカップ
二つにコーンポタージュの粉を入れる
あ、そこは作るわけじゃないのね。いやまぁ、高級料理店とかで出されるような安物じゃないコンポタを出されても合わないけど。
基地を見ても、不自然感はない。アシャリフィなりに私に気を使ってくれていたのだろう。
住めば都。なんて嘘だった。慣れる努力をすればするほど私は理解出来なくなっていった。けれど理解出来なくなる度にその考え方を求めてる人は都度現れて、また別の理解をすれば離れていった。
実際は違う。私はずっと世界を変わらないものとしていた。
コーンポタージュが血のスープに見える夢なんて何度見たか。
この世界でも変わらない。例えどんなに「優しい」人であっても、血が流れない世界なんて存在しない。人から人に行われる悲しい行為は、デメリットがないものなんて存在しない。
《出来ましたよ、主様。》
「あ…うん」
マグカップを受け取り、ふーふー、と息をふきかけできるだけ大口で飲み、口の中で少しだけ咀嚼し冷まして飲み込み
「はぁ〜〜…」
《どうですか?》
「うん、美味しい。」
けど、それでいい。
美味しい、それだけでいい。今は「普通に」なんて評価をつける必要は無いのだ。きっと気になるも最高も「普通」なのかもしれないけれど。あ、不味いはあるよ?
って、誰に話しかけてんだか。
《…先程、何を考えていたんですか?》
「…情報で分かってるなら…」
《主様の崇高なお考えをその口から聴けるという快楽は得られません》
こいつ欲望に忠実すぎないかな…なんて考えながら、チョロい私に免じて許してやることにした
「ただの、つまらない人間社会の根源を考えてただけだよ。」