第1話
重い瞼をゆっくりと開け、また閉じ眠る。
だって眠いし。まだ昼だし。誰も邪魔しないなら眠っててもいいんじゃなかろうか。いや、そうに違いない。
…いや暇だ。寝るのさえ暇だ。やめとこう。
飛び起きるように腕を真っ直ぐに上体を起こす。
背伸びをして木の木陰から出て村の近くにある崖から落ちる。
「あ、れ?」
下を見ると足場がない。あるはずがない。崖から先は断崖絶壁なんだから当然だ。
重力に従い真っ逆さまに自然落下する。
いや死ぬよ!普通に死ぬ高さだ!
地面に足がつく瞬間、ぶわっと風が巻き上がり衝撃を和らげゆっくりと降下し尻もちをつく
何が起こったのだろう。私はただの子供Aなのに…
《またやらかしましたね…はぁ、無事で何よりでした。》
何か言われた気がするが気の所為だろう。
子供は霊感的なものが強い。といっても、聞こえる人は少数っぽいけど。
私は10歳だからそんな声が聞こえても仕方ないだろう。うんうん。
そういえば、そろそろ10歳になって初めての4月か。
10歳になった時、世界からの啓示が貰える。
10歳に大人になり、子供の頃は知識をつければ全ての魔法を使えるが、大人になったら一部の啓示をもらった人しか使えない。ほぼ全ての魔法が神に還元されるらしい。
万能の子供と、無能な大人。だけど子供には知識がない。稀に私みたいな「世界を知ることが出来る」体質の人もいるが、少数らしい。一部例外。魔法の知識はからっきし
大人は何故子供を「大人」にするか。
子供の方が稼げる。けど、大人にしかできないことがあるらしく、国の政策で子供一人を大人にする義務がある。
そして結婚相手を決めさせられる。酷く面倒くさい政策だ。けどしょうがないとは思う。
1年内に決められない大人は死ぬまで牢屋暮らしだ。食事もなし。それこそ死しかない。
残念ながら私は魔法を使わない子供ということで選ばれた。
こうなるんだったら学校ちゃんと通っておけばよかった。
無論、魔法なんてなくても魔法みたいなもの、は出来るけど。
火だって起こせるし、水も運べる。花を咲かすことだって出来る。
魔法じゃなくてもいいのに、と思う。だけど人はそういうのに、利益に拘るのだ。
仕方ないと雰囲気が冷たい家族の下にもどる。
食事はちゃんと与えてくれる。それこそ世間体を気にしているだけだろう。子供を大切にしない大人は他の人達に嫌われる。
ボロでも出せばバレかねないのだ。
私の行動を抑止することも出来ない。なぜなら「使っていない」魔法であって、「使えない」確証なんてないからだ。
現に、さっき落ちた時魔法によって死ななかった。あの幻聴がやったのかもしれないが、幻聴は幻聴だ。
美味しくパンとシチューを食べていると、隣の席にベッタリくっついている弟がそーっとパンの方向に手を伸ばしてくる。
気づいてない様子でパンを半分に千切り、腕組みをして考え事をしている様子を見せると、嬉しそうにそのパンを受け取り頬張って食べている。
この子はナーズィ。次男。8歳。少し小太りになってきている大食い…ほどではないが割と食べる子だ。私によく懐いている。長男から立派に育てよーと圧をかけられて私がいつも庇うからだろうか。
5人兄弟で、長女が私ことリーフィ。
長男はハイラーク。長男。13歳。父親似の赤毛の兄貴分だ。私より先に生まれたのに何故大人になってないかって?5歳から7歳の間に発現するはずの魔術を全く使わない私に継がせるためである。大人を2人にするメリットが普通の家庭には無いのだ。
ちなみに言い争いは私の方が若干不利である。地位も名誉も魔法もない表上の私は彼に頭が上がらない。
二人きりの場では私が魔法が何故か発動する天才なためそういう演技をしてもらってる、ということになっているが、やっぱり次男には表上の私のようになっては欲しくないのだろう
次女はミリアーヌ。9歳。メスガキである。学校では優等生らしく、お淑やかなのだが、家ではメスガキっぷりを全開にしている。が、夜遅くに電気もつけずに勉強をする様子は噂通りの優等生なのだろうとお姉ちゃんとして喜ばしい。
三女は生まれたばかりのフィーラ。純粋っていいよね。それしかコメントがない
親の紹介?モブだから名前はいいでしょ。
母が黒髪でジャーラント王国、父が赤毛でガーリアン帝国。
父は砂漠にある国から歩いてこの国まで来たらしい。
母はそこら辺の露店で品物を売るそこそこの商人。父が行き倒れたところで母に救ってもらったらしい。
そこで母と父は結婚することになった。正直興味が無い。
その優しさを私にも向けて欲しい、なんて思ったりはする。厳しい。
うん、きっといい家庭ではある。…でも、きっともうすぐこの家からも追い出されるんだろうな。
大人になれば親は私を世話する義務がなくなる。さっさと家を出てけって言われるんだろうな。結婚相手を決めないと王国から死刑にさせられるし。「害虫はいらん」ってやつだ。
…この国の風習が、すごく気に入らない。
ま、そんな国を変える力なんてないし、力を振るったとしても恐怖は誰でもするもので、恐怖させないということは難しいことだ。
実質悪循環しかたどれないと思っている。
いよいよ啓示の日。
色鮮やかな透明の窓に、鳥の羽が着いた彫像。客席のような木の長椅子と、中央には教壇があった。
その後ろ辺りに啓示を受け取るための水晶球が宙に浮かんでいる。
へぇ、ここが教会か。何気に来たのは初めてだ。と言っても見新しい感じはしない。…何故だろう。まぁ、そういう感情すらどうでもいいけど。
神父の長ったるしぃ演説を聴き逃した後、啓示の水晶球の前に立ち思案する。
斬首台の前の最後の一時のようにゆっくり時間が流れる。
あるいは本当にゆっくりになっているのかも分からないまま。
この啓示を受けた瞬間私は「大人」になる。
その次は家に帰る前に親からは突き放され放浪することになるだろう。一応この日に向けて護身術以外のサバイバル術は覚えた。
魔法も道具もなく火を炊き、水の浄化方法から色々。
魔法が使えないと言っても魔法を分析して「何をして何を起こしたか」を理解したのだった。
無論、魔法の方が全然素早いから用無しになるのは変わらないが
結論から言えば、ここで良い啓示が貰えなければ詰む。ということだ。戦闘系は避けたい。早死の代名詞だ。
そんな心の内とは反対に自信満々といった様子で水晶球に手を触れると同時に波動が辺り一帯に広がり、波動が収縮し水晶球の前に光を放つ白いローブ姿の女性が現れた。
ニコニコと笑うその姿をじーっと見ていると、神父が啓示の結果を確認し
「おぉ…これは、可哀想に…この子に啓示は…ありません。」
悲しそうに落胆し、項垂れる神父に困惑の目を向ける。
えっ、だって目の前になんかいるよ?見えてないの?と白い女性と神父を往復して見る。
白いローブ姿の女性が宙を飛び私の目の前まで来て自分の方を見ろと言わんばかりに両手で頬を包み込みぷくーっと頬を膨らませ
もしかして、私だけにしか見えてない…?
《はい。》
あ、この人、あの幻聴の人…
《誰が幻聴ですか。私には主様から名付けて頂いたアシャリフィという名が…まぁ、今の主様は記憶が無いですししょうがありませんが。》
マスター?私の事?今はダメだ。啓示が貰えなかったことでなんか嫌な予感がする。
話は後で聞く。いいな。
《はい。お任せ下さい。》
お任せ…?
「これは神の子ではない。悪魔の子だ!!即刻神聖な教会から立ち去れ!!!」
その発言とともに教会から逃げ出す。
言わんこっちゃない。人間よりも神を信じ崇め奉る奴らの方が厄介極まりない。
いや、信者の方がマシだな。地雷がどこに置いてあるかわかりやすい。
ってあれ?地雷って言葉…何処で覚えたんだ?
《前世の知識をインプットしました。こうして近くに居た方が繋ぎやすいですし、やっぱり守りやすいですね》
そう言って一定速度を保ちつつ抱きついて頬ずりしてくるアシャリフィ。熱も重量もないが面倒くさい人とはわかった。
《酷いですね。あの人がああ言ってくれたおかげで殺されずに済んだのですよ?》
殺…え?
《私がちょこっとだけ思考誘導して「癇癪起こして追放する」に変更したんです。誘導してなかったら「悪魔の子として上層部に報告し討伐隊を組み処刑される」ルートでしたよ。》
…そりゃまぁ、それが普通だ。
啓示が降りなかった、というのは前例がないのだ。教会としてはそんな「不利益」を見過ごせない。
どう足掻いても人々は「利益」を追い求めてやまない生物なのだ。
いやまてよ。啓示が出る瞬間ってお前が出てきた時だったよな。
《啓示は元々ありませんよ。私にその権限がありますから。私本人が出るのになぜ啓示を行う必要が?》
…はい、この人全然策略的にダメだ。
啓示さえしっかりしておけば逃げるなんて羽目にはならなかったはずだ。
まぁ、家から逃げる予定だったしちょうど良かったのかもしれない。…アレまさかわざとだったり?
《…》
ふふふふふ、とでも言うかのように笑顔を浮かべ誤魔化すアシャリフィ。とてつもなく、面倒くさい。
まぁ、ここまで来れば…巻いたかな。
《大丈夫です。ここ周囲一帯には主様以外は食用動物しか入れない認識阻害の結界を張りましたから。》
それ結界から出る時に騒がれるやつ。
はぁ、出る時には注意しないとな。
魔獣の森。急いできた先がこことは…まぁしょうがないけど。
多くの魔獣が住み着く森。無力な大人が立ち寄れば魔獣たちによって食い殺されてしまう。
こんな森で生きれるのだろうか。予備の干し肉をかじり飲み込んだ。