第0話 転生する前に仕事をすることになった
それなりに私はいい子にしていたと思う。
確かに誰かに従わなかったという罪は山ほどあるけど、
私を慕って、この腐敗した人間たちを変えていける人だと信じてくれる人だっていた。
信念が強い人、綺麗事を言う人ほどこの世界では嫌われる。
そりゃそうだろう。「誰かを許す」なんてものは、自分に利益があるか、で基本決められるのだから。
簡単に言えば、「等価交換」で人々の世界は成り立っている。
「面倒くさい」は「やる気を出させる」という等価で成り立つ。
やる気を出させる方法なんて何一つないのにね。
ま、「何もかも他人任せ」なそんな人間たちに、自分に、愛想尽きて自然死を遂げたのだった。
喉が渇いたりで飢餓感があったが、見事そんな壁を努力して突破して死に至ったのである。
神様は、御籤でいつも「神仏を信じろ」って書いてあった。
でもごめんなさい。この世界は既に法でも人の言葉でも変えられぬほどに腐敗しているのだ。
私は自由に出来なかった。それだけの…
いや、人々の思想に怯え自由になれなかっただけの凡人だ。
神仏を、奇跡を希う。
人々の罪に判決を。
まぁ、願わなくとも、人々の勝手な妄想で…判決は下るだろうけど。
…中々意識が途切れないな。思考力が残ってるのは…何で…
転生か?いやいや、転生できるのは決まって自我がはっきりしてる人だろう。私には夢も好きな物も何も無い。転生したところでその生を無駄にするだけだろう。
じゃあ誰かの意図が絡んでないということになる…?いや、別世界に渡る必要性はないはずだ。あの世界は循環させるように転生する仕組みにな…
ここであることに疑問を抱いた。「何故人間の認知以上の世界の仕組み」なんて知っているのか。私の妄想?普段俯瞰し過ぎた影響?いや、世界の壁を突き破る、それこそ「世界の記録」の保管庫を破る程の思考力はなかったはずだ。
前者の説が正しいきっと。
《人間並みの思考力ではそれが限界ですか。》
脳内に直接響く声。解離性障害とは診断されたがこうやって意思疎通は出来なかったはず…
そもそも私が抱えていたのは破壊衝動の人格のはずだ!可愛らしい悪魔みたいなショタみたいな人格だ!こんな…こんな理知的な女性の声なんかじゃない!
何の葛藤をしているんだと冷静になったところで、再度先程の声が頭の中に響いた
《落ち着きましたか。所有者様》
マスター?
定番の言い回しに不快感を感覚で示す。肉体も精神体も無いため感覚だけだけど。
後々聞くのでいいや、相手のことを知っていけば私がどういう立ち位置かわかるだろう
「まず君は誰なの?」
《私は世界の記録者。本来肉体や精神体はありませんが、貴方様に仕えるため分かりやすく精神体に…》
「私は話す時に感情を含める人が嫌いなので精神体ではなく魂だけで話をして。」
少々の沈黙の後、はぁ、と安心したような呆れたようなため息をつくような音と共に機械的な声に代わり
《了。奉仕モードを解除しました。》
「ありがとう。君は私を所有者って言ってたけど、元の持ち主は?」
《解。所有者様の代替わりはございませんが、所有者様のご要望で閲覧可能存在は私のみになっております。》
公平性を期すため、かな。世界の記録なんて読める存在がいたらそれこそ「王制」なんてものが成り立ってしまう。
神が上位とか、貴族とか王とか。上司とか。私はいつも「身分」を嫌っていた。
いつだって自由に、力も何もなく叶えられる世界を私は望んだのだ。それこそ、死の間際で「何の認知も出来ないレベル」にまで思考回路を落として。混乱渦巻く認知の世界の、自由の全てを受け入れたのだった。
「うん、それでいい。他にはー…私がここに来た理由は?」
脳内にいるアカシックレコード──今後は世界書と呼ぼう──でここのことは何となくわかる。
ここは要するに三途の川だ。と言っても川という川はなく、天の川状態なわけなのだが
光の粒子たちが魂の粒子が分割されて記憶のない純粋な魂と、脳と接続していた時の残りカスが瞬時に分け、気管状の輪廻に乗せられる様子が見て取れる。
と言ってもそのシステムはだいぶ古く、機械のように正確ではなくたまに異世界への転生者のように「記憶を持った魂」を輪廻の輪に乗せられてしまっている。
まぁ改善が見られないからそれで支障はないのだろうが。
《解。所有者様が死ぬと同時にこの世界に飛ばされるよう設定されております。地上はいかがでしたか?》
「見てたなら知ってるでしょ。散々だったよ。」
嫌味たらしくどうせすぐ飽きたんだろうと呆れ嫌な質問を投げかけられた。感情ない設定にしたはずなのに何故だろう。そんなつまらない話はしたくないんだが
《では仕事が溜まっておりますので仕事をなさいますか?》
「他にも質問させてよ。」
《では仕事しながらにしましょう。承認して頂かねばならない書類が沢山あります。》
魂の形が人間に形作られ宙に浮き、執務室かなんかの木の机につき、地面が埋めつくされるほどの書類が現れる。
転生する前に仕事をさせられるって…まぁ仕事自体は嫌いじゃない。頑張れとか茶々を入れる人がいなければ私はそれなりにがんばる気にはなれるのだ。
というわけでペンとハンコを使って書類を確認しては破棄と承認をしつつ質問を色々することになったのだった。
「この仕事自分の判断で決めちゃっていいの?それとも基準がある?」
《所有者様の判断で構いません》
「この仕事終わらせたら別の世界に転生するの?」
《一時の旅行気分で転生できますが、転生後は死亡するまでここでの記憶の削除と三途の川への転送が不可能になります。》
「所謂異世界チートは貰えるの?」
《ご所望であれば異世界を作りかえることも可能です。》
「外面を作り替えたところで中身は余り変わらないだろ」
それはマスターが認知出来ない強引な手段で人間を変えようとしないからというのは黙っておきます。
マスターの力を持ってすれば、私の書き換えも私の閲覧も…マスターを自殺に追い込んだ世界の破壊もできる。他の不具合で異世界に行った者たちが行ったご都合主義な世界をお作りになられたのは、自由思想、願望を認めたマスターによるもの。
世界もまた、そんな自由を認めるあなただからこそ従うのです。
勿論、マスターが私たちにそうするように、私たちはマスターに何かを強制することなど何一つも。
「…うん、また転生するべき世界があるから転生するよ。」
とある書類を見て真剣に言う。
大きくため息をつくが、それは慈愛が含んだため息だ。
いつもそうだ。物理的な力だけでは新たな争いしか生まない。
例え死んでそのままの形で生まれ変わるとしても。
神の力に頼った力では、救ってはいけない。
《左様ですか。それで仕事は…》
「君が私のトレースで終わらせといて。」
またですか。と深く溜息をつき、口を開き
《では、次の世界では私もついて行くため名前を下さいますか。》
姿形はない。だけど穏やかな声で、それこそ天使のような…彼女のような…
いやいや、何を想像してる。人に従わない私に好かれる要素なんてひとつもない!
世界書と呼ぶのは諦めよう。意思ある生物の名前としては安直すぎる。
「じゃあ……──────。」
《…はい。では行ってらっしゃいませ。ご主人様。》
足元から魂の粒子になって飛んでいくマスター。
さて、仕事をさっさと終わらせてあの知識面でも物理でもダメダメな本当にどうしようも無い人を支えなければ。
そうして転生前の話は終わり、きっとこの記憶はたった一人を除き消されることになる。
主人公もまた何一つ知らない。転生しても記憶を引き継ぐなんてことはせず、いつも自分勝手に、いつも自然な言葉で、周りを惹き付けるその人は、いつだって失敗する運命なのだ。
アカシックレコードさんの名前は秘密です。
まぁすぐ出ますし