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記憶の目覚め




 まさに一瞬の事。

 何が起きたのか分からない。凄まじい力に声も出ず瞼を強く閉じた。



 ぐぅっ!

 一体、何なんだ──!?



 頭、そして全身へと土の中に沈んでいくのを感じながら……意識が遠のいていく────。

 今回でもう何度目だろう。いっそ人間のように、寿命というものが欲しい。




 ──いや、せめて……自分自身を取り戻したい。




『そんなにもう自分を責めないで下さい』



 ──?


 遠い、柔らかな声……誰?



『私は民の為、と言いながら……貴方を独り占めしたかった』



 この私を?

 貴女は誰なんですか?

 真っ暗で何も見えない。



『もう──ご自分を許してあげて』






 だから……──っだ、


「っ誰なんですかああぁ────ぁっ!!」



 私の声が炸裂し、弦を弾くように響いた。ベールが剥がれるように一気に視界が広がる──。



「こ、ここは?」


 どうやら私は意識だけであの声を聞いていたよどうやら他には何も見当たらない。


 私は自然に視線を移す。黄金色のうねる長い髪が、水中であるかのように揺れていた。

 女性は両手を胸に添え、まるで永遠の時間を眠っているかのようだ。



「……さっきの声は、この女性が?」

 




 もう何があっても不思議じゃない。そう自分に言い聞かせ、私はゆっくりと近付いた。


 宙に横たわったまま浮いた女性。

 辺りの空間の全てを我が吐息に変えたと言わんばかりの神々しさ。

 その空間に浮かぶ黄金の髪が美しい湖畔の漂いを彷彿させる。


 ゆったりと近付いた私は右手の平をかざし、視線と共に女性の体を縁取る光を辿る。

 額には赤紫の小さな刻印。白い真綿のような肌。閉じられた瞼の奥には、どんな色の輝きが潜んでいるのか……。できる事なら今すぐその瞼を開いて欲しい。しかし無情にも、長い睫毛に縁取られた瞼はそれを覆い隠したまま、微動だにしない。

 そして、白桃の甘さを秘めた小さな唇──。



 無意識に感嘆の息が零れた。


 






「……もしかして──」


 私の手と視線は、胸元に置かれた紅い石を見つけたがあまり驚かなかった。


「やっぱり……」


 もう此処まで来ると予想はつく。

 紅い石は土に潜り、この人の元に落ちたのだろう。


 そして確信した。


 この女性は、私が探していた人だ。



 しかしこんな可憐な人が……黄帝。



 気になった額の刻印に、再び手をかざす。私の指先が、そぅっと導かれるように刻印に触れた。 ──瞬間。


 音もなく、刻印に意識が……吸い込まれた。



 それはとても心地よく、深い眠りの世界へ誘われるように────。




× × ×





 新緑の香る風をその身いっぱいに浴びる中で感じる透明な世界。

 ふんわりとした心地よさをいつまでも享受していたいのに、ゆっくりと覚醒していく意識。



 ──ん? ここは?



 瞼を開けると、そこは一面の緑。どうやら緑の丘の上で私は眠っていたようだ。




「応竜、じゃなくて信貴(しんき)、 どう? 下界も気持ちいいものでしょ? 目が言ってるわよ?」


 可憐さをあどけない表情に変えて、目の前で草花と戯れる少女は私に微笑む。


「ああ、そうだな」



 ――あれ?

 今、“私”が喋ったのか? それに少女は“応竜”とか“信”とか言ってる。て事は、こ意識も言葉を発したのも私自身?

 少女は、あの虹の空間に横たえていた女性に似ている。いや、似ているのではない。おそらく、あの女性の少女時代だろうか。


 私の意思とは関係無く、過去をなぞるように言葉が紡がれる。


「だが人間の命は短けぇ。つまらんもんだ。だから俺は人間になんてなる気は無ぇな」


 すると少女は悪戯っぽく微笑みながら、自らの金の髪の一部をつまんで私の鼻をくすぐる。


「こ、こら! や……ふ、ふぃ、ぶあっくしょいっ!!」


 鼻水ごと飛んだクシャミの威力は、勢いよく少女を跳ね飛ばした。少し下り坂になった所で少女はオモチャのように転がり落ちるが。


「キャーッ、 アハハハッ。信貴ぃ─っ、楽しいっ!」


 距離が離れ、少女を追い掛けた私の見る世界は、とても小さい。


「馬鹿野郎! 俺様をからかうのも大概にしやがれっ。俺様を誰だと思ってやがる! 竜族の王様だぞっ!」


 だが、分かる。

 言葉とは裏腹に、その他愛ない時間を楽しんでいる事を。



 




 まるで遠い記憶を駆け巡るように、私の意識は流されていく。夢を見ているのだろうか。いやそういう感じを受ける場面もあれば、現実味を帯びる時もある。

 今、私が感じているこれは忘れた『記憶』なのだろうか。


 やがて少女は大人になり、城の中で多くの人間達に見守られながら、戴冠式を行っていた。

 私はそれを一歩引いて、窓枠から眺めている。


 竜である私の口から、小さな呟きが漏れた。


「ディーネ……おめでとう」




 ディーネ?

 そういえばレンの口を借りて、最後に本来の私が言ってたような……?


 ではあの女性の名は──ディーネ。



 改めて思い返す名に、突然深い温もりが胸いっぱいにこみ上げる。

 “愛しい”という想いに支配される中、私と本来の私自身が重なる。



 やがて戦乱が起きた。

 巨大な火の玉が町を襲い、人々を恐怖に落とし入れる。何処からともなく現れた黒い集団。マントを翻し、老木の杖を振って人間達の精神を侵す。

 狂った人間は側にいる者を襲い、口元や体を朱く血に染める。

 ディーネは黄帝らしく騎士団を指揮するが、駆り出された者は皆、火の玉の餌食となった。



 人間達の狂乱を掻き消すのは――オレを、呼ぶ……ディーネの声。



 気が付けば、オレは仲間が制止するのも聞かず、黒い集団──魔道士らを、焼き殺していた。

 ディーネの哀しみを怒りに変え、鉛色の翼で敵を遠くへ払い、炎の咆哮をあげた。



 たったそれだけで、ディーネが守る国を救えたのだ。たったそれだけで。



 ディーネの喜びは、オレの喜びだった──。



 オレは……おれ──俺は、ディーネを愛しているから。



 


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