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振り回されて



 赤い屋根の映える宮城(きゅうじょう)。その背に身をうねらせる黄金竜の彫像。それを仰ぐ私の心境は複雑だ。

 我が身の事としてはまだハッキリ思い出せないにしても、知識や情報が先に私を動かす。


 宮城を守る竜。

 黄帝を守っていた、信という私。

 そして信は応竜という四神の一員であり、竜族を統べる者。


 ――まるでどんどん身ぐるみを剥がされ、裸体だけが野原に捨て置かれたような気分だ。



「シン? ミラーに会えばまたあの墓に連れていってくれるから、心配しないで」


 やがて宮城の裏庭にまで来てしまった私達は、互いに息を潜めていた。だがレンの言葉に、実は私だけが緊張しているのだと知らされる。


「あ、ああ、はい。……でも、何故あそこはレンだけで行けないんですか?」


 彼女は腕を組んで首を傾げる。いやそこは私だけが首を傾げるはずなんですが。


「ミラーは言ってない? り役って」

「あ、それは知ってます。でも結界なのに私だけが入れるっていう意味が分からないんで……」

「それはね、アンタの本来の力がその結界の力より勝るから。魔道士達はね、そこを狙ってる。アンタがこれから行くのは、敢えて罠に掛かる為よ」



 ──はい?

 なんか今、さらりと……。



 レンは悪びれもせず真っ直ぐ私を見る。どう見ても、その目にふざけた色は無い。



 ……て、事は、え……わ、私は……えと、つまり、捕まりに行くって事ですかあぁーっ!?


「ちょ、ちょちょちょっと待って下さいよおっ! なんでここまで来て?!」


 すると突然、彼女は目を吊り上げて私の胸ぐらを掴んだ。


「アンタがそう約束したのよっ! 『やり方は任せるから、機会を見てアイツらんとこ連れて行け』ってね!!」


 やり切れない感情とはこんなだろうか。何とかやり場の方向性をレンに向ける事で心のバランスを……とるかぁ。


「そ、そそそんな無茶なっ!! 私の能力は食事と睡眠ぐらいですよ!? どうやって戦うんですかあ!?」


 もう情けないと何と言われようが、今の私には無理です!

 ただでさえ正体をよく知りもしない相手の罠にかかるなど、死んでこいと言ってるようなもの。ならいっそ……いやしかしその前に私は怖いです!



 半泣きで懇願している者に哀れむ事も無く、彼女は以前したように突然私の両手を強く握った。


「ざまみろ馬鹿野郎。こちとらテメェの尻ぐらい拭けねぇとディーネに会わす顔無ぇんだよ! いいか! 感じたままやれ! おらおらっ、この石持ってとっとと行きやがれぇっ!!」


「うぉおわわわっ! んなっ乱暴なぁーっ!!」


 怒鳴り付けながら突き飛ばし、無抵抗な私は結界の中へ……。



 ドッ、と尻に衝撃を受けたのを感じた時にはもう遅かった。



「……入って、しまった」


 完璧に突き飛ばされた。

 手にはいつの間にか握らされた、紅い石と銀製の鍵。

 本能的に思った。

 これでレンからは信の声が聞けなくなってしまったと。



 入る事は簡単だが、どんなに白い空間を叩いても出る事は叶わず……ハァ。私は吐き出した息と一緒に肩を落とすしかない。

 信とは、なんて目茶苦茶なんだろうか――私自身なんだけど。

 あんなのが、黒竜の言うようなキザな台詞をどんな顔して言ったんだろう――私の顔と同じだけど。



 仕方なく辺りを見回す。ここでミラーと初めて会った。あの時、この結界を破ると、すぐ彼は現れた。だが何故か今日は未だ姿を現さない。

 まさに一人ぼっち。

 だけど、敵に立ち向かわなきゃならない。立ち向かわなければ、私はここから出られない。何か、能力無いのかなぁ……。



 嗚呼、自分が情けない。


 




 やがて一陣の風が舞う。と同時に、聞き慣れた高笑いがちょっと気弱に響いた。


「フ、フハ、フハハハ……ハハ。やはりどうしても来てしまったか!」


 予想を裏切らないミラーの出現。

 すると彼は以前したように、ヒュッと滑るように近付き耳元でボソッと囁いた。


「よいか、私はあくまで中立だ」



 …………はいはい。


 呆れ返る私を無視して彼は自信を損なう事なく続ける。というよりどういう思考でそんな態度になれるのかも分からないですが。

 しかし彼はいたって平然と真面目に尚且つ胸を張って言う。


「すまぬ。私は幹部連中に利用されていたみたいだ。私が君を案内した後、鍵を使って地下へ降りた時……気をつけたまえ」




「あのぉ……それは、分かってますから」


 一瞬返答に困った私が口元を引き攣らせて言うと、彼は素早い動きで思いきり身を引き派手に驚いた。


「っなんて事だっ。知っていたのかっ!」

「いやいやあのぅ、だから鍵をレンに渡したんでしょ? 地下に行くって事は……っですよねぇ?」


 なぜか最後まで言葉には出来なかった。相手の理解度を求めるよう覗き込みながら言う私は、彼の馬鹿さ加減に付き合ってる時間を……実はもっと欲している。




 地下へ降りる鍵は、飾りも何にもない小さなものだ。

 未だ白い空間の中で、鍵を持つ手がじっとり汗ばんでくる。


 するとミラーは、私の確認をよそに予告無く杖を振りマントを翻した。


「えっ、ええぇっ──!? もしかしてこのタイミングですかぁっ!?」


 

 





 ぐにゃりにゅらりと……視界が歪む。

 揺れる歪みに……また、気持ち悪くなる。

 言い知れぬ不快感。

 私の青い髪がさらりと顔にかかる。


「うえっ」


 気が付けば、再びあの薄暗い洞窟の中だ。いつの間にか横たわっていた私を、ミラーが抱き起こそうとしていた。


 今回は随分親切だなぁ。


 ぼやけた視界が徐々にハッキリしてくると、既に彼の白い肌……いや、横顔が至近距離にあった。


「残念ながら、私の力はここまでだ。あと言える事は……」


 ふ、無いんでしょ。


「いや、ある!」


 あれっ!?

 どうやら無意識に言葉が口をついて出たらしい。

 少々厭味に突いた言葉に後ろめたさを感じ、それを取り繕うように私は視線を避けて訊いた。


「で、なんですか?」


 彼は私を肩に担ぎながら、錆びた鉄槌の前へ導く。その鉄槌を見ると。


 ――何故か鼓動が激しくなる。


 心の何処かで直視できないと叫ぶ。

 畏れや照れではない。

 ただ無性に、大事なものを置き忘れたまま──此処へ来てしまったような。


 何故だろう。

 この衝動的に感じる気持ちは……素直になれない懺悔の心? 後悔? 哀しみ?


 様々な感情が入り交じる不快感が私を襲う。


 ミラーはその鉄槌の前で膝を付いた。当然、彼の肩に腕を回していた私も同じように屈んだ。

 すると今までに無い雰囲気を真妙な面持ちに変えて、彼は言った。

 私にとって、それは戦慄を覚えさせるもの。



「この鉄槌を抜いて、土を掘れ。きっと何かがある。私にはもうこれしか言えない」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! なんでここで土掘るんですかっ!? 後は更に地下へ行けばいいんでしょう!? アッそうか、まさかこの下が?」


「地下の入口は反対方向だ」


 ぐっ……。

 皮肉というのは重なるものだと実感した。

 さっきは地下に行く事を恐れておきながら、今度は土掘りを拒んでも地下へ行こうとする。


 ミラーは肩に乗る私の腕をふわりと離し、距離を置くように怪訝な視線を私に向ける。


「君は裸同然であそこへ行く方がよいのか? なら私は止めぬぞ。だが……知ってて言わないのはズルいからな」


 垣間見せた私の慌てぶりに情けないと侮蔑されるかと一瞬思ったが、意外にもまさに中立的な言葉。私は内心、胸を撫で下ろした。


「ミラーさん。貴方は本当に紳士ですね」

「そう思うなら掘れ」

「……すみません、思ってません」

「ならば無理矢理にでも掘れ。嘘ついた罰だ」


 ……止めぬ、て言ったじゃないかぁあぁーっ!!



 打ち拉がれる私を見て、彼は未だに真顔で首を傾げる。


「そんなに嫌か? 自分の犯した罪を見るのが」




 ────えっ!?



 

 





 私の犯した罪が──?



 この鉄槌の下に?



 なら、何故地下へ行く前に此処で土を掘らなきゃならないんですか?



 私にはすぐに彼の言っている意味が分からなかった。これが何かの冗談か、半ば彼は天然だからと済ましたい所だが――内容的にそれは難しいという考えにいたる。


 すると彼は何かに気付いたような高い声で、私の回りに漂う重い空気を一掃する。


「ああそうか! 君は忘れてるんだったな。因みにこの情報は、我々魔道士の中では有名な話だ。まあ私ぐらいになると、情報盛り沢山で細かい事は覚えてないがな、フハッハッハッ」


 いやあ……残念ながら貴方はただの捨て駒、いや雑用係だと思いますよ。可哀相ですが。


 ――とは言えない。

 彼が永遠にこのまま、天然であって欲しいという願望ですね。シリアスに崩れ落ちる彼を見たくない。


 あ、でも利用されてる、と知っててこれだからなぁ……。ん? やはり彼は気を回してくれたのだろうか。気が付けば、私の心に重い空気が掻き消えている。



「さあ、早くしなさい!」

「は、はいっ。仕方ないですね。あ、勿論ミラーさんも手伝ってくれるんでしょ?」

「ふっ、まぁさか。私の優美な手が汚れれば、レン姫が悲しむではないか」

「……や、その逆だと思いますよ? 友を助ける為に身を犠牲にする男性の姿は魅力……」



 ――彼は既に掘っていた。

 さすがミラーさん。




 やがて私の中の葛藤と共に、固くなった土が崩れていく。

 黙々と掘り返す。

 素手で。

 ミラーに道具を頼んでも何が出るか分からないので、お互い暗黙の了解となっているのだ。



 中は湿っぽく、冷たい。

 

 

 そういえば、ズボンのポケットに入れた紅い石と鍵が空しい。これらはいつ、本来の役目を果たせるのか……。


 狭く薄暗い洞窟の中で俯いて穴掘りするとは思ってもみなかった。だが掘り進むうちに、土は柔らかくなり容易に掻き出せるのであまり疲れを感じない。

 そのせいか、私は余計な疑問に気付く。


「あのぉ、ミラーさん。少し気になってたんですが」

「何だ? レン姫との出会いか?」

「あ、よく分かりましたね。ま、まあそんなとこです」


 彼は手を休める事なく、意外に淡々と語り出した。


「魔道士の百年は人間の十年。つまり私は人間でいえば三十歳。私が百歳の時出会った姫は今と変わらず美しいままだった」


 余程愛して……て、人間でいえば十歳ぃっ!?


「お、おませさんだったんですねぇ」

「勘違いをするな。出会ったのは、私が森の中でこっそり術の訓練をしてた時だ」


「……こっそり」


 こっそり隠れて、ね。

 その意味は何となく予想が付いてしまう。

 何か言おうとした私の口は彼の急な行動に阻まれた。サッと勢いよく立ち上がり、胸に手を当て彼の目尻が優しくなる。そして──語るっ!


「そう! あの時あの瞬間! 彼女は、そんな幼く美しい私に見惚れていたのだろう。術が失敗して撥ね返り、私は怪我をしてしまった。その時だっ! 彼女は天から舞い降りた天女のように、私の前に現れ傷を癒してくれた……」


 恍惚として過去を語る彼を見ていると、私にはひとつの演劇を見ているような気がしないでもない。


 

「そしてその瞬間! 互いの心は燃え上がり、私が彼女に言った言葉は──『お姫様?』だった! 姫は眩しい陽射しのように微笑み『仲良くしてね』と」



 クサイ芝居を見てるようだ。しかもまだ、完全に子供扱いされてるじゃないですか……。

 






「もういいですよ。分かりましたから。スポットライトでもあればよかったですね。それよりほら、ちゃんと手伝って下さいよ」


 チッ。


 ん? なんか今、舌打ちが聞こえたような……?



 とにかく、土穴はどんどん広がり探求の神秘を感じさせながら深くなる。既に上半身が埋まる程、モグラの如く掘った。


 ミラーさんのおかげなのか、穴掘りに苦は感じない。


 ただ、少し苛立ってきた。


「はあっ、どんだけ掘ればいいんですか!? 早くしないと明日になってしまう! 黒竜が暴れる前に、何とかしたいのにっ!」


 苛立ちが露わになり不機嫌さを隠せず私はつい毒づいた。

 ──と、その時。



 ベルトに嵌め込まれていた私の紅い石がいとも簡単に外れ、転がるように穴の中へ落ちた。


 この千年、一度も外れた事のないものが……。


 やがてそれは、吸い込まれるように穴の奥へと容赦なく──沈んでいく。



 それを確認し、何かに納得したかのようにミラーの態度は一瞬にして変わった。冷たく即座に立ち上がり言ったのは。


「君、では私は帰るぞ」

「え、ち、ちょっと!?」


 マントを翻し、頑張りたまえ、と一言言い残して……消えた。



 っなんなんだ?



 風のように現れ、風のように消えていく……それがミラー。



 って、だからなんなんだあぁぁああぁーっっ!?

 





 ……無性に苛々する。


 何故彼が立ち去ったのか分からない。薄暗い洞窟に一人残された私は、穴の前で跪いたまま動けなかった。

 しん、とする中で今までの事が脳裏に過ぎる。



 そう、いつも中途半端に話して──去っていく。


 よくよく考えれば、何て不条理なんだ。今回目覚めてこちらへ来てからというもの、全てを思い出せと言わんばかりだ。執拗にせがまれ振り回され続けている。

 黄帝を探せと言いながら、敵の罠に掛かれと言う。私が本来の自分に目覚めなければ、明日……黒竜が暴れ、地震と大津波がくるだろう。なのに早く街を出ろと言いながらも、黄帝を見つけて目覚めろと言う。




 ──名も知らない『黄帝という女性』。


 私には、そんな風にしかその女性を想えない。



「……いや、落ち着こう。一人になるとどうも捻くれてしまう」


 まずはそう口にしてひと呼吸したが、やはり腹の辺りがねじれるように苛々が収まらない。近くに大きな石でもあれば、柄にも無く投げ付けていただろう。完全な八つ当たりだ。

 私は膝元の土を、両手で強く掴む──……握り潰すように。



 ──悔しいのだ。


 何もできない自分が。

 何も思い出せない自分が。



 今までの千年は何だったのか。


 私は何の為に千年生きた?


 何の為の千年間だったのか……。



 心に空虚な風が吹いたまま、ただ──生きた。

 ああ何故、疑問を持たなかったのか……。



 静寂の中で、目に熱いものがこみ上げる。溢れ出るそれが、一粒、掘り出した穴へと落ちる──――と、その瞬間。

 ハッキリした輪郭ではないが、二本の白い腕が穴の中から土を突き破り、彼の首と頭を掴んだ!

 





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