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魔道士ミラーと遠い記憶



 意味深な上目使いで私を覗き込み、彼女は再び私の前を歩く。


 赤い柱を携えた、おそらく正門だと思うがそのまま潜り、辺りの静かな冷たく暗いお堂を眺めながら敷き詰められた石畳みの床を歩き進む。ぐるりと見渡しても他に通じる階段も道も何も無く、見えるのは差し込む陽光と共に暗闇を縁取る出口……?


 どうやら宮城といっても、辺りはただ冷たく黒い壁に囲まれているだけ。一言で言えば『無機質な牢獄』だろうか。何とも言えない圧迫感に不安を抱いた私は、彼女に問い掛けた。



「あのぉ……もしかして、建物の内部は此処だけですか?」


 すると彼女は立ち止まり、皮肉げに口元を歪めて言った。


「“だけ”じゃないわよ。人間が簡単に侵入出来ないように空間を歪めて繋がってるらしいわ。何せ、黄帝は大罪人として此処に葬られてんだし……、って言ってもアンタは知らないかぁ」


「だ、大罪人!? 私よりスゴイ刑罰を受けた人なんですか!?」


「さあ? スゴイかどうか分からないけど、少なくとも人間だし、人間のまま刑罰を受けたわけだから……普通に死んだだけじゃない? 此処はその人のお墓みたいなものね。あ、でも石碑みたいなのはこの裏口になるよね」


 そう言うと彼女は辺りを見回し、私に耳打ちした。



「愛人の奴も詳しく教えてくれないのよ。アンタと会って此処にいるのを絶対どっかで見てるはずだから、あんまり喋らないでっ」


 つまり嫉妬する、て事ですか?

 と小さい声で訊くと、彼女は首をブンブンッと横に振る。


 いずれにしても、此処に入った時のあの視線がそうなのかもしれないと内心思った。

 


 だが彼女のこの否定ぶりは、きっとまた何か良くない事が起きるという事なのだろう。

 互いに口をつぐみ、建物内部の奥に見える唯一の出口へと向かった。

 たいした距離ではないが。一先ず私はただついて行くだけだ。


 出口の先は肩すかしを喰らったかのようにただ下り坂の階段。その向こうは深く敷き詰められた白い砂利道。



 なんとチャチな……。



 だが彼女は黙々と歩く。私は淡々と彼女の背後を歩く。時が止まったような静けさの中、砂利道は広い裏庭に私達の足音を響かせる。


 やがて乱雑に置かれた黒岩が点在する中で、一際目立つ月並みな筒状の柱が一本だけ立っていたのが目に止まった。

 緑が茂る事もない閑散とした回りの景色に、突出した黒い柱。



「あれよ。アタシは見えない結界でこれ以上近づけないの。アンタなら……もしかしたらと思って。だからこの時を一応待ってたけど」


 でも人間だから死んでる――と言いたいのだろう。

 確かに。

 此処に“誰”がいるわけではないと、私でさえ思う。


 躊躇う私に苛立ったのか、両腕を胸元に組んで彼女が顎をしゃくり何かを促す。


「あ゛あ゛っ、早く行きなさいよっ。奴が来ちゃうじゃない」

「奴、って……愛人、ですか?」

「そうよっ。でも彼、結構イケメンなのよ」



 いや、そういう事じゃなくて……。



 噛み合わない会話に苦笑いし、私は恐る恐るゆっくり歩を進めた。

 そもそも、私が此処へ来た所で一体何がどうなるかなんて全く分からない。結局分からないまま私は言われた事に従って一先ず歩を進めるしかないのか?




 いやしかし──三歩目で、空気が変わった。


 

 



「あーっははははは!! そこの者っ、止まれっ!!」


「っげ。見つかってしま……」


 空間が翻り現れたのは、威風堂々という言葉が当て嵌まるか分からないが傲慢な態度を露わにした出で立ちの男。


 いや率直に言うとマントを翻した、一人のおかしな人物。

 だがそう思ったのも束の間。何処か見覚え……


「あっ、ど、銅像……?」

「私は銅像ではなあぁーぁい。美しき魔道ぉぉー士、ミラー様だぁっ!! ふっふっふっ」



 ……何故、なんだろ。

 私の中で何かが抜けた。


 不思議だ。反射的に見つかった事で硬直した私は一気に呆けてしまい、気取られて肩を落としてしまう。

 よく見れば、彼は青年の美しさを誇り波打つ金の長髪をしなやかに手で跳ね退ける仕草に余裕があった。



 もしかしてこの人がレンの……愛人?



 ふとレンの事を思い出し、私はすかさず背後を振り返った。


「え!? な、何も無い!?」


 レンの姿はおろか、全く何も景色を映さぬ白い空間が既に周囲を覆っていた。



 そんなまさか!?

 私は置いて行かれたのだろうか。それとも贄という……いや、ここで疑心暗鬼になっても仕方が無い。



 再び前に視線を移すと、失礼ながら変な魔道士とその背後に立つ黒い柱が白い空間で浮き彫りになって見える。


「はいはいそこぉー。君の事はよく知ってるよぉー。レン姫の言った通りだったねぇー。帰ってきちゃったねぇー」


 これといって特徴の無い細い杖を私に向かってブンブン振る姿は何処かの先生みたいな。しかしそんな態度や口調でありながら、色香を放つ毒気と妖艶さは先日再会した時のレンとどこか似ている。




 ふむ……不思議と憎めないな。


 



「えっと、あの……」


 私は戸惑う。当然だ。

 魔道士の出現だけではなく、ミラーという、レンの彼氏? 愛人? まあいずれにしても、絡みにくそうな人柄の魔道士に突然出会うハメになったのだから。

 しかも私を此処まで案内したレンの姿は消え、結界の白い空間に閉じ込められた。


 そんな私にお構いなく、彼は妖しく笑い、再び金の髪を額から掻き上げる。


「私の美貌に戸惑うとは、ふふふっ」



 いや違いますから。



「まあレン姫から話は聞いてるだろうが、私は……」


 と、彼は瞬間移動のように私の側へ来て耳打ちした。


「中立だ」




 …………。

 つまり味方でもない、わけですね。

 やはり絡みにくい。



 ゴムの伸び縮みみたいにスッと彼は身を引き、またマントを威風堂々と広げ高慢ながらも大きな声で言った。


「この先は通せんぼだ。私のように偉大な魔道士は、たまに墓守りの役目を与えられるのだ! あっはっはっはっは」



 ……テイのいい厄介払いな役目なのでは?

 と、口が裂けても言えないですね。

 一見したところ三十歳ぐらい。私とはそう変わらない年格好だけど……こんなお父さんは、キツイなぁ。


「あの……レンとは愛人、て事はそのぅ、妻子持ちなんですよね?」


 何を聞いてるんだ私。

 だがある意味、聞いて相手の弱みを握れる。


 何の為の弱みか自分でも分からないが。

 


「何を言ってる! 私には妻子などおらぬわ! レン姫一筋だ! ふふ、誰にもやらぬ」


「え゛えっ!? だって愛人……て」


「愚か者め!! 愛人とは、愛しい人と言うだろう。だから『愛人』なのだっ! 私は愛されるより愛する方が好きだ。あの小悪魔的な瞳に、私の魔道士生命を賭けたのだっ!」


 ……もう、流石に何を問うべきか分からない。というより態度も声もデカイ。

 此処はもう、彼の意向に全て委ねたいです。



 確かに銅像と同じく、目元は涼しげで青い瞳に引き締まった細い顎。色白だが、肩幅がしっかりしていて理想的な中肉中背の……レン曰く、イケメン? という印象はある。

 そこは彼女の言うように否定はしないし認めるべき所だが。


 が……私は苦手だ。


「フハハハ! 私の高尚な演説に恐れをなしたかっ! いや、それより……我々仲間は、お前を滅っしなければならない時がきたと騒いでいるぞ。どうするんだ?」


「は、はあ、そこを問われても……。私はただ、言われるがままに此処へ、黄帝という人を探しにきただけですからねぇ」


 すると彼は頭上で杖を大きく振りかざした。




 あ──……。



 空間が、ねじ曲がる。

 

 






 ゆらりゆらりと……視界が揺らぐ。まるで、宙に浮いてるような錯覚。


 確か昨日起きた赤竜の時にも眩暈はあったが、それとは全く違う。

 通常感じる眩暈と吐き気に襲われる臓腑。同時に、先程までの白い空間が色をつけていった。

 やがて、視界の歪みが止まると私はあまりの不快感に膝を地に落とした。


「どうした?気分が悪いのか?」


 当たり前でしょう……と、言いたい所だが、言葉にならない。


「ぐえっ」

「ふ、軟弱者め。よくそれで千年も生きたものだな」

「そっ、それはあなた方が呪をかけたからでしょーがっ……うっぷ」

「わ・た・し、は関係ない。それより、ここへ来て何も感じないのか」


 私の状態などお構いなしに言われ、普通なら憤慨する所だが。私にはそれよりも確かに彼の言葉が重要だった。


 素直にゆっくり辺りを見回してみた。

 洞窟の中なのか。冷たい空気と、岩肌から伸びるいくつものクリスタルの鉱石。

 いつの間にか私の斜め後ろにミラーが立ち、真正面には太い鉄槌が一本だけ地面に突き刺さっている。


 錆びた鉄槌は、静かに佇む。

 その静寂は私を無性に切なくさせた。

 

 



 飾り等何もない。

 哀しい程何も──刻まれていない。

 何も得られるものなど無いのに、無性に私の胸は押し潰される。

 先程までの鳴咽感は既に一掃されているというのに、何かが疼く。

 言い知れぬ、何かが。


 心の奥深くに沈澱していた何か熱いものが込み上げてきた時には、もう頬を濡らしていた。



「……──ぐっうぅっ」



 喉から漏れる鳴咽。

 気が付けば、私は這うようにその鉄槌へ手を伸ばしている。




 ──何故、こんなに苦しい?

 この感情は……──何といえばいい?



 幾つも入り混じる感情。

 何もかもが、虚しくて。

 切なくて。寂しくて。辛くて……哀しい。


 忘却に霞み残された幾多の想い。





 ――俺は……貴女を、守レナカッタ。



「うう゛っ、わあああぁぁ──っ!!!!」



 洞窟内が激しく振動する。この叫びと共に。


「わわっ、地震かっ!? ったく、面倒な男だっ。もう戻るぞっ!」


 突然の白い光が辺りを包みこんだ。おそらくミラーの力。

 瞬間、私の意識は落下するように暗闇へ途絶えていった。





 闇の中で、可憐でありながら意志の強さを醸す一人の女性が微笑む。

 

 





「おぉーいおいっ。起きなければミミズに変えちゃうよぉー、ボンッ!」


 緊急事態だ。

 反射的に勢いよくガバッと私は上体を起こした。


 目覚めた。

 そう、目覚めた筈なのだが私の視界はまだ真っ暗だ。


「いやいやすまぬ。起こすつもりで軽く杖を振ったら、作動しちゃって……」

「……分かりましたから、ミラーさん……私の頭を喰わえてる『何か』を消して下さい」

「レン姫、このデカいミミズを消してくれ」


 ──ミミズ!? 


「全くミラーったら、ドジねぇ」


 呆れながらも甘えたレンの声が聞こえる。と、瞬時に視界が明るくなった。



「ああ、ホッとしました。レンありがとう……って、何故ミラーさんが片付けないんですか!?」

「杖が勝手に作動した事態だ。こんな下等巨大ミミズなど、高貴な私の術を使う程無駄な事はない。こういう時は、いつもレン姫が片付けてくれるのだ。しかも、こういう時の彼女は優しいのだ。ふふふっ」


 ──いつも、ですか。

 成る程。

 彼女があの時、首を横に振った意味が分かりました。


 面倒臭かっただけですね?


 ミラーさんの隣で微笑みながらも、目が笑ってませんよ。

 だけど彼は嬉しそうに頬を赤らめ、目尻を下げている。



 不思議な人だ……。



 やはり憎めない、どころか可愛いようで哀れみを感じてしまう。



 まあ今はそんな呑気な気分になれないのですが……。

 



「ところで、此処は?」


 辺りを見回すと、どうやら誰かの部屋である事は間違いない。かといってレンの部屋でもない。


「ココはアタシの部屋よ」


 腕を組んで呆れた表情を浮かべた彼女が、途方に暮れたように首を傾げる私を見て言葉を続けた。


「一階が、何かあった時に人間達が使う一時的な食堂。二階は私とミラーの憩いの場所。そしてここ三階は、私とミラーの寝室」

「えぇっ!? て、じゃ前に私達がいた五階は?」

「四、五階は昨日使った避難所よ。まあ最近は、外がよく見渡せるから私の寝室にも使ってるけどね」


 そうだったのか。

 けど何も、二人の愛の部屋に倒れた私を連れて来なくてもいいのでは……と、言いたい所だが。


 しかも──。


 部屋の壁に飾られた、幾つものドクロの絵画が毒々しい。それとは反対に、ピンク色のハート型クッションやカーテン柄、更には特大のハート型ベッド──って!

 絶対変でしょう!!


 ……とは言えない。


「私達の愛の巣に、誰かを案内したのは初めてだなぁ。ふ、まあレン姫の旧知の友だ。有り難いと思うがいい! しかし君は無口だなぁ」


 ……いや、何を言っていいのか分からないからです。



「それよりシン。あの中で、何か分かったの?」


 彼女のその一言で、ようやく私は本来の現実に引き戻された。



 




 暗い洞窟の中で見た、錆びた一本の鉄槌。


 ひっそりと地に刺さるそれを見て、私は何かを叫んだ。

 遥か遠い記憶なのかもしれない。


 溢れた思いは──哀しみと後悔。


 一瞬でも、今の私では無かったあの叫び。


「私は、私、じゃない。本当の、自分自身さえも──見失ってしまった」


 虚ろに呟きながらもそう実感した事が皮肉に思えて。私は愕然とベッドの上でうなだれた。

 今此処に在る私を否定しなくては、何もかもが成立しない上に何も思い出せないのだから。

 私の記憶が自身と共にあるとするならば今、記憶を解く鍵を見つけなければ!


「どうしたの、シン!?」

「ふふふ、どうやら彼は小窓を少し開けたようだね。半ば放心状態だが、レン姫はどうするのだ? 私はいっこうに構わぬが?」

「そうね。目が虚ろになっちゃってる。次の災害が起きる前に、もう一度あの墓の前に寝かせておくのもいいかもね」



 二人の会話はどこか遠く感じた。



 私は放心状態なんかじゃない、ただ愕然としただけだと口を開いて言う──つもりだった。



「また、災害が来る。私は……彼女の魂を探したい」


 それは自身を知るには必要な鍵。

 何故か、その瞬間思った。同時に言葉となっていた。

 

 



 ミラーとレンは顔を見合わせ、怪訝な表情で私を見つめているのが分かる。だが今の私には何も反応してやれないのが歯痒い。

 まるで心だけが宙に浮いたような感覚の中、体が思うようには動かせていない。

 何故だろう。

 先程までは普通でいられたのに。


 まあいい。きっと私は、疲れているんだ。


「な、なんか……危ない人みたいな顔をしてるが。レン姫、大丈夫なのか?」

「た、多分。半目が気になるけど、ミラーの言うように小窓少し開いたんじゃない?」


 レンは苦笑いを浮かべている。



 私が、そんなに変?

 確かに今、頭がぼんやりしてるが……まあ、やはりどうでもいいです。


 そんな事より、と意図せず私の体は勝手に立ち上がり、何を言うでもなく部屋を出た。

 背後から追いかけてくるレンの声が──うっとうしい。



 ああとにかく探さなくては。こうして私は、いつも誰かをいや、彼女を探し続けていたのかもしれない。





 彼女の名前は…………なんだったろうか。



 


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