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出会い

 私は改めて街から先程の荘厳な赤い城を見上げる。


「また少し離れた所から見るとなんて荘厳な城……んん、しかし高く大きな姿はまるで街を見下ろして人間達を見張るような建造物ですねぇ。まあ、本来“城”というのはそういうものではありますからね。此処は城下街といった感じですね」


 そんな独り言が増えたのも、私には話し相手がいないからだ。人混みに揉まれながらも城を見上げ、圧巻言い知れぬ喜びに浸りつつ路銀の稼ぎ場所を考えていた。


「さて、此処なら今回は宿屋の給仕でもあ……」


 勢いよく背後からグイッと肘を引っ張られ、同時に中年男性の声が私を呼び止めた。



「おい兄チャン! うちで働かねぇか?」


「な、なんとこんなに早く見つけ、あ、いえ。よ、よろしいのですか!? あ……いやしかし、何のお仕事で?」


 驚きと喜びに、つい一瞬舞い上がってしまったが、私はすぐ理性を取り戻して冷静に応えた。こういう誘いの手合いは慎重にならなければ危ないという本能。



「ヒヒヒッ、客引きよ客引きっ! アンタいいツラしてんじゃねぇか。そのメガネもなかなか似合ってて品があるぜ」



 やはり──客引き……。この場合、たいてい良くない商売が多いと察する本能。

 本能とはいっても実際は過去に何か苦い思いをしなければ出てくるものではない。そう考えると、私は更に身を固くする。

「お断りします! 私はただの旅の──」

「キャーッ! 貴方イイ男ねーっ。ねえおじさんっ。この人、いくら?」


 私の返事を遮るように、黄色い声が耳をつんざく。その言葉に恐怖を感じたのは言うまでもない。





 “いくら”と値踏みを受けたのはまさか……私の事ですか?


 


 


「おおっ! けどコイツはちぃっと高けぇぜ?」

「構わないわよ! んじゃ一泊で、ねっ。決まりぃーっ!」


 え、ち、ちょっと……私に選択の余地は!?

 もしや、ないのですかっ!?


 ──うわわあぁっ!!


 素晴らしく手慣れた勝手な早いやり取りに、蒼白した私が口を挟む余裕等ある筈も無く、既に夜闇となった街の明かりに映える濃い化粧女に強く腕を引っ張られた。





 女の長くうねる髪が、私の前で左右に揺れる。当然、私は抵抗する術も無いまま更に奥へと人混みに揉まれていった。



 ――って、ありえないでしょう!! これってもしや人身売買ですかぁーっ!?

 な、なんて街なんだ──っ!!




 遠くから中年男性の声が響く。 



「毎度ありぃ――っ」



 何故急ぐのか、人混みに揉まれながら女は振り向きもせず小走りに引っ張り、その間すれ違う人に私の僅かな手荷物はスラれ、長くなった青い髪を一つに束ねていた銀の髪留めもスラれ……。


「って、ちょっと待ってくださぁ──いっっ!!」


 

「いいから早く走るのよ! しっかり身を守りなさい。のんびりしてたら裸になっちゃうわよ」


 私の必死な叫びが届いたのか、ようやく女は足を止めてくれたが勢いよく振り向いたその形相はなぜか険しく真剣だった。


 しかしえ、ええと? い、今なんとおっしゃっ……ハッ! 確かに彼女の言う通りの現象が既に!

 最初の印象とは全く違う。この街も女も。


 な、なんなんだ?


 女の気迫に押され、私は無意識に口元を引き締めた。言葉が出て来ない。


 やっぱりちょっと怖い。

 つまり、平和に見えて此処は良からぬ者が多いという事ですね?!

 まずい! それより裸だけはご免請うむりたい!



 私の片手は導かれるままに女の手を離せぬ状態。残されたもう片方の手で、しっかりと残された二枚布の服と銀の腰ベルトを抑えた。


 嗚呼つまり、ついたばかりなのに既に災難に遭ってるという事ですか。

 結局こうなるんですねぇ。


 




 ようやく人の群れから開放され辿り着いたのは、街からかなり外れにある森に囲まれた一軒の洋館だった。

 月明かりに浮かぶそれは、街の雰囲気とは逸し蔦に絡まれた不気味さが威圧感を印象付けた。


「こ、ここが貴女の家ですか。まるで古い洋館みたいですねぇ。しかも、五階建て……?」


 私が小さく震える声で言うと、女は手を離し館の中へサッサと歩を進めながらポツリと呟いた。


「話は中に入ってからよ」


 うーん、やはりなんだか最初の印象と随分違う気がするのですが。


 不審に思いながらも、行くあての無い私は渋々女の後について行くしかありません。ですが五階まで伸びる螺旋階段を昇りつつ、情けなく目を回してしまいました。


「ったく、だらしないわね!」


 時折舌打ちされ、振り回されてる自分自身を憐れに思うのは当然でしょう。


「何故、五階なんですかぁ?! 下の階に人の気配無いじゃないですかぁー」


 掠れた私の声は、空しくも俯いたままなので足元の階段に叫んでるようにしかなりません。



「さ、着いたわよ」


「ハ、ハヒッ……や、はいぃーっ」


 息を切らし目を回しながら、ようやく着いた部屋の扉は白く大きな観音開き。まさにそれも威圧感。


 ようやく辿り着けた。その安堵感は私の疲労を一気に開放した。


 女の余力は大きくその扉を開ける。

 扉の向こうには、暗闇の中で一際月明りに浮かぶ──大きな紅いベッド。





 あ……。

 

 

 

 



 女は襟元が乱れていた派手な着物を妖艶な仕草で脱ぎながら、私を妖しく舐めるように見つめる。


 ──ギクッ。

 ま、まずいですよこの展開!


 そうだ。私は流れに任されこの女に『買われた』のだった!

 今更ながら、自分の置かれた立場に嘆いた。

 一体私は何故いつもこうなるんだろう。


 目の前の現状に腰が引けた私は薄闇の中、手探りでも分かる程広々とした部屋の絨毯を踏み締めるように隅へ隅へとゆっくり後ずさる。


 邪に見える女の毒牙に非力な私は怯えた。


 それでも白い肩を見せ、紅い絹に纏われ身ひとつになった女は、中央に据えられた存在感の強い紅いベッドの上に乗る。

 私を誘う女豹のように、身体をくねらせうねらせ、腰を回したり前方回転や後方回転したり……。女の舌舐めずりは唇から顔ごと回る…………。



「……あのぅ、失礼ですが貴女、あまりこういう事慣れてないですね?」


 少しビクビクしながら言った私に、女は明らかに赤面した。


「んな事でビビるアンタに言われたかないわよ! さあ、遠慮しないでこっち来なさいよ!」


 私は思わず目をつむった。笑い虫が――いやしかしまずいです! 今吹き出しては、一応乙女心を傷つける事にっ!


 刹那、一陣の風が頬を掠めた。 

 不審に目を開けると女は眼前にいた。その距離、わずか五センチ程。



 ――え? ありえない。

 どう見ても、ベッドからは最低でも十五メートルの距離はあるのに。


 



 それはまるで瞬間移動。


 私が不審に眉間の皺を寄せると、女はお構いなく淫らに溢れる豊満な胸を押し付ける。

 射抜くように睨む上目遣い。戸惑いを隠せない私を見つめながら、艶のある声で冷めた言葉を呟いた。


「まだ分からないなんて、本当に間抜けな男ね」



 ――え?



 すると再び人が変わったように、とろけるような甘い淫らな声。


「アタシの胸を見てよ。あ、うずめてもいいわよぅ」


 ──いや、無理です。

 既に警戒心を露わに私は思わず視線を反らした。壁にメリ込むのではないかと思う程後ずさる。


 が、一瞬の間を置き、女の態度がまた豹変した。


「アンタさぁ、永ぁーく生き過ぎて色忘れたの?」




 ──へっ!?



 その豹変ぶりと、私には意味が汲み取れない事に目を見張ると、女は呆れ返るようにトンと私の胸を叩いた反動で身を離す。

 距離ができた事で一瞬ホッとしたが、未だ女の言葉と態度に私は首を傾げたまま。


「えと、な……何を、言ってるんでしょうか?」





 女が指をパチンと弾くと部屋の明かりが灯った。

 驚きで動けない私を楽しむように女はまだ笑っている。


 暗い月光から開放され、ようやくハッキリ部屋中が明るく照らされた時、私は探る事なく女を容易に見る事ができた。



 室内は閑散としていているが豪奢なようにも映るのは、敷き詰められた高級感漂う赤い絨毯に洋風な猫脚の円卓。天井には白いシャンデリア。

 最低限に抑えてはいるが、その広さは圧迫感の無いバランスに整えられている。


 再び女を凝視すると、先程まで被っていたであろう長くうねる赤い髪のカツラを片手に、ジッと私を見つめる。本来の髪は藤色で、襟元で切り揃えられた前下がりがシャープなイメージを醸す。凛とした少し強きな深緑の双眸が、よりその容姿を際立たせている。

 だがその目元には、どこか“懐かしい”という感情を彷彿させる泣きボクロ。


 私の視線は決して邪な気持ちで見たわけではないが、女の白い胸元に浮き上がる光るものへと誘われた。



 ――ん?



「ふんっ、やっと気が付いた? アンタ、昔と随分変わったわねぇ」

 


 それは胸元に光る紅い石。

 私のベルトに嵌め込んである石と同じもの。


 その“紅い石”に関連した記憶が一瞬にして蘇る。

 だが。いやだからこそ私は更に女を凝視し、記憶の糸を手繰る。手繰る。手繰る。


 やがて暫くの沈黙を破るように、苦々しく唇を噛み締め思い切って言った。


「……す、すみません!! な、名前が……貴女の名前が出てこないんです!」


「…………な」



 女の鋭く据わった目元がヒクヒクしている。それからの長い沈黙は、あまりに息苦しい程の重圧感で私の発汗作用を促した。

 ブチッとどこかで音がした、ような気が。

 んん、もしや……これは勘忍袋というものが……切れた、音、ですかね?



「ったくぅおのぉっ! 本っ当に思い出せないってのっっ!? 昔とはいえ、アンタも妖魔なんだよ!? どこまでいつまでマヌケなのよおおぉ──っ!!」


 カツラが私の顔面に向かって飛んでくる。

 私は甘んじて罰を受けた。



 はい勿論、半泣き状態で私は謝罪するしかないですよねぇ。



「名前だけ出てこないんですよおぅ。ご、ごめんなさあぁいーっ!!」



 

いや正確には思い出したのですが。


「さあ? もう何十年経ったのか、何百年なのかさえも分かりません。山奥で一晩寝て覚めたら住宅街になってたり、ちょっと休んでたら辺りの風景や情勢が変わってたり、そして今こちらに足を運んで帰ってきたら、また古き時代な頃に戻ってきた雰囲気の街並みでしたし……自分自身もさっぱり分かりません」


 彼女は呆れ返り、重い溜め息を吐いた後で久しぶりに私は懐かしい名を呼ばれた。


「シン……アンタさぁ」


 ああ、それ程私は長く自分の名を呼ばれていなかったのだなと反射的に実感した。

 


 今の時点で既に、性格的要素から見ても相反する泣きボクロが印象的な彼女は、妙に深刻な表情を浮かべて問う。


「まさかアンタ、<千年の刑>も覚えてないとか?」


 暫くの思考が、私の脳内を駆け回る。ぐるぐるぐるぐると、無駄に永い時の中で数少ない記憶。


「えっと……それ、私はレンに言いましたっけ?」

「言ったわよ! まあ、理由までは詳しく知らないけどさ。ただ、もうそろそろ……その時期、よね。だからアタシ、ずっとここでシンを待ってた」


 待ってた、という言葉に一瞬首を捻る。

 その辺りはよく意味が分からないのですが……まずは一言。


「ほお、そうでしたか。ご苦労様です」


 ひとまず私は丁重に素直に思った事を言っただけなのだが、彼女はそれを許してくれないようで。


「ヒ、ヒェン!? い、いひゃいへふひょっっ!」

「どの口が言ったぁ──っ!! あぁあ゛あ゛っ? この薄っぺらい口かあぁあ──っ!?」


 唇が裂けるかもしれないと思った。いや本当に。おかげで頬をツネられながら横に引っ張られた私の口からは、もう、ごめんなさいしか出てこないです。


 やっと手を離してくれたものの、頬と口端はヒリヒリです。どうしてこんな目に合うのやら……。


「アンタいくらなんでも……ああ、ったくぅ。まさか本当に全部忘れちゃったの!?」


 



「忘れたって、何をです? レンの事は思いだ、いや覚えてますよ?」


 私はまだヒリヒリしている頬を摩りながら、行き着かない疑問の答えを探しあぐねる。


 ――何故、この人はこんなに必死なのか。

 理解できない。でもまたそれを言うと、今度は何されるか恐いので、やはりお口にチャックですね。

 やがて彼女は呼吸を整えるように胸に手をあて、何やら覚悟を決めたかのような面持ちで私を睨み据え再び口を開いた。


「いい? ここは、いやこの街は、アンタが昔居た街なの。だけど……えと、つまり帰ってきたのよ!」


「……はぁ……そう、ですねぇ」


 もっと何か重大な事を言うのかと内心期待した私が愚かでしたね。

 結局彼女が何を言いたいのか未だ理解不可能です。


 呆けていたであろう私の表情を確認するや否や、彼女は一気に顔を上気させ唾を飛ばしながら身を乗り出して怒鳴り散らした。


「っだ、だからっ! あの魔道士達にかけられた呪いみたいなのが発動してんのっ! アンタがあちこち行ってこっち帰ってきたけど、帰ってきちゃいけなかったのっ!!」


「……あのぅ。なんか分かりませんが、帰ってきてすみません」


 抜け落ちた記憶があるのでしょうか。取り敢えず私には、それしか言えなかった。


 はあぁ、参りましたねぇ。未だ全く意味合いが分かりません。

 



 ただただ見つからない記憶の穴を探し巡る思考に、無表情極まりない表情になっていたでしょう。気がつくと自分の口が開きっぱなしで喉が乾燥していた。


 慌てて口元を引き締めたその時、彼女の温かい手が私の両手を優しく握った。深緑の瞳に視線を落とすと、その目元は柔らかく穏やかな慈愛を含んだものへと変貌していた。


「あ、あれ? どうしたん、ですか?」


 戸惑う私の手をしっかり握ったまま、彼女の艶やかな唇がゆっくり開く。まるで子を諭す母のような……が、その期待は見事に裏切られた。


 柔らかな唇から溢れたのは早口で威圧的な低い声が……。



「まだ分かんねぇかなこの野郎。千年も待たせて回答がこれかよ。おめぇは三つの(しゅ)をかけられてんだっつってんだよ! その証拠に行く所行く所災いがあったろうが! てめぇがレンに話したろうが! 大事な事は忘れんじゃねぇっ!」




 へっ?



「あの……レン?」


 何かの夢でしょうか。こ、この場合、どう対処したらいいのか。私の頬が否応なしに引き攣る。

 魔法が解けたように彼女は勢いよく私の手を突き離し、深い溜め息をついた。

 いやそれは私も零したい溜め息ですよ。



「今のはアンタの奥に眠る、アンタ自身よ。つまり本来の(しん)なの。アンタは私にこの力をくれた」



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