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裏切り


 差し込んだ鍵は、砂に埋もれた眼の中に吸い込まれた。いや、正確には吸い込まれるようにゆっくり沈んでいったというべきか。

 俺と白竜ディーネはその静かで不思議な光景に心を奪われ、固唾を飲んで見つめていた。



 ──突然。がくん、と身体が下がる。



「うわっ、わわわっ!」

「キィーッ!」


 正確に言えば足元から砂が崩れ落ち、俺達の身体が引っ張られるように吸い込まれた。


「また落ちんのかよぉーっ!!」


 叫んだのも束の間。


 ただ広い空間に俺達は──……浮いているのか? それとも、本当に落ちているのか?


 砂に埋もれきった空間は空っぽで不安定な空虚感。同時に視界が映し出すものをちゃんと捕らえようと必死になる。


 俺達は最初の衝撃から周囲を見回せる余裕も出てきたが、まだ浮遊感は消えない。いや、もしかしたら落下せず浮遊しているのかもしれない。



「――信っ、これは……」



 見える。

 少し見下ろすような形で見える、遠い街の景色。

 東の河沿いにある店と人の賑わい。西に街の中心部にあたる場所でも、軒を連ねる商店やそこに群がる人間達が小さく見える。

 南西部には、民家の集落が赤い屋根で染まっていた。



「……これは、多分……宮城の屋根の上から見える、景色だ……と思う」

「どうして!? 私達、その地下にいる筈よ!?」


 俺にだって分からねぇ。だが……、



「宮城の屋根の上には、確か竜が飾られていた。もしかしたらだが──これは、その竜からの視点かもしれねぇ」

 


「そうなの? 私には宮城の外観までは分からないから……」


 ああ、そういえばディーネが封印されてからこの城が建てられたのなら、外観が見えるなんて事は無いか。

 しかし少なくとも今のこの状況をどう説明したらいいかも分からないし、自分自身どう捉えたらいいのかも分からない。俺は、そんな複雑な纏まりの無い気持ちをそのまま口にした。


「だけど何故こんな景色……いや、それより何故俺達は」

「もし信の言う通りなら、私達は屈折した空間に漂ってる事になるわ」


 ディーネの意見に俺は感嘆した。

 成る程。確かに奴らはいつもこうして見張っていたんだろう。空間を操るのが得意なようだな。

 そう考えれば今の状況も納得出来る。


 すると突然また体がガクンっと降下した。


「な、なんだ――!?」


 かと思えば再びまた浮遊感。



 まるで俺達は荷物のように上から吊され、一定幅ヒモを緩められた感じだ。



「……信、見て」

「――あ、ここは」



 同じ位置からではあるが視界を低くして見る景色。


 若干まだ離れてはいるが、先程の西の中心街で人間達が渡り歩く景色が近くに存在する。だが視界の手前や足元には誰もいない。


「なるほど。これは宮城の前に建つ魔道士達の銅像から見た景色か。てぇ事は――」


 その時だった。

 再びの落下が始まった。が、その時間は長く、速度の速さに一抹の恐怖を感じた。


 ぐっ、下からの引力と風圧に息が詰まるっ!!

 ──くそっ! ……ここは取り敢えず、流れに任せるしかないなっ。





 やがて空間と共に旋回し、闇の中に俺達は吸い込まれていった。




 




 ――……っつぅ……っ痛ぇ。


 ……ああ俺達落ちて、着陸したのか?



 背中が痛む。固く冷たい床に、俺は叩きつけられたみたいだけど。辺りは闇に覆われて、ディーネの姿が見えない事に不安を覚えた。


「ディーネ! どこだっ!?」




 ……ィイーッ



 どこかか細く鳴く竜の高い声は遠く感じた。


「ディーネか!? どこだっ!」


 闇の空間は俺達を引き裂いたのか。何処に手を伸ばしても何かに触れる気配さえ感じない不安定さは、そのまま心に反映される。


「キィー……し、信っ!」

 今度はハッキリ声が訊こえた!!

 俺は声のする方へ無心に手を伸ばして歩いた。なのに、なかなか辿り着けない!

 くそっ、どこだっ。此処は一体どこなんだよ!

 ディーネ!


「ディーネ! どこなんだ――っ!!」


 不安感に苛まれ、ありったけの声で叫ぶ。




『ふふふ、闇雲に探し回る愚かな応竜よ──』



 ――!?


 嗄れ、くぐもった声。

 聞き覚えのある声音に、一瞬にして千年の時を超えて血の気が引いた。



「……ま、まさか……嘘だろ!?」


 闇に響く遠い忌まわしき声。


『驚いたか? だが確かに儂は年をとりすぎた』


 老人の声が俺の頭に直接響く。なのに老人の口元は……動いていない。

 俺の記憶に間違いなければ、あの頃で既に人間でいえば四、五十才……ミラーの言う魔道士の年齢なら四、五百才になる。だがその年の取り方なら、今は――。



「お、おっさんは、一体何者だ? 人間で言えば千年でもう百才だろ? って事は」


『ふふふ。やはり知能の低き単純者よのぅ。今の儂の姿を見て分からぬか』


 どう見ても、闇に上半身だけ浮かぶ死にかけた怪しい老人でしかない。

 ただ違うのは、口元が動いてないのに言葉が聞こえるという事だけ。テレパシーってやつか?


 俺は馬鹿にされてばかりなのが悔しくて、しつこい程凝視した。



『……分からぬようじゃの。儂は、傀儡になった』


「傀儡?」


『ふふふ。そう、お前の力とその仲間を、我が魔道界の物にする為にな』


 ――っ?!


 もうひとつの明かりが灯る。それを目にした瞬間、本当の「罠」の意味が分かった。


「――ディーネ!!」


 金網に包まれて丸く収まっている白竜が、苦しそうにもがいている。


『ここまで待ったかいがあったのぅ。予想外の捕獲じゃ。この金網には捕縛の術がこめられている。容易には破けぬ、ふふふ』


 愕然としている俺に老人は言葉を続ける。皮肉なもんだ。ディーネを表に出し白竜にさせた事によって、相手の喜びを倍増させるとは。

 それより、ディーネの事も心配だ。鋼が暴れ狂う身体を傷付け痛々しい。


『それに、仲良し魔道士の事はもう忘れたか?』




 ──ミラー!? あいつ捕まっちまったか!?




 


「言っておくが、あいつは俺らの味方じゃねえよ」


 捕まっちまったんだなミラー。だから言ったのに……あいつ、本当は別にここまで手を貸す事無かったのに。まったく、無理しやがって。

 今俺がしてやれるのは、仲間ではないと否定する事ぐらいだ。


『ふふふ、まだ分からぬようじゃな』


「それより、ディーネを離せよ!」




「生憎、それはできないよ」



 ――っえ!?



 闇を縁取る灯が広がりをみせ、視界を妨げていた暗い空間が全容を露わに映しだした。

 そこには、『傀儡』と自ら名乗る老人と捕われたディーネの姿――そして。




「ミ、ミラー?」



 室内は赤い絨毯に敷き詰められ、天井を支える幾つもの柱は蛇が絡み合う彫刻で金色に輝いていた。

 俺達が立っていたのは、その中央だと初めて知った。


 そしてミラーは……。



「なんでお前っ、そんな所に座ってんだよ!」


 天廟に囲まれた黄金色の玉座。俺はそこにミラーの姿を映し、同時に自分の目を疑った。

 傀儡と称する老人に捕われた者の態度ではない。横柄に足を組み、玉座のひじ掛けに体を預け優雅に傾ける。




 本当に……あいつか?

 


 俺の思考は、目の前に現れたものを否定したがっている。

 別に心の底から信頼してたわけじゃない。だけど、ミラーの憎めない性質が好きだった。

 だから今見ているものを信じたくない。なのに、彼は妖しく口角を上げて冷笑する。


 この雰囲気は――先程三人の邪魔者を倒した時、拍手をしながら現れた時と同じ。




「竜……というのは、やはり御祖父様の言う通り、知能が低い」

「――御祖父様?」


 彼の祖父は確か、墓守り――って事は!


「そうか! 墓守りの爺さんてぇのは、この俺に呪と刑を与えた死にかけの奴か!」


 俺はミラーを睨み付けながら、思いっきり腕を伸ばして、傀儡という奴に指差した。


「ミラーっ! てめぇ、一体何者だっ!!」


 言いながら、俺の怒気は高まる。

 繋がる遠い過去と現在。

 走馬灯のように走る、多くの疑問と答えの中に、ミラーの隠されていた本心であろう事がチラチラと顔を覗かせる。




 利用されてたのは、レンの方だったのかっ!


「さすがにこの状況では、どんな馬鹿でも分かるものだろう。私は――魔道士の長ミラー・クラウン・マーラー。御祖父様の跡継ぎさ」


 ――ぐっ、魔道士の長だと!?


「一応大物じゃねぇか。ケッ、いい役者になれるぜっ! だがなんで千年も……」

「ああそれ以上、下唇噛むと切れて痛いよ? だから言っただろう? 勝つか負けるか、ハッキリさせないと人間達に大きな被害が被るって。君はもう負けだ。私達に服従すればいいだけさ」



 


 コイツ……何言ってやがる?



 かといって、今下手に手出しはできない。捕縛の術によって作られた金網には、ディーネが捕われたまま。白竜とはいえ、まだその力は未熟だ。

 そして俺も、完全ではない。

 紅い石の使用は呪文が必要となる。その隙を狙われる可能性は高い。

 残るは黄金の剣。

 それをどう使うべきか……。



 じっと構えて睨み据えたままの俺を見て、ミラーは苦笑する。


「なあんだ。あんまり驚かないんだねぇ。やはり馬鹿でも分かるか」

「るせぇっ! さっきから馬鹿馬鹿言いやがってこの野郎! さっさと質問に応えやがれ!!」


 するとミラーは肩を竦め、頭を振りながら言う。


「ほう、荒くれ者みたいでおぞましいものだ。飼い慣らすには、やはり心を無くしてもらうしかないなあ」


 深い溜め息を吐き捨て、ようやく玉座から腰を上げた。

 飼い慣らすだと? 俺はペットじゃねー。今噛み付いてやるよ。


「いいだろう。教えてやろう。御祖父様は何故千年の猶予を与え、自ら傀儡になったかを、ね」


 玉座から降り、ゆっくりと近付く。

 さあもっと来い! せめてもう少し剣が届く距離まで!


 したたかに息を潜めて睨み据えていた俺は、これぞ好機と見た瞬間、その願いは空しく崩れた。

 ミラーが瞬時に傀儡の傍らまで空間移動したからだ。


「くっくっくっ。見え見えだ、君。質問しておいて、応えも訊かずに斬るつもりか? だから馬鹿だと言うんだ」


 ――っクソッ!!


「ああだけどもう一体、傀儡が必要になってしまったなぁ。いや、応竜がいれば充分か」

「っだ、だから何なんだよ! さっさと白状しやがれっ!」


 


 ミラーは含み笑いをしながら、傀儡となった奴の肩にそっと片手を乗せた。陰湿で冷淡な上目遣いと残忍な微笑が、嫌味な程にミラーの整った顔を映えさせる。



 ――これこそが奴の正体なのか。



 その整った唇から戦慄を走らせる言葉を紡いだ。


「御祖父様は知っていた。応竜がある国の守護をしていた事を。国が脅かされた時、応竜がどう出るかを。守護神応竜が、直接戦いに手を下したとなれば、もう天には帰れない。あとは君を仲間にすれば、この魔道界は世界全土を支配できる、とね」

「っじ、じゃあ、あの侵略は……俺をおびき寄せる為!?」



 ――俺の、せい。



「そうだよ。だが、予想外にも君は人間になってしまった。最初は困ったらしいよ、御祖父様。でもいい案が浮かんだんだ」


 まるで自分がその場にいて、会議の参加者でもあったかのように語る。

 おそらく何度も訊かされ、我が事のように記憶が刷り込まれているんだろう。

 今の俺には成す術もなく、ただ歯痒く耳を傾けるしかなかった。


「御祖父様に千年の時間があれば自らを傀儡として、応竜の全てを取り込む事ができるってね。だけどその為には、人間になった応竜を再び覚醒させなければならない」


 何となく分かった。

 それが三つの呪の意味か。

 俺は――どうすればいい?



 


 もう虚勢を張るしかない。


「へっ! 成る程なっ。要するに段階を踏んだわけか! 急な覚醒をすれば、俺はまたお前らを今度は破滅させる。それを畏れてかよっ」

「そうだよ。御祖父様は気が付いたんだ。最初からあのまま仲間にしようという考え事態、甘かったんだとね! ……そしたら何と愚かにも、君の方から我らにとって好都合な選択をしてくれたわけだ! アッハッハッ。みーんな君のせいだよ。君が悪いんだよっ!」



 ――くっ! なんて嫌味な笑いだ。

 でも確かに……そうなんだよな。分かってる。

 俺の両膝は床に落ちた。赤い絨毯は、やはり冷たく固い。自分でも分かってるからこそ――罪の重さを反省し尽くせない。反省なんかで……罪を償う事なんてできないさ。


 調子付いた声を落とし、更なる追い打ちをかけるように口を開いた。


「だから何度も言わせるな。君が、御祖父様の中に入れば、その刑も無くなり――君の好きな人間達も救えるんだよ?」


 ミラーの誘う言葉に、捕われたディーネが抗う。


「……だ、だめ! こんな奴らが……約束を守るわけ、ない…――うっ!」


 ミラーが懐から小さな杖を出し、ディーネを包む金網を更に強く絞めた。


「半端な白竜が口を挟むところではない!」

「やめろ――っ!! やめて……くれ」




 だってその苦しみは、俺が背負うはずのものだから――。



 


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