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ミラー再び


 ミラーが、何故ここで現れる?

 ――しかも、仲間の屍を踏み付けるなんて……。普段の彼からは想像もつかない。いや、異様な光景にさえ思える。



 嫌な汗が頬を滑った。


 俺は本能的に、白竜ディーネを背に庇う形で構えたが彼女の体が小刻みに震えているのが分かる。

 俺の感じる違和感が伝わったのだろうか。初対面でありながら彼女も不安げな緊張感を露わにしているようだ。


 ミラーの冷たい微笑は俺の知らない奴だ。


「何を警戒してるんだ? 私は中立だ、と言ったであろう?」

「……ああ、今でもそうであって欲しいな。だが仲間の死体を踏みつけるような奴だとは思わなかったぜ?」

「おやおや、これは失態。私の黄金の靴が汚れてしまったぁ。……ん? そちらの白い竜は?」


 まるで悪気が無かったかのように、足を上げて屍を避ける。だが今までのミラーか まるで悪気が無かったかのように、足を上げて屍を避ける。だが今までのミラーから鑑みて、やはり何かが違う。

 それとも屍を見て何とも思わないのが、本当のミラーなのか? 俺は何か錯覚していたのか?

 あんまり考えると混乱してくるぜ、クソッ。


「もう一度訊いていいか? お前は中立なんだろうが、足元の死体は一応仲間だろ。何とも思わねぇのか?」


 これでも俺はミラーを信じてた。レンの事も同時に過ぎるし。

 だがやっぱり込み上げる不安を払拭しきれない。結局、警戒心を露わにして睨み据えた。

 そんな俺の気持ちを察しもせず、ミラーは肩を竦めて飄々としている。


「仲間? さあ……どうかな。あくまで中立なのだと言っただろう。それより、私の質問には応えてくれないのか? 先程まで共に土を掘った仲だろう?」


 不似合いな構図に戸惑いは消えないまま。つまり彼を纏う空気が違う。この薄暗さのせいか?



 ――いや、それ以前に何故ミラーがここにいる?


 


 あの時、急に去って行ったミラーが何故ここにいるのか……その意味が分からない。


「俺の探していた人だ。わかんだろ?」


 ミラーはご自慢の金髪を掻き上げ、応えに満悦した表情を浮かべた。地下になる洞窟が薄暗いせいか、彼の純粋な空気は垣間見見える輝きは無いが。


「成る程。これで力も多少は覚醒したな? 白竜に変幻までさせたのか。んん、良かった良かった。だが本来の君は、随分荒っぽいのだな。まあ、どちらにしろこれで私は、君の恩人だ。フフフ、姫はこの私を見直すだろうフフフ……」


 ん? この馬鹿な明るい声はやっぱりミラーか? クソッ、さっきから視界が暗くて見定めが悪りぃぜ。


 するとディーネが、背後から耳元に囁き掛けてきた。


「あの人……私の魂を封じていた奴の子孫よ。油断しないで」



 ――封じて?


 何故だ?

 ディーネはれっきとした人間。何を封じる必要がある?


「さてと、覚醒したのだから話は早い。まだ君、その鍵使ってないみたいだな。私も共に行こう!」


 大仰に両手を広げたミラーは、遠慮なくこちらに近づいてくる。


「ちょっ、ちょっと待て! 俺はまだお前を信用しちゃあいねぇぞ! や、正確には“今の”お前だ」


 一定の距離で足止めした所で、ミラーは俺を凝視してるように見えた。恐らく不信感を抱かれて彼も戸惑ってるんだろう。


「まさか私を? ……フム、現れたタイミングが悪かったようだな。だが案ずるな。ここがクリアできたから、私は安心して顔を出せたのだぞ?」



 ダメだ……余計意味わかんねぇ。

 

 



 なんか面倒くせぇ。


「よし、ハッキリ言ってやるぜ。……お前、俺を騙してねぇか?」


 目を竦めて俺が言うとミラーは深い溜め息を零し肩を落とした。


「……悲しいぞ。ここまであれこれ手伝ってやった友に……何という言い草だ」

「な、なら、何故、人間のディーネの魂を封印なんかしてたんだ? お前の先祖がやったとはいえ……――あっ」


 ミラーは情けなさそうに腕を組んで、何かに気が付いた俺を見て頷いた。


「その通りだ。私は先祖代々……と言っても、祖父からこの仕事を引き継いでるに過ぎない。だが私はレンと出会い、変わったのだ! 墓守りに徹すると!」


 最後は握りこぶしを掲げ、そんな自分に酔いしれる。今の俺にはそれが一番ホッとした。

 コイツはミラーだ。俺の知ってるミラーなんだ!


 要するに、ミラーは墓守りの意味も知らなかったという事か?


 俺は単に、疑心暗鬼になっていただけなのかもしれない。だがディーネの不安は取り除けているわけじゃない。


「っだから。どうして私を封印してたの!? その意味ぐらい知ってる筈よね?」


 え?


 ディーネは既に納得していた俺を飛び越え、ミラーに詰め寄る。


 あれぇ? 竜……ってか俺が知能、足りないのかな。

 一応竜になったディーネに遅れを取ったような寂しい気分は、きっと俺にしか分からないよな。


 ミラーはそんなディーネに臆びもせず口を開いた。



「もちろんだ。だが、レンからも話は訊いているのだ。貴女がシンの記憶を解く鍵である事をな。だから、案内した。何か間違っているか?」



 ……間違ってない。



「もういい加減にしたまえ! こんな生臭い所に長居はしたくない! さあっ、あの鍵を使って本拠地に行くのだ!」

 


「え、いやちょっと待て。ここが……その、もう地下だよな? 本拠地って……」

「君ぃー、見て分かるだろう? こんな暗い場所でしかも、あっさりこの三人が殺られてしまうのだから……。ここが本拠地な訳が無い」


 ミラーが俺の脳みそを哀れだ、と言うように肩を竦めて両手を仰向ける。


「信、本当に信じていいの? この人」


 ディーネに言われて、頬が引き攣る。


「……何とも言えねぇ」


 俺の方が頼りねぇよ、と呟きたい。するとミラーは俺達に苛立ったのか大仰に喚いた。


「ああーっ、そうかいっ! なら私はもう君達の手助けはせん! ったく、レン姫が頼むから来てやったというのにっ! もう知らんっ! 私は帰る!!」

「! わ、分かったわよ。分かりました!」


 踵を返そうとした彼を慌てて止めたのはディーネだ。


「貴方の事……一応、信じるわ。ところでそのレン姫って、誰?」


 訝しい表情を浮かべた彼女にすれば、知らない名前だ。それが俺達を助けるように言ってくれてるのだから、気になるのは仕方がない。


 ミラーは振り返り、もう一秒たりともここから離れたいのに、とばかりに眉間に皺を寄せマントを鼻にあてる。

 時間短縮の為か、ディーネの質問と、これから先へ進むよう促しながら一気に話した。


 コイツはイザとなると本当に要点しか言わないんだな。

 


「レン姫は私の愛しい人だ。覚醒するまでの間、心優しく美しい姫は私と共にそこの男を助けていた。覚醒する前は、こんな粗雑な性格では無かったのだがな! それより、この横穴はもう閉じている。早く本拠地に行かなくては、明日になってしまうぞ? ……もしそうなったら、レン姫の仕事が増える。早くしたまえ!」


 俺はミラーの言う横穴があると思っていた場所を凝視したが、確かに彼の言う通り壁一面に覆われている。そのせいか血生臭さがどんどん強く鼻につく。

 コイツらはミラー同様、空間移動が出来るんだろう。


「ねぇ、信。鍵ってどういう事?」

「コラー、竜! 私に質問しておいて、スルーかっ! 分かったとか、貴方優しいわねとかイケメンねとか何とか言いなさーい」

「鍵をレンから預かったんだ。地下への道だ、って。要するに本拠地への鍵なんだな。ここは、ただのトラップだ」

「コラコラ君もー。鍵は私がレンに渡したのだぞー。しかも無視しなーい!」

「そう……。でも鍵穴は? ミラー、さん……入口はどこなの?」


 俺達も徐々に立ち込める血生臭さに顔をしかめる。ディーネも早々に動きたそうだ。

 その為か、少し放置されていたミラーも今度は完全に鼻をつまみ、何も反論せずさらりと応えた。




「ひみはひの足もほだ」 

 

 

 


 えーと多分……“君達の足元だ”と、言ったんだろうな。



 ──足元?



 さっきまで封陣図が描かれていた地面だ。紅い石の力によってそれは既に掻き消えた。


 俺達は訝しく思いながら、その場から足を少し移動して地面を覗き込む。土と砂に覆われていた為、俺は手でそれを慎重に払いのけた。

 すると少しずつ、太い曲線が顔を出す。



「あっ。信、これだわ!」

「あ、ああ……まさか此処だったとはな。此処なら封陣図を破らなきゃ入れない。よく考えたような単純なような」

「単純過ぎて分からなかったのかもね」


 露わになったそれは――大きな三日月。

 その中に描かれているのは一つの眼。

 その眼は青みがかり、ミラーと同じ色なのに何かが違う。

 まるで宮城前に建つ銅像のようにこちらを見ているような威圧。生理的に嫌悪感を抱く視線。


 俺の眉間に力が入りかけた時、ミラーが小声で言ってきた。


「よいか。鍵を差そうとすると、その眼は閉じる。だから位置を記憶して、砂をかけて盲目にしてから鍵を差すんだ」



 ……つまり、本当に『見えてる』って事か。んじゃ俺が顔を歪めたのも見てたかな。

 どちらにしろあの三人が門番だとしたら、どのみち気がついてる筈だ。

 なのに今は何も仕掛けてこない、て事はやっぱり……奴らの懐に入らなきゃ何も始まらないって結論か。




 ――ったく、面倒臭ぇ奴らだ。

 また無性に腹が立ってきた。いっそこの黄金の剣で眼ん玉刺してやろうか……。


「信、ダメよ苛ついちゃ!」


 ――!


 ディーネの声に、ハッと我に返った。


「あ、ああ……」


 かなり歪んだ目で睨み付けていたんだろう。自分自身でさえ顔が歪んでたのは分かる。


「ディーネは俺の感情に敏感だな」

「信は顔にハッキリ出やすいのよ」


 そうかもしれない。

 ん? それってつまり単純って事だよな。やっぱ、竜は頭悪いのか?


 まあディーネは別だがな。

 


 だが、何となく苛つく青い眼をこれ以上長く見ていられないのは確かだ。

 視線を逸らしながら、俺は足で土を薄く延ばして描かれた眼を覆った。


「だけど、いいのかミラー。向こうにすれば、これ以上の干渉は裏切りになるじゃ……」

「何を言ってる、ごふっ! 私は共に行こうっとは言ったが、共に戦おうと言った覚えはない! したがってげふっ、私は案内するだけだ」




 俺は、無用な心配をしてしまったようだ。

 それよりも、血生臭さに耐えかねないミラーの咳が哀れだった。




「じ、じゃあ……手助けって?」


 ディーネも呆れている。当然だろう。だから信じていいとか何とかってのは……俺は何とも言えねぇんだよ。


「ふふふぼふっ、私からの手助けはこれで終わった。扉を開けるヒントだ! そして君達を案内し、後は──高見の見物だながふっ」


 俺とディーネの空虚な溜め息が重なる。


「溜め息をつくなーっ! 絶対勝敗を決めよごほっ。どちらかに転べば、人害は及ばん! ぐふっ」

「──!?」


 俺はミラーの最後の言葉に引っ掛かった。

 無言で怪訝な視線を送ると、彼は慌てた様子で咳込む。黙ってる事に後ろめたさを感じる奴だ。息が、いや臭い死臭の中で彼なりに精一杯応える。


「ぐふんっごふっ。……つ、つまり逃げるなと言う事だっ! ごほっ、げぇっ」


 まあいい。どうもミラーのデリケートな喉と鼻孔が、限界を訴えている。これ以上は可哀相だ。




 どっちみち、先へ進むしかない。

 この先で、何があろうともな──……。



 



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