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小さな罠


 虹色のカーテンがめくれるように視界が剥がれ、今いる空間が露わになる。

 今までの鮮やかな輝きが嘘のような薄暗い洞窟の中。


「ディーネ──」


 俺は彼女の変わらぬ意思を汲み取り振り返る。おそらく今なら、と左手を差し出した。


「紅い石をよこせ」


 その石だけは、透けた彼女の手の中にある。


「本当にいいの?」

「ああ。お前がそれを望むなら」


 ディーネは頬を赤らめ、こくりと頷く。そして千年ぶりの弾けた笑顔を喜びの返事に変え、俺の考えが正解だと確信する。


 差し出した左手に彼女から紅い石を受け取る。

 彼女が望む事。

 それは──俺と同じ想い。


 俺は紅い石を頭上に掲げ、覚醒した力を呼び覚まそうと意識を集中させ天地に繋がるエネルギーを死にかけた紅い石へ送りこんだ。


 薄暗い洞窟から闇は消え、舞い降りるエネルギーが黄金の光の粒になり俺の全てを包み込む。

 姿形が変わるわけではない。

 みなぎる力が内側から彷彿し、まだ影に隠れている俺の能力と意識が明瞭化していく。

 時間的にはパンを一口かじり飲み込む程度だが、蓄積されている力を呼び覚ますには時間など関係無い。


「ひゃあー、まるで風呂上がりみてぇだ。気持ちいいぜっ!」


 気分良くひと叫びした俺は、彼女を振り返り言った。


「実はこの石、俺とのパイプ役にもなってたんだ。だから、俺が自分を忘れた時は潜在する自分自身を封じ込めていた。やっとこれで開放されたよ」


 ディーネはそんな俺を優しい笑顔で拍手してくれた。



 ふ……変な所で無邪気だな。



「ディーネ。もう一度訊くけど、本当にお前……いいんだな?」


 彼女は、迷いの無い紫の瞳で頷いた。


 


 紅い石を手にしたまま、俺は彼女と向かい合わせに立つ。やがて呼吸と波動を調え、俺は目の前の大切な人に、祈りの言葉で全てを与えた。久しく使う自らの懐かしい力と共に自然と唱える声は洞窟内に大きく響き渡る。


「天地突き抜く応竜シンキの名において、此処にディーネの魂を天地、光の守護者『白竜』とす。その息吹は黄金に変え、その翼は闇を切り裂く光の刃となれ! ──我は召喚す! 白竜の名において、地に生くる闇を切り裂かん!」


 天井から降り立つ淡い黄金の光が紅い石と重なりディーネの胸元へゆっくり溶け込んでいく。

 仲間から外れた時に練り込んで具現化した紅い石に宿る『均衡の力』。

 その石は俺の覚醒で再び力を取り戻し、紅い光を放つ。黄金の光と紅い光が乱舞しディーネを包み込む。


 彼女の魂を探す、とは……こういう意味があったのかもしれない。彼女の望む事、彼女が守りたいもの──それは、俺と同じだから。



 やがて彼女の姿は白い翼を有した、紫の双眸を持つ美しい白竜へと変幻した──。

 喜びを一身に現すように、柔らかな鐘の音のような鴾の声を上げる。その一声で、洞窟内の岩もクリスタルも全てが黄金へと変化していく。


 彼女は、あの錆びた鉄槌だった物を口にくわえ俺に渡した。


「こりゃすげぇ! 洞窟丸ごとどころか、あの錆びたやつまで!?」

「黄金の剣、ね。ふふ」


 今ようやく互いの道が重なったんだ。舞い上がりもするさ。

 


 白竜ディーネが与えてくれた、黄金の剣。

 柄には竜の紋章までご丁寧に刻まれている。剣を動かす度に、洞窟内の金塊達が乱反射した。


 高揚した俺は柄をしっかり握り、ふと思い留まった。


「……ちょっと待てよ? 俺、別にこんなの無くても……」

「ふふ、それは貴方が完全に目覚めてるわけではないから、能力を具現化する為の道具よ」

「は? ちょっと待て。……俺、ちゃんと覚醒したぜ? ま、まあ姿形は変わってねぇけど」

 確かに能力は覚醒した!

 俺は断言する。が、彼女は呆れた表情で目をすくませた。


「貴方って……どこか間抜けね」

「! っつ! オイッ! 今んなって何言って」

「魔道士倒さないと、本当の呪縛は解けないのよ。能力は覚醒しても……、その証拠が今の姿でしょっ」


 最後は全てを説明するのが面倒だ、と言わんばかりに彼女が顎をしゃくって示す。




 ああ、最後の呪縛──<千年の刑>か。

 だからまだ……妖魔の姿なのか。



「だがアイツら、何故俺を生かしたんだろうか。それだけがどうしても分からねぇんだよなぁ」


 そんな謎も頭に過ぎる。


「信。どちらにしても、今は一刻も早く地下にいる魔道士のもとへ!」

「あ、ああ。まだ呪縛が取れてないなら、黒竜の暴走は明日始まってしまうからな!」


 目覚めに興奮して忘れていた。

 俺達は踵を返し、洞窟の奥へと向かう事にした

 ――地下の入口を探す為に。


 

 


 白竜のお陰で金塊となった洞窟は足元を照らす照明のような役割を果たし、暗闇を物ともせず通路を道案内する。

 俺達は曲線だらけの長い通路奥へ歩を進めた。



 ──と!


「うわわあぁあぁ──っ!!」


 一瞬の事だった。

 死角になっていたのだろうか。足元を掬われ体のバランスを崩し、その身は滝のように凄まじい勢いで滑り落ちた。


 な、なんだなんだ!? 何が起きた──っ!?


 速度の早さに何かを掴む事もままならない。暗闇の奈落に落ちる時の悲壮感を俺は味わった。

 流れる視界と共にその感覚が長く感じる。



「信──っ!」


 上空で聞こえる大きな羽音とディーネの声が、手の届かない穴に落ちていく自分の情けなさを更に自覚させた。

 やがて到達点に激しく体を打ち付けた俺は、悲痛な呻き声しか上げられなかった。

 半ばヤケクソだ。


「イッタタタァッー!!」

「信っ、大丈夫!?」


 慌てて舞い降りて来てくれたディーネが既に傍らにいて。ああもう少し早く来てくれればと一瞬彼女の翼を妬む。とはいえ突然の事だ。翼をもってしても、これで滑り落ちたら尚更恥ずかしい。

 少し冷静を取り戻せた俺は痛みを堪えて辺りを見回す。



 落ちた穴はまた薄暗く、俺達を迎え入れるには十分な広さだ。


 しかし──それ以前に気付いた時には遅かった!


「やべぇっ! 結界だっ! ディーネ離れろ!!」


 けれどそれも遅かった。

 俺達は、地面に書かれた封陣図(ほうじんず)の中に足止めをくらってしまったのだ。つまり、この封陣図の輪から出られない。


「何これ!? 信、大丈夫? あの、ねぇ私も……動けるけど、出られないみたい」


 羽根をバタつかせるも、彼女は苦笑いで無駄な行為を止めた。




 くそっ!

 これが罠かよっ!!

 


 封陣図は俺達を捕らえる檻のようなものだ。だがそれだけじゃないと本能的に分かった瞬間、自分の愚かさに歯痒くなる。そう、せっかくの能力が使えないのだ。


「クソッ! どうすんだこれっ」

「……大丈夫。必ず方法はある、と思うわ」


 声が震えている。彼女にも分かるんだろう。まるで自分に言い聞かせるように、ディーネは笑顔を取り繕う。案外、敵は先を見越せるらしい。能力を封じる封陣図など、俺が覚醒しなければ無意味だからだ。


「相手は強ぇ。こんな封陣ぐらいで、今の俺の力を足止めできる奴ら……て事だ。現実を直視しろ」

「だからこそ、打開策を探すのよ!」


 ああ、彼女はいつもそうだった。

 必ず自分の思うままに動く。

 だからこそ、戦略的思考も生まれた。そして国を守っていた。


 俺はすぐヤケになる。

 魔道士とはいえ、戦乱に加わったり──だからもう、天界へは行けない。仲間を置いて人間になったり……ああ、いつも何かを捨てていたな。


 だがここでもう何かを捨てる事はできない。 捨ててきたものが、俺の不徳によって『罪』になったのだから。


 何かを吹っ切るように俺が立ち上がったその時、闇の向こうから足音が聞こえた。


「ディーネ、俺の後ろに隠れろっ」

「……隠れても私、竜だから。貴方、こんな時でも間抜けなのね」


「…………っ」


 言葉が見つからない。全く情けねぇなあ。こんな時まで。

 悔しさに唇を噛んでる間に幾つもの足音がどんどん近付いてくる。やがてその足音と共に、いくつかの輪郭を浮き彫りにした薄暗い影が現れた。




「くくくっ、やはり竜は知能が足りないようですねぇ」

 

「やっぱり魔道士かよっ! ……ふん、分かって引っ掛かってやったんだよ!」


 ある意味、嘘ではない。少々強がりにも聞こえるが。俺はそんな自分の負い目を払拭するようにそれ以上考えないようにした。

 そう。ただ予想外の展開になっただけだ。おそらく横通路でもあったんだろう。あまりに暗くて分からなかったが目が慣れてきたのか、今は薄暗い中でもハッキリ浮かぶ白い肌の男達の姿が見える。


 俺は瞬時に黄金の剣を足の脇へ隠した。

 この封陣図の中で、剣を振り回しても意味が無い。故に、油断を誘う為だ。



 奴らはミラーと全く雰囲気が違う。陰湿な微笑で薄い唇を吊り上げる様子は嫌なものだ。銀製の杖が辺りを幾分明るさを与える。


 どうやら人数は三人。

 皆、黒いフードに覆われているが中央の男は銀の髪を露わにしていた。


「先代様の力は余程大きいと見える。我らの力だけではここまでできないですねぇ」




 ──!?

 先代……とは、千年前にこの街、いや──ディーネの国を襲い、俺に呪と刑を与えた男の事か?


 俺は隠した剣の柄を固く握り、銀髪の男を睨み据えた。


「テメェらはもう充分その恩恵を受けたんじゃねぇのか?」


 皮肉を込めて言ったが、男は肩を竦めて呆れ返るように言葉を返す。


「残念ですが、これからが恩恵の本番て所ですよ。貴方を手の内に入れたら、ね」


 ──何っ!?


 



 背後に立つ二人が低い声で小さくほくそ笑む。一歩前に立つ真ん中の者がフードの下に浮かぶ口元を弧に描く。

 いずれにしても怪しくて陰湿な空気をはらんでいる事には変わりない。


 不愉快で嫌な奴らだ。


「先代は竜に一度退去させられたが、その竜が人間になったと知って呪をかけた。この時の為にな」


 左側の男が低い声でそう言うと、今度は右側に立つ男が口を開いた。


「何故生かされたか、その意味が今わかるさ」


 やさ男風の高い声が、俺の額にじっとりとした汗を湧かせる。


「まずは更に捕縛しておかないといけませんねぇ」


 中央に立つ銀髪の男がそう言うと、右手に持った銀の杖を大きく弧を描いて振る。



 ──刹那。

 封陣の力が強固作動した!


「──ふぐっ、ああぁっ!!」

「キィ──ッ!!」


 見えない力が、俺達の体をえぐるように強く縛る。ひと纏めに縛られ、一瞬息が詰まった。そんな俺達の歪む表情を楽しんでいるのか、奴らは陰湿な含み笑いを続ける。


 俺にはお前らの方が歪んで見える。


 しかし、この窮地をどうすればいいんだ!? くそっ、これじゃ何も……できねぇっ!


 その時、背中に密着したディーネが苦しみに堪えながら、俺の耳元で囁いた。


「い……石。紅い……石をっ」

「は? あれは──……あっ!」



 もうひとつの、紅い石!



 一つはディーネが白竜になる時に埋め込んだ。確かにもうひとつある。だが……、ああなんて事だっ! もう一つの紅い石は俺のポケットの中だ!


 強固な封陣の中では能力も身動きも取れない。


 クソッ……応竜の力を発動増幅させる未知の石が、すぐ手を忍ばせればあるってぇのにっ、クソッ、クソッ、クソーッ!


 


 突如、地面が揺れた!!


 心の叫びに呼応したわけじゃないだろうけど、タイミングとしては感謝ものだ。

 目の前の三人は突然の事に足元のバランスを崩し、その瞬間俺らに向けた銀の杖が男の手から離れ落ち、地面に突き立った!


「おいっ、杖がっ!」

「まずいよ! 早くしないと千年の計画が」

「うるさいっ、分かってる!」



 ──千年の、計画?



 奴らの言葉にふと引っ掛かったが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 この地震は、おそらく黒竜の仕業。

 ただの前兆に過ぎない。


 だが奴らの足元と動揺は、俺に僅かなチャンスを与えた。



「――なっ!」



「すまねぇなぁ魔道士さん達。うちの馬鹿な黒竜が、ウォーミングアップしたみてぇだ」


 捕縛から解放され、紅い石を取り出せた俺は、応竜の力を瞬時に発動させた。


「紅き石に眠る我が力! 封陣を解除せよ!」


 足元から粉塵が巻き起こり、根深く残された古来の封陣図を消し去った。


「っ馬鹿な! あの封陣図の中にいながら能力は使えないはずっ」


 銀髪の男は驚愕した。いや、他の二人も蒼白しているだろう。空気がじっとり湿っぽくなる。


「ヘヘッ、応竜になるには二千五百年! 伊達に生きちゃいねぇんだよ!」


 千年の空白はあるがな、と呟きながら黄金の剣を構えて突進した――!


 

 横一線に悪を切る。


 血と肉片が剣先から飛び散った。



 残るのは――不快感。



 魔道士といえど、直接肉を裂くのは初めてだ。途端、俺は動きを固めた。次の剣が振り下ろせなかったのだ。ああ馬鹿だな。能力を一緒に使えばよかったんだ。そしたらこんな不快感は無かったのに。だけど呪文を唱える時間まで待てなかった。

 一瞬の事なのに、俺にはその一抹が長く感じる。剣と柄から伝わる、手の感触――不快感。

 肉を裂く事の残酷さ。深くえぐった、一線……。


 目の前で、腹を切られた銀髪の男は痛みに顔を歪め、鈍い音を立てて倒れ伏した。

 何もかもが長くゆっくりと映る情景――。



「っ信! そこをどいて!」


 背後から響くディーネの声が俺を現実に引き戻した。


 瞬時に左足を軸にして体を傾け、屈んだ刹那。俺の背後から、鉄の刃が音も無く横切り、目前の男達を貫いた。


「ぐはぁっ――っ!」


「――うぐっ! 道……士さ……ま……」



 ー刀や二刀では無い。

 戸惑い無抵抗な者達。けれど奴らの体に吸い込まれるように何本もの刃が容赦なく貫いていく。

 それがあまりに無情に思えて。


「ディーネ! もうやめろっ!」



 何故か、見ていられない。



「……ごめんなさい。つい闘争本能が」


 確かにディーネはかつて軍を率いていた経路もあるが、流石にもう充分だ。 朱い血に塗れた奴らも、こうして見ると哀れだな。



 すると、何処からともなく称賛の拍手が響いた。


「――誰だっ!」


 尚も拍手は続き、倒れた奴らの屍を踏み付けながら新たに現れた一人の男。


「いやあーっ! 素晴らしい!」



「……――ミラー?」

 

 


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