〜序章〜
東洋の歴史は永きに渡り、多くの謎をつくった。その中で私は幾時代を旅したことか、我ながら自覚が無い。
無い、というには理由がある。
それは、“実感が無い――”のだ。
故に無自覚な旅程恐ろしいものはない。
気が付いた時には、ある街を歩きながら眺める景観が様変わりしている。またある時は、眠り付いたままであったせいか私は土の中に冬眠の如く……――もうこの思考は止めよう。何故だか自分自身が可哀相になってくる。
さて衣の懐をまさぐれば、どうやら私には路銀が尽きているようだ。はて、最後の記憶は確か……川辺で寝ていたはずだったが。
まあいい。せっかく街まで出てきたのだ。
この辺で路銀を稼ぐとしよう。次にもしまた何か記憶を失い、目覚めた時にはせめて懐が温かければ申し分ないのだがね。
やがて空は東から吹く風と夕闇に交わり、冷たい空気が身を包み出した。
風に誘われるように私は街の賑やかな彩りとざわめきに溶け込んでいく。街の奥へ奥へと誘われる私の足は、壮大な建物の前で止まった。
「なんと見事な」
零れた感嘆の声は、人々の賑わいに掻き消されるが、威厳の高さと美を誇る巨大な城を踏み付ける賑わいは背後に遠く響くだけ。雄々しく建つさまは、私の心までをも魅了した。
この夕闇にも勝る宮城の赤い屋根の背には、巨大に身体をうねらせる黄金の龍。
この夕闇にも勝る宮城の赤い屋根の背には、巨大に身体をうねらせる黄金の龍。まるでその城を守護しているかのようにさえ見える。
──どこか懐かしい。
温かい気持ちが胸に染み込むとは、この事だろうか。
感慨深くもそんな気持ちを抱きながら、私は街を振り返り今夜の命を保持する為に踵を返した。
「成る程。やはり路銀を稼ぐにはいい所ですね。街の活気は気分も高揚させます」
私は誰にでもなく涼やかに呟く。賑わう街の色が平和な雰囲気を醸すと同時に、心も踊る。
断続的? それとも断片的といえばいいのか分からないが、私には僅かな記憶の一部分はある。
そう、今まで私が目にする所はみな様々な災いが必ずといっていい程起きていた。
自然災害は人間の無力さを痛感させ、いつの時代も絶えない人間同士の争いは、根底にある心の強さを垣間見る。
ある国では荘厳な古代建造物が街の香りよい一部となっていた。が、いかんせんその国境いで戦火が上がった時、無惨な瓦礫に朽ち果てるのを横目にして、私はその被害から身を守る為に精一杯逃げた。
そう、逃げる事しか出来なかったのだ。妖魔といえど、たいした力なんてない。
ただ、無情にも、“永く生きてるだけ――”。
とはいえやはりケガは痛い。私は皮肉にも妖魔なのに非力な存在。時には私の存在価値を疑う事もある。かといって応えてくれる者はいない。
いやいたかもしれない。だが次に目覚めた時には記憶のカケラは失われている。
「分かってる事は、東洋に吹く風が合ってるというぐらいですね。時代の流れと共に身を委ねるしかないのは、虚しいものです」
今は暖かい気候のせいか、夜だというのに街並みや人々を見ていると、私のような綿の二枚布で軽装というのが目に入る。
雑多な市場が入り交じり、喧騒だつ人の群れがある意味、祭りのように華やかだ。
人混みの奥に足を踏み入れるごとに、自然と頬が緩む。まるで孤独を癒すように──温かな体温を感じながら私は思う。
嗚呼、私は人が好きだ――と。