2-3(6)土地神として……②
「タクシー、ストップ! 博士、支部長援護頼みますよ!」
急ブレーキがかけられ完全に停止すると同時に車から出る。職員達がこちらを一瞥した瞬間、サルが襲い掛かってきた。
「お前ら伏せろッ!」
言われるがまま味方の人間は身を低くし親子を庇う。武装したサル達はお構いなしに突進。どいつもこいつも大して『明るくない』分身体だ。
「失せろサルども!」
得物を横薙ぎに振るう。満タンの生命力が斬撃の衝撃波となり前方に並ぶサルを殻装ごと一掃する。が、その後ろに下がっていたサルが一体残った。他のとは違う、『明るい』サルだ。おそらくリーダー格の分身体だ。
「す、すげぇ………」
「妖魔達が一瞬で……」
「ボケっとするな! 後ろに下がってろ!」
一瞬の出来事に呆けていた職員に叫び、親子と涼香と一緒に後退させる。
「────涼香!」
血相を変え駆け寄った博士が娘を抱きかかえる。
「ぁ……おとうさん……」
虚ろな瞳で少女は父親を見上げる。その体に灯す光は蝋燭の残り火のように小さい。腹部には本来涼香が振るうはずの黒いククリナイフが貫通し赤黒く染まっていた。
「すみません……やっぱり、お母さんのようには……いきませんでした……」
「いいんだ……いいんだ」
そっと、涼香を静かに抱きしめる博士。
「おや……てっきり山で温まっているかと思いきや、どういうことですかねぇ……山にいた私にも連絡がつきませんし、ハイ」
真っ白な殻装に、涼香から奪った両腕の武装を無理やり取り付けたサルが疑問を投げかける。
「アホくさ………おサルさん達なら今頃クラッシュした車の中で寝てるだろうよ」
最初から答える気はない。捉えた時点で始末していればここに戻ってきたのは俺だけだったんだからな。
「結構! どうあれ始末することには変わりありませんからねぇハイィィィッ!」
距離にして三メートル、量産型とはいえ、殻装で強化されているサルが大地を蹴り上げ飛び掛かる。
いい加減────ハイハイハイハイうるさい!
「キエェェェッ!」
上空からサルは左腕部の銃口から火を噴かせる。鉛弾が身体を抉る。衝撃で退くがサルは捉え続ける。
「威勢だけでは実力差は埋まりませんよォ!」
落下の勢いに乗ったサルの右手の爪が迫る。回避が遅れ右肩にサルの爪が突き刺さる。熱を帯びた右肩から血が滴る。
「そしてェ! いくら殻装などという玩具をもったところでェッ! 生物としての優劣を覆すことは不可能ォッ! まして私達妖魔が使えば尚更ァッ!」
零距離。サルの左腕下部にあるパイルバンカーが作動。鋭利に研がれた杭の先端が、涼香と同じ、腹部を貫通する。
「人質と交換で得られましたが、なるほど面白い武装ですねぇ、ハイ! まともな武装のない小娘を嬲るのは楽しかったですよォ!」
────痛い。痛覚が意識を飛ばそうと全身に襲い掛かる。黒蜥蜴の時には味わえなかったものだ。冷たい金属が身体の真ん中から熱を奪おうと暴れまわる。
「情けないですねェ! 従者風情がァ──」
顔面に対してサルの牙が向かって来る。
俺は、頭を一度後ろへ引き、全力の頭突きで反撃した。
「──────ラァッ!」
額に牙がめり込むが、そのままサルの武器をへし折った。口内のにおいは解説するまでもなく、臭い。
「ギィェエ!」
「もひとつ!」
ひるんだところにもう一度頭突きをお見舞いさせる。土地神の力による膂力が強化された土地神ヘッドバットで上顎を砕き、サルを吹っ飛ばす。
「は、ハヒ………な、なんらそのひからは………ほまえ、じゅうひゃじゃないのは!」
堪らずサルが後退した拍子に、肩に刺さっていた爪と……腹部の杭が引き抜かれる。どぷっと血液が漏れたが、映像が巻き戻されるように、体を抉っていた銃弾は排出されすべての孔は塞がる。
「さてね………」
サルの問いに対して、返答に詰まる。
託された──でも持っていてはいけない力。
「────俺が知りたいね」
右手の得物を空に掲げ、左手を添える。
まだこの力の使い方なんてすべて知ったわけではない。知ったところでなにかあるわけでもなければ、知る気もない。ただ知らなければならないから、擬態でいるわけで。
「答えは────知らねぇ!」
振り下ろした刀身の切っ先から、桜色の閃光が地を這いサルへ迸る。成すすべなく高速で走る眩い斬撃の軌跡に、サルはただ茫然と立ち尽くし光に呑まれる。
「ィ、グギギェェエェェェッ──────────」
断末魔の残響すら許されず、サルは消滅した。後に残っているのは焼けたように焦げた殻装の残骸。
サルの骸がない………あれも分身か………
『力の残量が少なくなりました、再充填します』
右手の得物が失った光を戻し再び桜色に彩られる。
周囲を見渡してみたものの、不意打ちされる様子はない。そもそも、サルがいれば身体に光を宿しているから見える。
「だめだ────血が止まらない!」
背後から不穏な内容が聞こえたので戻ることに。
「支部長………夕緋ひとりで……あのサルには、勝てません……はやく、増援を……」
遠い目のまま、少女は虚空へ手を伸ばす。それが俺の手に向けてなのかはわからないが、この期に及んで他人の心配とはよくやる。少女の『明るさ』は、もうほとんど消えかかっている。
それはそれとして、このまま動ける駒が減るのはいただけない。
「はぁ………増援なんてくるわけねーだろ」
その増援が涼香なのである。これ以外に一般人が来たところで役に立たない。
「漆葉君あなた────!」
詰め寄る榊支部長を押し退け、博士の抱える涼香を見据える。
「寝るにはまだ早いっての」
誰の言葉も聞く気はない。涼香がいなくなったらまた白神一人じゃねーか。それはまずい。
「あれだけ殻装が強いってことを証明しようとしていたんだ、こんなもんじゃないだろ……ん?」
静かに、淡々と涼香へ語りかける。そして突き立てられている凶器の柄を握る。
「漆葉クン、キミは────」
「博士……こいつとは臨時ですが、バディなんですよ? きっちり働いてもらわないと」
────いや、白神をいれるからトリオか。
少女の腹部を貫いていたナイフを勢いよく引き抜く。溢れる鮮血と、周囲の視線は意に介さず──そのまま血の噴き出る患部へ左手を当てる。
「────とっとと起きろ、桧室涼香!」
全神経を左手に集中し、刀に充填された生命力を涼香へ流し込む。俺自身の血管を回路にして桜色の光が少女へ伝い、一気に注ぎ込まれる。
「こ──これ、は──?」
蒼白した顔は血色を取り戻し、ナイフによってこじ開けられていた孔が塞がっていく。血痕こそ残っているが傷は今、癒えた。消えかかった光は、全身を包むほどに大きくなっていた。
「涼香さんの傷が………うそ」
「な──治った? 馬鹿な」
一番驚いていたのは博士だった。
「ま、血は少し流れたかもしれないけど動けるだろ? あのエテ公、白神が追ってるのが大元だ……さっさととっちめるぞ」
なにより、分身したサルを仕留めるならこいつがいたほうが圧倒的に効率がいい。もう俺は十分戦ったからあとはこいつらがやれよ。疲れた。
「漆葉クン──いや、ありがとう。うん。だがこれは──」
娘を抱えたまま、博士は一人混乱している様子だった。土地神なら当たり前にできるだろう事実に、なぜか動揺している。
あ、やべ……これ土地神ってバレたかも。
「損傷完全に治癒を確認…… お父さん、いけます!」
自己判断をする涼香に、博士は不安げな表情だったがゆっくりうなずいた。
「よ、よしそれならさっさと動こう! 博士と支部長はタクシーでこの親子を支部へ避難させて。あんたら二人は他の職員と合流──俺と涼香はこのまま夕緋と追う! オーケー?」
勢いに任せて勝手に仕切るが誰も反論がない。このまま押し切れ!
「わかりました、漆葉境」
真っ先に返事をしたのは涼香だった。落ちていたライフルを拾い、残っている装備を確認する。続けて他の奴も了解する。運転手をしていた両親はやれやれという態度だったが、どうやらまだ付き合ってくれるらしい。
「んじゃ、支部に着いたら連絡してくれ! じゃあまたあとで! 涼香、白神はひすい公園の方だ!」
「了解です、漆葉境────遅れないでください!」
涼香は残っていた脚部の殻装を起動し、側面の車輪を回し先導する。俺は土地神の力で足に生命力を流し込み強化を施し、少女の後を追う。
「こっちの台詞だ! まだまだ働いてもらうからな!」
どのサルを倒すべきか、一番『明るい』奴を仕留めればいい。今なら分かる。これも……朝緋のおかげなのか。
なんでもいいか…………いい加減、猿山とケリをつけてやる。




