1-1(1)妖魔・漆葉境②
「…………今碧海市を騒がせているのは境くんに擬態した輩だ。人間だけではなく、境くんの容姿を模倣しているのは些か気になる。わざわざ〝人間以外〟に擬態しているからね」
元の姿だと口は利けないので空になった皿に両手を合わせた後、話に耳を傾ける。
「……あれは出現から逃走までのルートが全く掴めない非常に厄介な相手だ。他の街と行き来しながら碧海市内と、この山の生き物を含め、数年間街を脅かしている。本来なら私や静さんが対処するべきなんだか………」
と、先程の話と繋がる。と同時に擬態になり会話に復帰する。
「あー街に下りればその人間達がいるってワケね」
おそらく今日会った連中のことだろう。
「そうなの。山でも派手に動けば私たちも人間の標的になっちゃうのよぉ」
八方塞がりとでもいうのか。しかし、両親にとって同胞の妖魔も人間も大した脅威ではないと思うが……
「その街を騒がせてる妖魔は、まぁ分かる。一応俺を真似しているからね。でも人間が面倒って、追い払うだけなら片手でも過剰なくらいでしょうに」
「やっぱり覚えていないか、境?」
くん付けをやめ、父は真っ直ぐな視線を俺に向ける。
「今日、お前が同胞に襲われたところを助けた女の子がいたそうだね?」
「あ? あぁ………確かシラガミとかなんとか」
見るからに子供だったが、妖魔に立ち向かう姿は勇ましいものだった。
「あの子も大きくなったわよね、ちょっと前までは小学生だったのに」
まるで親戚のような言い方だ。
「そう、成長して力をつけた。そして白神家の代表として妖魔を滅する天敵となったワケだ」
確かに、妖魔を圧倒できる力があったように見える。謎の鎧に刀、装備としては十分なくらいだ。父は続ける。
「確かに、あの子自体は多少の武装であれば普通の人間より少し強いくらいで済む。問題は彼女の持つ得物──『桜の命』という刀だ」
「そういや恐ろしく切れ味が良かったなぁ」
一刀両断。模倣とはいえ、妖魔の腕も簡単に切り裂いていた。
「あれが碧海市を守る我々の天敵、〝土地神〟の持つ刀だ。あれがあると迂闊に攻めることができない」
急に聞きなれない言葉が現れる。神様? 会話にワンテンポ遅れていると、母が皿を下げ始めた。
「お前があまり知らないのも無理はない。山を出て、すぐに俗世に飛び出したのだからね。『普通の人間』にとっては割と知られた存在なんだが………そのあたりは学ばなかったらしいね」
食後に少し高めのアイスクリームが出される。海外の甘さキツめと言われているものだ。口に運ぶとバニラの風味がちょうど染みる。手厳しい指摘を流し、質問で返す。
「その神様があの白神? とかいう子供なのかよ」
「そうだ。先代の土地神が亡くなってからしばらくは人間・妖魔ともに落ち着いていたんだが街の開発とともに土地が荒れ、妖魔も増えたことで土地神側の動きも活発になったというワケだ。そういえば開発が本格化したのは境くんが人間社会に飛び込んだくらいだったね」
「……そうだったけかな」
ふと、ある女のことを思い出す。考えてみれば、今日会ったあのシラガミとかいう少女はどことなくあの夢に出てくる女に似ていた気がする。
「……碧海市の歴史はもういいよ。結局その土地神………の刀──桜のナントカをどうしたいわけ? 壊せばいいのか?」
元の姿であれば多少リスクはあるかもしれないが何とかなるだろう。と、再び揃った両親がお互いに顔を見合わせ微笑んだ。
「じ、実はね……あれ、取ってきてほしいの」
「は?」
母はおつかいでも頼むかのように言う。
「いやはや、あの刀の作成には我々が関与していてね。せっかくの作品を壊してしまうのは非常に惜しい。そこで! 境くんに人間の抵抗勢力からサクッと取り返してきてほしい!」
「は?」
突然のお願いに返事の声が外れる。
「あれがあるから人間と戦いにくい。あれさえなければ、ひいては邪な企みを持つ同胞の出現に際してパパとママが柔軟に対応できるわけだ」
息子がいい年をしているというのに、たまに出てくるパパママはないだろう。突っ込もうとしたが、あえて喉元で止めた。
「そんなに重要なものなら父さんが取ってくりゃいいじゃん」
「それは無理ねぇ」
母により言葉は食い気味にかぶせられる。
「パパやママは、必要以上に人間に関わらないからこそ彼らに迫害されない。境くんがいない間に素性を隠して接触こそしているものの、街に下りてまで事を収めようとはしていないからね」
「ややこしいことを………」
「あんまりパパを責めないであげて………境くんがいない間も色々とやってくれてたんだから!」
「はぁ……そりゃすみませんね」
確かに全国に妖魔は数こそ少ないが全国的に存在している。実際の妖魔数は不明だが。碧海市は、妖魔の間では平和な街……とは母の談。実際街を出るまでの妖魔による人間への被害は、人間によるものよりは少ない。山を下りた熊や猪が騒ぐくらいだ。本当に強い妖魔は表立って行動しない…………あくまで個人的な見解だけど。
「境くんは山の中しか知らなかったからね。白神家も、一般常識である土地神のことも知らなかったんだ………いい機会だ、境くんが行く組織は今回の事件を含め色々と知っているから……そこで碧海市の事、しばらくゆっくり学びながら奪還の計画をしてくれたまえ。どうせ留年して戻ってきたんだから、親のおつかいくらい聞いてもバチは当たらないだろう?」
何やら色々含んだ台詞である。というより、
「………刀奪還は確定ですか」
初日から前途多難。